ふんっ、1円なんかをお賽銭として認めるわけないだろう
パッタリ
第1話 1円から始まる物語
夕暮れ時、ひっそりとした神社に、一人の少女がやってきた。
茶色い髪をリボンで束ねたその子は、スニーカーについた砂を払いつつ、賽銭箱の前に立つ。
「……これしかないけど。えいっ」
彼女は、手のひらに握りしめた1円玉を放り投げた。
チャリン、と頼りない音が響く。
その瞬間、境内に突然の風が巻き起こり、まばゆい光が溢れる。
「おいこら、今投げ入れたものはどういうことだ」
「え、1円玉ですけど」
「ふんっ、1円なんかをお賽銭として認めるわけないだろう」
光の中から現れたのは、狐耳と尻尾を持った金髪の少女だった。
着物をまとい、見た目は神秘的だが、その表情は不機嫌そのもの。
「……誰?」
「誰、ではない! この神社にいる神だ!」
小柄な美少女だが、態度は完全に上から目線。
狐耳がぴこぴこと動き、ふさふさの尻尾が後ろで堂々と揺れている。
その姿は確かに神様っぽい……ような気もする。
「まったく、1円だと? これしきで足りると思うのか!」
「えー、でもこれしか持ってないんだから仕方ないじゃん」
茶髪の少女はあっけらかんと答えた。狐耳の少女はその態度に呆然とする。
「普通、そういうときはもっと申し訳なさそうにするところだろうに」
「いや、正直に言ったほうが良いと思って」
「開き直るな! 神に対する敬意が足りん!」
狐の尻尾がぷるぷると震え、今にも怒りを爆発させそうだが、茶髪の少女はじっと見つめている。
その視線は、狐の耳に向いていた。
「その耳、本物? 触ってもいい?」
「だ、だめだ! 神聖な神の象徴だぞ!」
伸ばされた手は、金色の狐耳を無造作に掴んでしまう。
そして揉んだ。遠慮というものが感じられない手つきで。
「こやつ、初対面の相手に……!?」
「ふわふわしてて可愛いね」
「……かわっ……なっ!」
狐耳の少女の顔は真っ赤になる。
どうにか威厳を保とうとするが、目の前にいる茶髪の少女が笑みを浮かべながらじっと見てくるため、意外と難しい様子。
「と、とにかく、1円では何もできん! 願いなんて論外だ!」
「そっか、じゃあお金を貯めてからまた来るよ」
「いや待て!」
慌てて声を上げる。
それは神というには似つかわしくない行為。
だが、神社には滅多に人が訪れず、相手は数ヶ月ぶりにやって来た参拝客。
このまま帰られても困るわけだ。
「それでは私がただの貧乏神のようではないか……仕方ない、特別に『超格安プラン』を教えてやる!」
「超格安プラン?」
茶髪の少女が首をかしげると、狐耳の少女は胸を張って説明を始めた。
「通常の願い事を叶えるには、それ相応の賽銭が必要だ。だが、お前のような貧乏人のために考案した特別プランがあるのだ!」
「それ、さっき急に考えたやつでしょ?」
「うるさい! 話は最後まで聞け!」
まずは一度咳払いをし、その次に指を一本立てる。
「こほん……その名も『超格安プラン』! お前が一週間この神社を掃除することを条件に、1円分の願いを叶えてやる!」
「なんで掃除?」
純粋な疑問に対して、どこか気まずそうな表情が返される。
「……正直、この神社、長い間放置されててな。蜘蛛の巣が多いし、草むしりも面倒だし」
「ここの神様なのに自分でやらないの?」
「たまーにやる。いやそもそも、私には神としての重要な務めがあるのだ!」
「例えば?」
「えっと……参拝者を見守ったり……神聖な儀式を行ったり……尻尾を整えたり……」
「最後、いらないでしょ。神様なんだし」
「黙れ!」
怒鳴ったあと、ぷるぷると震えながらも話は続けられる。
「とにかく掃除をするのだ。それで、お前の1円を最大限に活かしてやる」
「じゃあ聞くけど、1円分の願いって、具体的に何ができるの?」
狐耳の少女は少し考え込んだあと、どや顔で答えた。
「例えば……お前の髪を少しサラサラにする!」
「それ、普通にシャンプーでできるじゃん」
「1円なんてそんなものだ!」
堂々と言い放ったが、茶髪の少女は思わず吹き出してしまった。
「ははっ! なんか神様ってもっと偉そうで怖いかと思ってたけど、意外とそうでもないんだね」
「なっ……神を舐めるな! 契約だ、これは契約なのだ!」
「うんうん、じゃあ契約しまーす」
こうして、寂れた神社において神と名乗る狐耳の少女と、人間の少女との間に奇妙な契約が結ばれた。
これは1円から始まる掃除生活。
この1円玉が後にどういう奇跡を起こすのか、彼女たちはまだ知らない。
ふんっ、1円なんかをお賽銭として認めるわけないだろう パッタリ @patari
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