6話

6‐①




「木内さーん、これ取ってー」


 草刈り終わりの早朝。後ろ髪を左右に掻き分けて、Tシャツの衿を逆さに見せつけてくる。

 俺は「あータグね」と言い、ハサミを棚から取ろうとするも、その違和感が突っかかった。


「お前……、なんで新品の服なんかもってんだ?」


 一見なにも不可思議なことではないが、ここから最寄りの服屋まではバスと電車でそこそこの場所だ。子供が何も言わずに1人で行き来できる距離ではない。

 しかし和葉は、何故そんな当たり前のことを聞くのかとばかりにキョトンとしてしまい、淡々と理由を答えた。


「ママだよ。ちっちゃくなってたから買い替えてくれたんだと思う」

「思う?」

「うん! 前の服ビロビロだったから」


 「思う」であるということは、自身も予想だにしていなかったということになる。子供が伝えてもいない情報をしっかり察知し、それでいて対応もこなせていては、もはや我が子を愛する母親そのものではないか。

 いまだ初日以降まとまった話ができてはいない。しかし和葉の反応を見る限り、やはりあの態度は後天性のものだろう。なにも知り得ていない状況でとやかく言えはしないが、このような形の愛情では。


「歪……だな……」

「?」

「いや、なんでもない」


 呟くも子供にする話ではないと、作り笑いを浮かべながら話題を逸らした。


「そういや今日もおめかししているけど宿題ちゃんとやってんだよな? 初日は朝に終わらせていただろ」

「うぐっ……、ま、まぁ、今日は……特別ですよ」

「…………何日続けた」

「……………………、……初日だけ」

「三日坊主にすらなってねえな」


 そう言うと、和葉は顔をしかめて様子を伺いながら、玄関側に立つ俺の背後に念を飛ばしているのか、見るからにそわそわとしだす。その様にため息をつき睨みをきかせ、俺は仁王立ちで構えた。2人の攻防が開戦されたのだ。


「こういうのはサボったら痛い目見ると俺は思うぞ」

「大丈夫、大丈夫よ」


 スッ。


「最終日でも手伝ったりしないからな」

「うん、大丈夫だから」


 ススッ。


「だ、だいじょ……」


 ス……、ガツン!


「いったあーー!!」


 マンツーマンディフェンスが如く、ここが狭い廊下であることを失念した和葉が、おもむろに頭部ごと壁へと直進。涙目を浮かべる瞳にも真っ先に沸く感情はあきれであった。


「何やってんだよ、デコ腫れてんじゃねぇか」

「おお……、う、おうおぉ」

「救急箱もってくるから、そのうちに外でたりすんなよ。ひどくなったら大変だからな」

「お……うー、う……ん」


 急ぎ足で居間へと向かい、いい加減に棚から抛った救急箱をもっていこうとしたところ、ガラガラと扉の乱雑な音が聞こえてきた。俺は「くそ、やっぱりか」とやるせなく、して慌ただしい様で戻っていった。

 ダッシュで追いかけてもあのスポーツ少女には追いつけまいとは脳裏をかすめたが、そんなことを考えていても反射的にてんやわんやになってしまう。半ば暴走列車ぎみに戻るのだが、しかし予想に反して和葉は廊下の隅っこの方でまるまっていた。


「なんだ。言った通りにおとなしく……」


 と、そこまで口にしたが、救急箱をとって戻ったつかの間でなんだか様子は違っており、俺はそれに気が付いた。まぁその直後、一瞬にて状況は把握できたのだが。


「お義……、聖子さん……おかえりなさい」

「…………」



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