海に沈むジグラート24

七海ポルカ

第1話



「様子はどうや?」

 城門に集結したスペイン海軍選抜の守備隊のもとに、イアンがやって来る。

「迅速に城の周囲は囲んだと思いますが……まだ見つかっていません」

「あんなどこの壁も駆け上がるし、木から木に飛び移るような奴がご丁寧に城門からは出て来ぃひんやろからな。しっかしあいつどこから入り込んだんや?」

 ヴェネト王国自体は海軍を持たず、外洋からの攻撃に対して弱いのだが、ヴェネト王宮は山の上にそびえ立ち、周囲は崖と、螺旋状の水路に囲まれている。そして城門は騎士館に隣接し、警備は厳重だ。

 ヴェネト王宮の麓に、迎賓館や、王家の別邸はあるのだが、王宮は天然の要塞のような作りだ。入り込むとなると、城下からの方は無理である。夜会の為、客人などは出入りしているから、御者や従者に紛れた可能性は有り得るが、しかし、城に出入りするものの確認は、かなり厳しい。

 これは元々そういう風になっており、唯一【シビュラの塔】への侵入口になるのが、王宮から森へ出たり、湿地帯に降りていく道なので、これは王妃の厳命により、非常に厳しく取り締まっていた。だから客人でも商人でも、城に出入りする者は必ず城門で確認されるため、極めて紛れたというのは考えにくかった。しかもこの時期、何か得体の知れないものを自分たちが招き入れたなどと疑われることは、各国の客人たちにも危険が大きすぎるため、彼ら自身、自分たちが身分を証明出来ないような者は連れてきていない。

 イアンは王宮に隣接する森の方を見た。

 この森は、隣の山に繋がり、その山をなだらかに降りて行った先に【シビュラの塔】が建てられた島がある。森の警備は当然これも厳重だ。城の警備よりも狭い間隔で多くの兵が配置されている。気付かれずに侵入することなど不可能だ。おまけに山は海に囲まれ、複雑な海底の地形と山から吹き降ろす風が、大型船も小型船も、全てのものの上陸を許さない。

【シビュラの塔】が長い歴史の中でその正体を暴かれずにやって来たのは、紛れもなく外界からの侵入が出来なかったからだろう。

 空からは可能だ。

 神聖ローマ帝国には古代の時代から竜がいる。

 王妃の、フェルディナントへの辛辣な態度は、もしかしたら彼女個人の私怨というより、ヴェネトという国が重ね続けてきた、竜を持つ国への、無意識の警戒なのかもしれない。

 ふとイアンはそんな風にも考えた。

 しかし神聖ローマ帝国は周辺各国を侵略し、自らの属国とし、統合し、ここまで巨大な国になって来たが、彼らも長い歴史において、ヴェネト侵略を狙うような動きはしたことがない。

(まあ【シビュラの塔】は単なるモニュメントで在り続けたからな。あんなもん奪ってもしゃーないって普通は思う。ヴェネトは例え侵略しても、海の上に孤立してるから、結局自衛には手がかかる。利点が無かったんやろうな。こんな陸との交易遮断されたらすぐ干からびて死んでまうような場所にある国を獲っても)

 人畜無害であったからこそ、穏やかな国柄を保って来れた、特殊な背景がある。

 もし、【シビュラの塔】があれほど強力な砲撃を行う古代兵器だと分かれば、古の時代から奪い合いが行われ、常にヴェネトは戦火に包まれていたはずだ。自国の確立などどこにもなく、常に他国に支配され、奪い合われ、そういう歴史になってきたはずなのだから。

(そう考えると本当に……)

 何千年もの間、誰かの意図なのか、神の意志なのか、【シビュラの塔】は眠り続けていたのだが、その何千年もの歴史に終止符を打ち、あれを動かした者が、今のヴェネトにはいる。

(自分が何と言われようと、どうとも思わんような奴や。誰が死のうと、国さえ、どうなろうと本当は考えていない。自分だけの目的で、動く奴。そういう奴が一番危険なんや)

 本当にあれが人の意思で攻撃を行ったとしたら、だ。

 何かを強く、憎んでいるものがそれを行っている。

 その憎しみや、顕示欲が、どこから来るのかは分からないけど。

 イアンはしばしの思索から醒めた。

 そうだ。考え込んでいる場合ではないのだ。森から侵入したとは考えにくく、市街側からも入ったと思えないのなら、湿地帯からしかない。

 湿地帯は干潟に繋がり、海へと続いて行く。そしてその海は本来、船の着岸を許さないとされるが、気象というものは思いがけず変わる時はある。大型船が座礁するのは地形が理由なので避けようがないが、小型船は山から吹きつける風でヴェネト本土に近づけないと言われているが、風が変われば着岸できる可能性は、ないことはないということだ。

 ただ、湿地帯は干潟に行くほど、遮るものが無く、王宮から全域を見渡せるようになっている。当然侵入者を警戒しこちらも監視は厳しいし、そこを王宮まで見つからず近づいてくるなど、無理だと思うのだが……と彼は考えた。

「……とにかく、こっち側の警戒は頼んだ。俺は王宮の中をもう一度見て来る。そうや、奴は、手に特殊な矢を放つ、小型の自動弓を装備してる可能性がある。小型といってもとんでもない威力やから、見つけても無駄に近づくな。遠くから射かけて、肩でも足でも何でもいい、動けなくしてから捕縛しろ。下手に近づくと、瞬殺されるかもしれん」

 相手はあのフェルディナント・アークに手傷を負わせたほどの手練れだ。彼の実力は、共にスペインの士官学校で学んだイアンはよく把握している。並の兵士では太刀打ちできないだろう。

 スペイン海軍の兵たちは自分たちの駐屯地での事件を知っているので、イアンの忠告に、真剣な顔で頷いた。

(フェルディナントがいたらなあ。上空から捜索してもらえば城から逃げ出しても追えんのになあ)

 だが竜騎兵団を寄越してくれなどと要請は気安く王妃には出来ない。竜騎兵を城に招くべきなどと進言すれば、王妃は気に食わないだろうし、それでスペインと神聖ローマ帝国が手を組んでいるなどと疑われても厄介だ。しかし本来なら竜騎兵団など、大した海軍を持たないヴェネトには最高の護衛部隊なのだ。

(俺がこの国の王ならフランスなんぞどうでもいいからまず神聖ローマ帝国の竜騎兵団と手ェ組むわ。あれなら攻めて来る船にも小部隊で奇襲かけられるし、周囲の巡回も容易い。

本来最高の組み合わせやんなあ)

 それが【シビュラの塔】の秘密を隠したいがために近寄らせないというのは余りに勿体ないと思う。

(あれなら森も湿地帯全体も上から監視出来る。いい護衛になると思うのに。本能的に毛嫌いするなんてのは、やっぱあの王妃、政と私情を一色単にする感じは、政治の出来ない女って感じはするんやけどな……)

 竜が嫌いだから王宮には連れて来るな、など、女ならではの理由だと思う。

 例の【有翼旅団】の捜索は任務を任されたというから、その辺りから神聖ローマ帝国軍が王妃の信頼を得て、何騎かは竜が王宮に常駐するようになれば、強い守りになるはずだった。ジィナイース・テラが王位を継いで、聖騎士団が本当に創立するならば、神聖ローマ帝国軍の竜騎兵団からも募るべきだと、状況を見てだが、イアンはいずれ進言しようと思っている。


「イアン」


 振り返るとラファエルがやって来た。今日は夜会なのでフランス海軍の軍服ではない。

 白基調に金細工の装飾を施した、派手な夜会服だ。所々にサファイアの青が光り輝く。

「今どんな具合?」

「何しに来てん。ラファエル。引っ込んどけ。ダンスホールから出なきゃ、踊り続けててええで。つーかお前らみたいなもんは踊るくらいしか能があらへんのやから賑やかにやっとけや」

「あー。イアン君の戦場で見せる時の仏頂面だ」

「誰が仏頂面や。俺はスペインでは王家で一番朗らかな子で通ってるわ」

 ぶはっ! とラファエルが吹き出して笑ってる。

「お前が朗らかとか笑っちゃうよ。王妃様が、不機嫌よ。今どうなってるのかしらって。そんで俺が見に来たの」

「相変わらず女に顎で使われてんなお前は。やかましいわ。あいつリスみたいに王宮のテラスの手摺の上駆けて行ったんやぞ。お前らみたいなチャラチャラキラキラして動きにくそうな服着て笑っとる奴らなんぞ一撃で強襲されて相手の顔すら分からんまま殺されよるわ。それでも良かったら、ダンスホールの扉でもなんでも開いて踊っとけ。そうじゃないなら、俺らに任せて黙っとけ! ってお前から伝えとけや」

「ホントに例の仮面の男だったわけ?」

「お前と違って俺は飲んでへん」

 ラファエルは肩を竦める。

「んでもさ……本当にあいつだったとしたら、一体王宮に何しに来たんだろう? あいつ警邏隊専門の殺し屋なんだろ?」

「さぁな……。捕まえたら聞いておいたるわ」

「イアン将軍!」

「西の塔にいました!」

「よっしゃ! まだ逃げられてなかったか! 周辺は網を張ったから今王宮にいるなら捕らえられるかもしれん!」

 邪魔だ! とばかりにイアンはラファエルを押しのけて走り出す。

「こちらです! 今、三部隊で追っています!」

「よくやった!」

 瞬く間に彼らは走り去って行ってしまい、ラファエルは波打つ金髪をやれやれ、という風に優しく掻いた。

「あーあ……。イアンのやつ子供みたいに目を輝かせちゃって。本当に好戦的な奴だよな……仮面君はあんなの相手にしなきゃいけないなんて大変だねぇ~。もしかして知らなかったのかな? ごく最近赤服の番犬がヴェネト王宮に棲みつくようになったこと……。同情するなあ。城門に『猛犬注意!』とでもちゃんと書いておいてあげればよかったよ」

 暢気に呟いて、彼は歩き出す。

 歩きながら、外を見遣ると王都ヴェネツィアはいつものように、火を焚いて夜に明かりを灯している。ラファエルは一瞬立ち止まってそれを眺め、小さく笑んだ。

(ジィナイースはもう眠ってるかな? それとも絵を描いてるかな?)

 この美しい王都ヴェネツィアの夜景も、本来なら彼がここで共に見下ろすべきものだ。

 見せてやりたい、と彼は思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る