【百合短編小説】「シークレット・ペタル ~その想いは花の香りとともに~」(約6,900字)
藍埜佑(あいのたすく)
第1章:運命の香り
季節は移ろい、街にはほんのりと春の気配が漂い始めていた。銀座の路地裏に佇む「メゾン・ド・フルール」の店内には、いつものように様々な香りが優雅に混ざり合っていた。
「結さん、新作の進捗はどうですか?」
店長の
「はい。バラをベースにした新しい香りのイメージはできてきたんですが、まだ何か足りない気がして……」
「焦る必要はありませんよ。結さんの感性を信頼していますから」
志水は優しく微笑んで去っていった。
結は再び小瓶に向き合う。春の新作として依頼されたのは、若い女性向けの香水。フローラルでありながら、どこか新しい魅力を持つ香りを。そんな難しいオーダーだった。
ふと、窓の外に目をやると、小さな花屋が目に入った。以前からあった店舗が改装されたらしく、今日はオープン初日のようだ。ガラス越しに見える色とりどりの花々が、結の心を惹きつけた。
「少し気分転換に行ってみようかしら」
腕時計を確認すると、もうすぐ昼休憩の時間だった。
店の前に立つと、「Blooming Days」という洒落た店名が目に入る。ドアを開けると、清々しい花々の香りが結を包み込んだ。
「いらっしゃいませ」
明るい声と共に現れたのは、小柄で愛らしい女性だった。淡いピンクのエプロンを身につけ、茶色の髪を軽くまとめている。
「春風です。本日オープンしたばかりですが、どうぞごゆっくりご覧になってください」
「私、向かいの香水店で働いているんです。新しいお店ができると聞いて、気になって」
「ああ、メゾン・ド・フルールの方ですか? 素敵なお店ですよね。私も香水、大好きなんです」
七緒の目が輝いた。結は思わず、その表情に見とれてしまう。
「今度、お店に遊びに行かせていただきますね。実は、お花と香りって、すごく相性がいいと思うんです」
「ええ、そうですね」
結は微笑んで頷いた。確かに、花と香りは切っても切れない関係にある。そして、この出会いもまた、そんな運命めいた糸で結ばれているような気がした。
その日から、結の日常に少しずつ変化が訪れ始めた。昼休憩には時々「Blooming Days」に立ち寄り、七緒と言葉を交わす。彼女は花の持つ意味や、色の組み合わせについて、実に詳しかった。
「結さんって、すごく素敵な方だと思います」
ある日、七緒がふいにそう言った。
「私のどこが?」
「香りを作るお仕事って、とても繊細で芸術的じゃないですか。それに、結さんの立ち振る舞いにも、上品な香りが漂っているような……」
七緒の言葉に、結は思わず頬が熱くなるのを感じた。
「私なんかより、七緒さんの方が素敵よ。お花を活けるときの表情なんて、まるで魔法を使っているみたい」
「えへへ、そんな風に言っていただけると嬉しいです」
七緒は少し照れたように頬を染めた。その仕草があまりに愛らしく、結は思わず見つめてしまう。
やがて春本番を迎え、街は桜色に染まっていった。
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