あの夜空に祝杯を
ぼっちマック競技勢 KKG所属
少年はこの日何を思ったか
大森町というこの閉鎖された片田舎において中学から外の世界を目指す自分は極少数派だった。
もとより両親はどちらも東京出身なので小学校受験、中学受験という制度はよく知っており、私が生まれてから「広い家でのびのびと過ごさせたい」とのことでこちらに引っ越してきた後も、常に教育に力を入れ小学、中学受験を受けさせられた。
そう。両親にとって子供に一番大切なものは教育で、友情ではなかった。
子供に優等生を演じてもらい、それを見て自己満足に浸るのだ。
だからこそ、期待に応えられなかった小学校受験のあと、母たちはわたしを勉強で縛り上げた。次は成功できるように、と。
その頃から毎日塾に行かなくてはならなくなり、友達と遊ぶ暇もなくなてしまった。
そもそも友人と遊ぶという考えは、当時うかびすらしなかった。両親がいう「優等生」こそが自分で、勉強以外に自分を見出せていなかったから。
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私がこの生活に疑問を抱き始めたのは小4あたりのことだ。教室の隅でいつもテキストを解いてばかりいた私は友達などいた試しもなく、いつも一人だった。
周りのクラスメイトが放課後の遊びの予定を立てている声を聞き、徐々に、だが確実に私は疎外感を感じ始めていた。心が締め付けられていった。
勉強以外では生きていけない自分は教室の外へ外へと追いやられていったのだ。
なぜ自分だけ、と思った。他の人は遊び、なぜ自分は勉強する。なぜ、私は友人がいない。
なぜ、誰にも頼れない。
そして、ある日気づいたんだ。
全ての原因は両親だったと。
両親の思いで私の価値観も人への接し方も全て作られた。わたしが勉強にしか意味を見出せなかったのも私が両親に作り出された「人形」だから。
だから私は、その頃から両親を人と見なくなったんだ。
そして、世界は色彩を失った。周りにあるもの全てが敵に見えて仕方なくなった。
家族もクラスメイトも、教師も。
私が田辺という自らの名字を嫌いになったのはそのときからだ。
そして、何にも信じてやれない自分自身も嫌いになった。
私が海斗という自らの名前を嫌いになったのも、その時からだ。
俺の名前は田辺海斗。俺はこの名前が、大っ嫌いだ。
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両親を恨み始めた頃、どうしようもない感情を持て余していた時のことだ。
不登校になったりグレたりする勇気もない俺は、いつも通り学校に通っていた。
八月中旬のことだ。親子の絆を深める記念日というものがあって、両親と一緒に作った弁当を学校に持参しなくてはならなくなった。
他のクラスメイトは仲の良い友人達と席を近づけ、談笑しながら食事をとっている。
一人で食べることに慣れきった私は、以前から周りとの違いは気にしていなかった。そもそも疑問を持ちさえしなかった。
だが。
今は心が苦しい。
一人でいる自分には慣れたはずなのに。
なぜか、苦しい。
人の温もりが恋しくなる。教師や親以外とまともに会話したのは何ヶ月前だろうか。多分、数ヶ月も前のことだ。ひょっとしたらこの一年そんな経験なかったかもしれない。
本当、自分に嫌気がさす。
もう、考えるのはやめにしよう。どうせ何もおきないのだから。
その時、隣の席の生徒が私に席を近づけてきた。
「一緒に、食べない?」
「いいけど...なんで?僕が一人なのが哀れに見えた?そんな同情やめてくれ。された方も気分が悪い」
動揺してしまい、突っぱねるような口調になる。本当は一緒に食べたかったのに。たとえそれが偽善だったのだとしても私の本心はそれを甘んじて受け入れるだろうに。
「一緒に、食べたくないの?」
「さっきの話を聞いてた?だからやめなと...」
「別に食べたくないんだったらいいよ。だけれど君がとても寂しそうにしていたから」
「......食べたい」
「やっぱりね!」
私の隣に座っていた彼は満面の笑みで笑い、席を近づけてきた。
なんだろうか。とても安心する。全てを見透かしているような彼の言葉には、なぜか絶対的信頼をおいてもいいような気がした。
「君、なんて名前なの?あ、僕は赤坂。赤坂みのるって言うんだ」
「俺は...田辺、海斗」
私がその名前を言うと、彼はこういった。
「ふーん。いい名前だね。僕、海好きだよ」
いい名前、か。
「そう思う?」
「そう思うよ」
「...僕はこの名前が嫌い。家族が嫌いだから苗字も嫌い」
そしてそんな自分が嫌いだから、名前が嫌い。
言葉にできなかった心のつぶやきが、心の中に染み渡る。
「......なんで、家族が嫌いなの?」
「わかんない。だけど、なんか大嫌い」
「そうなんだ」
「.........」
「僕は大好きだよ。お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも。
今日、お父さんと喧嘩しちゃったんだ。
でもね、お父さんは僕のことを馬鹿にしたりは絶対にしなかった。自分の言いたいことを言って、だけど僕が聞かなかったから真面目に話し合ってくれたんだ。自分の考えを押し付けたりしなかった。
優しいんだ。僕のお父さん
喧嘩の後は気まずくなっていっつも外をふらふら歩いて逃げるんだけど、晩御飯の時には家に帰ってきて謝ってくれる。だから僕も、その時に謝るんだ」
「.........」
「僕はお父さんも、家族のみんなも優しいって知ってる。だから家族のことが大好き」
私は彼の話を聞きながらいい家庭だな、と思う。この父にしてこの子あり、と言った感じだろうか。彼の父にあったわけではないが、話を聞くにいい父親なのだろう。そして、彼自身も。いい息子だ。彼の家庭は絶対に幸せだ。
だけど。僕は母さんとも、父さんとも分かり合えない気がする。彼のように喧嘩する勇気もないから。
「君の家族がどんなかは知らないよ。だけど仲良くしたほうがいいと思う。君も、仲良くしたいでしょ?」
彼は俯いた私の顔を覗きながらそういった。
全てを見透かしたようなその口調が癪にさわる。俺は、家族と仲良くしたくなってない。あいつらなんか。もう、関係ない。いなくなって仕舞えばいいんだ。
言い聞かせるようにそう心の中で唱える。
そうだ。家族なんて、所詮嘘でしかないんだ。僕の家族は、家族に見せかけた他の何かだ。そんなものに中身を求めてはいけない。
ホンモノになって欲しいと願ってはいけない。
▲
その後、私は赤坂みのると名乗った少年と昼食を取ることなく、離れた。私から、断った。彼が眩しかったから。
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