第8話 天才と凡才!

 やはり俺の予想通り、朝になるとものすごい騒ぎになっていた。


 どうやら幸い死者はでなかったらしいのだが、ミーゼンツ侯爵家こうしゃくけの領地にある、美しいと評判の山の上半分が消し飛んでしまったらしい。


 しかし、まさかそれが9歳児の仕業とは誰も思うまい。


 わが妹は10歳の自分の誕生日パーティーで初めて上位魔術を披露して皆を驚かすのだと言って、その才をまだ俺にしか見せていないのだ。



 早速、ミーゼンツ侯爵家こうしゃくけ 当主とうしゅ、カッサム・ミーゼンツ侯爵から魔術書簡(運搬魔術で秒で届く書状!)か届いたのだが、そこに記されていた『報復』の文字に疑問を抱いたわが父、ラーグ侯爵家当主グレゴリード・ラーグ侯爵が『報復とはどういう意味か?』と問う魔術書簡を送り返した。


 すると、相手は『300年前の戦争でラーグ侯爵家当主がミーゼンツ侯爵家の者に殺されたことへの報復ではないか』という趣旨の魔術書簡を送りつけてきたらしい。


 わが父、ラーグ侯爵家当主グレゴリード・ラーグ侯爵はサーザント王国でも有数の剣士でありながら、かなりの切れ者としても知られている。


 そんな父がそのような嘘が見抜けぬわけがなかった。


「・・・・・・どうやらあいつら、つい最近我らに対して何か後ろめたい行為を働いたようだな。・・・・・・あいつらのことだ。大方、暗殺の類いだろうが失敗したのだろう。・・・・・・誰か何か気づいた者はいるか?」


 恐ろしいほどの魔術の天才で、この騒ぎの源であるわが妹、サーシャン・ラーグと同じ金髪 碧眼へきがんの父がそう呼び掛けた時、俺もその場にいたのだが、もちろん一切声を上げたりはしなかった。





          ◇





「わたくしが真実を全てラーグ侯爵様にお話しします!」


「ならん!」


「なぜです?」


「そんなことをしたらお前は激昂げっこうした父に殺されてしまう!」


「覚悟の上です! ・・・・・・ベルベッチア様、わたくしは大きな罪を犯したのです! それ相応の罰を受けなければなりません!」


「罰は俺が決める! お前への罰は生涯俺の側にいて、俺のために尽くすことだ!」


「そんな罰は・・・・・・わたくしには甘美すぎます!」


「・・・・・・俺が決めた罰では不満か? 俺よりも父様から罰を与えられたいのか?」


「いえ、そのようなことは決して・・・・・・」


 そこまで女家庭教師アナシア・ダッシェンウルフ(新人メイドのローズ・ローベンツ)と話したところで、部屋のドアから人の気配を感じたので俺はその話をそこで切り上げた。


「なんだ! 面食いのお前が最近ご執心のメイドがいると聞いてわざわざ見に来てやったのに、ただの痩せぎす女じゃないか! しかし、どうでもいいが、少し顔を洗わせた方がいいんじゃないのか? ああ、すまん、すまん! それはそばかすか!」


 その声のする方を見ると、そこにはラーグ侯爵家 嫡男ちゃくなん、グラハム・ラーグが口元にわずかに幼さが残る笑みを浮かべながら立っていた。


 現在、14歳で髪は母から受け継いだ俺の同じ紫色で、瞳は父から受け継いだ碧眼へきがん


 そう。このグラハム・ラーグは俺なんかと違って、ラーグ侯爵家当主とその正妻との間に生まれた正真正銘のガチガチのこの家の跡継ぎなのである。


 それは、つまり俺がこの家の次期当主になるためには、いつかは排除しなければならない相手であるということだ。


 実際、原作ゲーム『サーザンド英雄伝』では闇落ちして殺人狂となった俺、ベルベッチア・ラーグが初めてその手で殺めたのが、このラーグ侯爵家 嫡男、グラハム・ラーグなのだった。


 そして、俺、ベルベッチア・ラーグはその後も血生臭い実力行使を繰り返し、ついにラーグ侯爵家次期当主に指名されるのだ。


 サーザント英雄学園を舞台とした本編に俺、ベルベッチア・ラーグはラーグ侯爵家次期当主として登場するのだから、ラーグ侯爵家の次期当主になることは俺が本編に関与するための絶対条件であるはずだ。


 その入学が許可される年齢になるまであと5年。


 それまでに俺はこの兄を・・・・・・。


「兄さま、俺のメイドにあまり無礼なことを言うのはやめてくれませんか? 兄さまだって、俺のことを怒らせたくはないでしょう?」


 俺がそう言うと、わが兄は一瞬ビビったような表情になってからこう言ったのだ。


「本気にするなよ、あんな軽口を! でも、ベルベ、お前にはガッカリだよ! 女を見る目だけは認めていたんだけどな。最近、グヘヘヘヘと笑わなくなったと思ったら、女の趣味まで激変しやがって! ・・・・・・まあ、お前の趣味がそこまで変われば兄弟で好きな女が被らなくなるから、まあいいか! ・・・・・・じゃあ、邪魔したな! せいぜいその痩せぎす女とよろしくやってくれ、マセガキさん!」


 そう言って、グラハム・ラーグが去っていこうとするので、俺はこう呼び止めた。


「兄さま、ちょっとお待ちください! ・・・・・・本当は今回の騒ぎのことを話したくて来られたんじゃないんですか? 兄さまは今回の騒ぎをどう思っているのですか?」


 すると、わが兄は俺と同じ紫色の髪を掻きながら、こう答えたのである。


「どうってオレにはよくわからないよ。まあ、父上がなんとかしてくれるだろうからあんまり子どもが心配するな! じゃあな!」


 ああ、もう少し悪役じみた性格の持ち主なら容易たやすく殺すこともできたかもしれないのに。


 わが兄、グラハム・ラーグは闇落ちして殺人狂にでもならない限りなかなか殺すことなどできそうにない、凡才のちょっとだけいいやつなのだ。


 しかし、次に俺の部屋に入ってきたもう一人の兄はでもう少し警戒しなくてはならない油断できない嫌な相手だった。

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