海に沈むジグラート23

七海ポルカ

第1話



 何も描かれていない大きなキャンバスを見上げながら、ネーリは考え込んでいた。

 絵のことではない。この前見せられた特殊な『矢』のことである。どうしてもあれが、頭の中から離れなかったのだ。それを思った時の感情は……よく分からない。

 不気味、その一言に尽きる。


 片腕に装着して使用する自動弓【フィッカー】。


 俺はこういう機械いじりが好きなんです、と彼はいつも船の隅で機工具を触っていた。

 今までは他の船員同様、あまり思い出さないようにしていたが、あの自分のフィッカーと長さの違う『矢』を見た時から、朧気に彼の顔を思い出していた。彼の周りにはいつも螺子やギザギザの形をした星のような円盤が落ちていて、綺麗だったので、ネーリもよく彼の側に見に行った。彼の船においての役回りは、剣や鎧などの傷んだ部分を修復したりする作業だったが、手が空いている時は自分の研究を好きにやっていたのである。手の平に乗るほどの小ささの、細かい螺子の世界を、針金のようなものでいつも弄っていた。

 子供ながらネーリは、あれが彼の「絵」なのだということがすぐに分かった。

 色んな色を加え、頭に思い描いているものを、あれで絵のように表現している。

 画家と同じだというと、彼は笑った。

 祖父の船に乗る者たちはみんなそうだったけど、彼も自分の背中にくっついて、覗き込むように肩から作業を何時間でも眺めているネーリには、いつも温かい笑顔を向けてくれた。

「こういったものがお好きですか。若君」

「きれい」

「貴方には機械の美しさがお分かりになるようだ。お目が高いですね。ユリウス様も新しいものを目を輝かせてご覧になる方ですが、貴方もそうらしい」

「僕たちは、色んな色を混ぜて自分だけの色を作るよ。貴方もそれで、自分の色を作るの?」

「仰る通りです。ですが、鉄や鋼というものは、いずれ私の手の中に収まる以上の可能性を秘めていると、私は考えていますよ。火とかけ合わせればこの鋼鉄も、水のように変化します。その水を型に流し込めば、色んな形が自由に作れる。強度は木とは比較になりません。私はいずれ、この世の様々なものが鋼鉄で形作られることになる日が来ると思っています」

「様々なもの?」

「はい。武具は言うに及ばず、建物や、船も」

「船?」

「小舟ならすでに完成させたものがありますよ。本拠に戻ったら乗せて差し上げましょう」

 船と聞いて少年は目を輝かせたが、すぐに心配そうな顔になった。

「でも……鉄や鋼は木みたいに色が塗れないよ……。ぼく緑色の屋根のおうち大好きだから……お家も全部鋼鉄になっちゃって、世界中のお家が銀色になっちゃうの嫌だよ……目がちかちかするよー」

 祖父であるユリウス・ガンディノが、この子は絵の才能がある、必ず素晴らしい画家になるぞといつも抱き上げて喜んでいるネーリの、画家らしい心配に、彼はまた笑った。

「若君。心配には及びません。鋼鉄には色が付けられず、木につけられるなら、二つをかけ合わせればいいのです」

 ネーリは男の手に乗った鉄の塊を、両手で頬杖をついてじぃっと眺めた。

 偉大な船長の、この世で一番愛する孫。船員たちがネーリを可愛がるのは、それだけが理由ではなかった。

「そっか! 鋼鉄で中身を作って、外の色を塗りたい部分は木や布にすればいいんだ!」

 よく出来ました、というように、大きな手が頭を撫でてくれる。

「若君は本当に聡明だ。まだこんなに幼いというのに、未来を見通すような慧眼をお持ちだ。その貴方が鋼鉄を、目を輝かせて見て下さるなら、我々【機工師】の未来も明るいですな」

「?」

「みんな私のやることには難解そうな顔をして眉を寄せるというのに。こういった作業を目を輝かせて眺めて下さるのは、貴方とユリウス様くらいなものですよ」


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