第4話  デレる理玖王子

 次の日の朝。連続するスマホの通知音で起きた。目覚ましのアラームより六分早く起きてしまった。


「ん……誰……?」


 スマホの画面を見ると、そこには山本理玖の名前が表示されている。昨日の、友達、友達じゃないのやり取りの後から、山本からの連絡は絶えなかった。絶えていたのは、眠っていた時だけ。

 起きたらすぐに連絡が来た。


『おはよ。一緒に学校行きたい』


「わかった。いいよ」


 返信して、再び横になる。まだ寝たいけど、あと四分でアラームが鳴る。仕方なく体を起こす。外の空気はすでに太陽に熱されて、蝉もけたたましく鳴いている。


 顔を洗い、リビングに向かうと、お母さんが用意してくれていたご飯を食べて、すぐに着替える。

 まだ一年生だから、大きめの制服だけど俺はもうすでにシャツが小さくなっている。

 男子高校生の成長は早いなと自分でも思う。お母さんに、シャツだけ新しいのが欲しいことを伝え、自分の部屋に戻る。

 スマホを確認すると、案の定大量のメッセージが届いていた。ほとんどが山本からで、残り数件が公式からのメッセージ。

 そして、その山本のメッセージもほとんどが同じような内容で、要するに早く会いたいとのことだった。

 全く、なんで俺なんだよ。


 家を出て、駅まで歩いていく。うるさい蝉を遮るように、イヤホンをつけ、ワン・ダイレクションのプレイリストをランダムで再生する。トップは《One Thing》だ。

 文化祭でする演目の一つ。爽やかなメロディが俺の耳を傾けさせる。

 二十分ほど歩いただけで、汗をかいてきた。駅に着くと、すでに山本は立っている。暑いのにマスクをしている。やっぱり、マスクがないと声をかけられるらしい。

 凄まじいお顔だよと、心の中で言い、笑う。


「おはよ」


「あ、空太おはよ」


 嬉しそうに目を輝かせて、山本も付けていた有線のイヤホンを強引に外す。


「うん。行こっか」


 俺は何も話すこともないので、すぐに改札に向かうと、山本は俺の左手を引っ張ってきた。


「イタタ、な、何?」


「ちょっと待ってよ。コンビニ行きたい」


 待ってる間に行っとけよ。なんてことは口にせず、引き攣った笑みを浮かべて、駅の横にあるコンビニに入る。


「ありがと。空太と一緒に見たかったから」


 コンビニの商品なんて、どこでも一緒じゃないか。何を一緒に見るんだよ。

 入店して、山本が立ち止まったところは、ドリンクコーナー。


「ね、空太。どれがいい?」


「え、いいよ。自分で買うよ」


「いや、俺が奢る」


「なんでだよ」


「いいじゃん。どれ?」


 仕方なく俺は一番安い水を選んだ。案の定、そんなのでいいの? とか、別のにしなよとか言われたけど、これでいいと言い張った。


「一緒に見たかったのって、それ?」


「そうそう。じゃあ行こ」


 なんだよそれ。そんなの自販機でいいじゃん。なんでわざわざ、コンビニにまで入るんだ?

 俺よりもずっと背の高い山本の隣を歩いていると違和感がある。これまで、俺よりも低い人としか歩いてこなかったから、変な緊張感がある。


 電車を乗り継いで、学校に着く。

 教室に入ると、すでに数名の生徒がいた。入ってきた山本に、目を向ける女子が数名と机に突っ伏して本を読む男子が一人。

 俺も自分の席に着くと、荷物の整理をして暇つぶしに本を読む。しかし、それはすぐに阻止された。


「え、なに?」


 山本が前の机に座って、俺の本を取り上げてきた。


「ふーん。空太はこんなの読むんだ」


「こんなのって、普通の文庫本だよ。返してよ」


「えー、やだ。俺と話そ」


「なんで」


「別に」


「……」


 山本が切り出したの話題は、夏休みの予定だった。もうすぐ夏休みで、どこかに遊びに行きたいとのことだった。


「山田とか高槻たちは?」


「あー、あいつらも。でも、空太も来て欲しい」


「えー」


 正直、気が引ける。あんなに画面偏差値がアイドルレベルのグループに、俺みたいな普通が混じり混むのは、あまりにも俺が可哀想すぎる。


「山田たちは俺が行っても良いの?」


「いいじゃん。俺が来て欲しいの」


 しばらくすると、山田と高槻がやってきた。

 山本に呼び止められて、夏休みの予定を話し合っている。夏休みの前にテストがあるんだけどなぁと俺は思うが、もちろん口にはしない。言ったらまた、俺に教えてくれなんて言われかねない。いや、言わなくても言われるだろうけど。


 三人は勝手に盛り上がっている。俺は山本の隣に置かれた文庫本をそっと取り返し、再び読書しようとしたが、やはり山本に奪われてしまった。


「これは没収」


「え、なんでだよ。返してよ」


「理玖ぅ、返したげなよ。空太嫌がってんじゃん」


「えぇ。だって、俺空太と話したいもん」


 親に怒られた子どものように、山本は拗ねた。それを見て、俺はちょっと可愛いと思ってしまった。


「分かったよ。どこ行きたいの? 山本は」


「山本じゃなくて、俺のこと理玖って呼んでって言ったじゃん」


「あ、ごめん」


 めんどくさい。


「理玖はどこ行きたいの?」


「俺、空太とならどこでもいい」


 めんどくさいなー。これは俺が決めないといけないパターンか?


「えー。じゃあ、動物園とかは?」


 適当に思いついた場所を言うと、「えー、動物園は臭ぇだろ」と山田が言ってきた。しかし、理玖はそんな山田の首を掴んで、黙らせた。


「空太が行きたいって言ってんだよ。文句言うな」


「イタタタタ! 冗談じゃん。理玖がいいなら行こうぜ」


 山本は結構、怒らせたら怖いタイプなのか。


「じゃあ、俺らのグルに空太追加するね」


 どうやら、山本と山田と高槻のトークグループがあるらしい。それに俺を入れてくれるみたい。

 イケメンだけのグループに、俺が入っているのが不思議でたまらない。本当に、山本は俺のどこを気に入ったんだ?


 続々と生徒が集まって、担任もやってきた。

 授業は、いつも通りに終わる。違う部分と言えば、強いて言うなら、英語の小テストがあった。百点満点で、合格点七十点を超えないと居残りさせられる。それだは勘弁だ。週一回も行われる小テストへの対策で、残されたくない俺は勉強して、英語は得意になった。返却されるのは六時間目の前。

 

 それ以外はいつものつまらない授業で、しばらくして昼休みになった。

 そして、昨日のように俺は山本たちに連行されて、音楽室で昼を食べた。

 こういうのって屋上じゃないのか? 気になって訊いてみると、高槻と山田は暑いのが嫌いらしい。だから、誰もこない音楽室に来るらしい。

 俺は、お母さんが作ってくれたお弁当を食べる。俺の隣に座る山本も、親が作ってくれているのであろうお弁当だ。俺のより、量は多いけど。


「ね、空太のお弁当食べたい」


「別にいいけど、どれ?」


「それ」


 山本が指したのは、玉子焼き。これはたらこが入っているちょっと高級な玉子焼きだ。さすが、お目が高い。


「食べさせて」


「は?」


 俺が戸惑っていると、高槻が俺の肩を叩いた。結構痛い。


「理玖は甘えただから」


 隣を見ると、今か今かと待ち構えている。それがちょっと可愛くてイタズラしてやりたくなった。

 玉子焼きを一切れ箸でつまみ、山本の口に入れる寸前に、俺の口に入れた。そして山本は、空気を噛んだ。


「うまー!」


 わざと、嫌な奴を演じてやった。さてさて、どんな反応をするかな。

 山本は、満更でもなさそうな表情をしている。

 いや、どんな顔だよそれ。


「怒った?」


「別に。怒ってないけど」


 そう言いながら、俺の方に向いていた体を山田の方に向けた。怒ってんじゃん。なんか可愛いなこいつ。

 今度はちゃんとあげよう。再び、玉子焼きを一切れつまみ、山本の口に運ぶ。


「どう?」


「うっま! これ大好き!」


 やっぱり子どものように可愛い反応をするな。そんな反応をされたら、もっとあげたくなっちゃうじゃん……

 結局、残りの玉子焼きを全部、山本にあげちゃった。


「ありがと空太! これあげる!」


 そう言って、山本がくれたのは、玉子焼き。


「え?」


「交換」


「あ、ありがとう」


「はい、口開けて」


「やだよ。俺は普通に食べたいよ」


「えー。俺にもあーんさせてよ」


 なんだよそれ。恥ずかしい。

 俺は仕方なく口を開けて、山本が玉子焼きをくれるのを待つ。山本が嬉しそうに、俺を見つめてくる。早くしてくれ。

 すると、スマホを撮り出したと同時にシャッターを下された。


「は!? 何してんだよ」


「いいじゃん。可愛いぃー」


 山本が、俺がぽかんと口を開けている写真を眺めて、目を輝かせている。


「……そんなの、何がいいんだよ」


 思わずぼそっと呟くと、山本はさらに写真を見つめながら口角を上げた。


「いや、これめっちゃいいだろ」


「は?」


 俺は思わず眉をひそめた。


「だってさ、普段のお前ってけっこう真面目な顔してるじゃん。でも、これ——」


 山本は写真を指差して、嬉しそうに言う。


「完全に油断してるっていうか、素の表情っていうかさ。こういうのが撮れるのって、めっちゃ貴重だと思わない?」


「思わないし……」


「俺は思うけど?」


 そう言ってまた写真を見つめる山本は、本当に嬉しそうで、心の底から楽しんでいるように見えた。


「もう、嫌い……」


 思わず口を突いて出た言葉に、山本はびくっと肩を揺らした。そして次の瞬間——。


「え、ごめんごめんごめんごめん……!」


 反射的に謝ってくる。その勢いに、思わず俺は吹き出しそうになった。


「いや、そんなに謝らなくていいって」


「いやいや、嫌いはダメだろ!」


「……別に本気じゃないけど」


 そう言うと、山本は目を丸くしてから、ほっと息をついた。


「……マジで焦った」


「そんなに?」


「嘘」


 山本は少しだけ拗ねたように口を尖らせると、もう一度写真を見つめた。


「でもこれ、本当にいい写真だからさ。俺、これすごく気に入ってるんだよ」


「……だから、どこがいいんだよ」


「全部」


「は?」


「表情も、仕草も、全部いい」


「お前、バカじゃないの?」


 そう言いながらも、俺は胸の奥が少しくすぐったいような感覚に襲われていた。


(ほんとに、何なんだよこいつは……)


 山本は悪びれるどころか、俺の言葉なんてまるで気にしていないかのように、まだ写真を愛おしそうに眺めている。

 よっぽど俺のことが好きなのか……?


 そう思うと、なんだか急に山本が可愛く見えてきた。普段はクールでツンツンしているくせに、こういうときは焦ったり拗ねたりするんだから。


「……もういいよ。好きにしろ」


 俺は諦めたように肩をすくめると、山本はパッと顔を上げて笑った。


「じゃあ、これ大事にするから」


「勝手にしろって言っただけで、許可したわけじゃねぇし」


「え、だってもういいって言ったじゃん!」


 また始まる言い合い。でも、そんなやり取りすら悪くないと感じている自分に気づき、俺は少しだけ頬を赤くした。

 今まで黙々とスマホをいじりながら昼を食べていた山田が、その様子を見て吹き出した。


「理玖、お前必死すぎだろ」


 高槻も、慌てふためく山本の姿に大笑いしている。


「いや、理玖がそんな顔するの、めっちゃレアじゃね?」


 二人の笑い声が教室に響く中、俺はそっと山本の横顔を盗み見た。


(こいつ、普段はクールでかっこいいくせに——)


 ふと、笑ってる姿が意外と可愛く見えてしまって、俺は思わず目をそらした。

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