平凡大学生のハーレム(?)生活 ~バイトで培った【コミュ力】で、恋愛強者になります~
昼から山猫
第1章
第1話
俺は現在、都内の私立大学に通う二年生だ。とはいえ、勉強一筋というわけでもなく、正直なところサークルやバイト、それから就活の準備なんかで毎日バタバタしている。
今日もいつものカフェでアルバイト。黒髪ショートをゆるくセットしたまま、ラフな服装で出勤しているが、俺の働きぶりは決してラフではない……と自分では思っている。
「カナメ、そろそろホールに出てくれ! 新作コーヒーの試飲会が始まるから、呼び込みを頼む!」
店長が軽く眉間にシワを寄せながらも、声はいつもよりも張りがある。試飲会はこの店の一大イベント。彼はやる気十分らしい。俺も気合い入れて盛り上げたいところだ。
「了解っす。俺に任せてください!」
やたらと威勢よく答えた瞬間、俺は不意に足元の段差につまずいた。
すると、手に持っていたコーヒーの入ったトレーが見事にバランスを失い、ゆっくりと傾いていく。
「うわ、やばっ!」
慌てて受け止めようとしたけど、コーヒーのカップは情けないほど無防備に宙を舞う。こんなときは時間がスローモーションになるっていうけど、実際にその通りだ。俺は頭の中で、「あ、終わったわ」と心の声を自覚する。
次の瞬間、俺の目の前でカップが床に激突し、コーヒーが広がった。しかも運が悪いことに近くの客のバッグや靴にもかかってしまい、店内がざわつく。これはクレーム一直線だ。
「お、お客様……! 申し訳ございません!」
すぐに雑巾とクリーナーを持って駆け寄る俺。平謝りするしかない。ところが、相手の女性は強そうな眼光を放ちながらスマホを取り出し、どうやら動画を撮り始めたらしい。これは下手したらSNSにアップされて炎上、なんて展開も充分あり得る。
やばい、これは店の存続に関わる事態か? すでに他のお客様もざわめいているし、どう収拾をつけるか途方に暮れていると、奥からスラリとした脚が目を引く女性が現れた。髪はセミロングでダークブラウン、どこか凛とした美人オーラが漂っている。
「ちょっと、落ち着いて。誰だってミスはあるわよ」
彼女はその強面の女性客に向かって、サラリと説得を始めた。上から目線のようでいて、きっぱりとした口調が印象的だ。
「SNSに流すのはいいかもしれないけど、事実をしっかり伝えなさいよ? このお店、いつも親切で素敵な接客をしてくれるし、今だってちゃんと謝っているわ」
実際には親切かどうかは微妙なところだが、その絶妙なフォローに俺は思わず感心してしまった。女性客のほうも、彼女に睨まれたらたじろいだのか、ブツブツ言いながらも動画の撮影をやめてくれた。
「……まぁ、今回だけは見逃してあげるわ」
そう言って渋々退店していく女性客。助かった……俺はホッと胸を撫で下ろしながら、さっき俺を助けてくれた彼女に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! マジで助かりました……」
彼女は少しだけ顎を引きながら、俺の顔をまじまじと見てくる。その瞳にはプライドの高さがうかがえるけれど、同時に仲間思いの優しさも滲んでいるような気がした。
「いいのよ。SNSで炎上なんてされたらお店も困るでしょ。まぁ私もこう見えて、広報関係の勉強をしてるから、放っておけなかっただけだわ」
「そっか、広報関係……確かに、説得の仕方が慣れてる感じでしたね。ありがとうございます、本当に」
俺は何度も頭を下げ続ける。すると、彼女は淡々とした表情のままスマホを取り出し、素早く俺にQRコードを見せてきた。
「それじゃ、連絡先くらい交換しておいてあげる。ほら、あなたも今後お礼くらいしたいんでしょ?」
まさかの急展開。俺は慌てて自分のスマホを取り出し、言われるがままにスキャンした。すると、名前が表示される――“東条ショウコ”。
こうして俺は、ちょっと気が強そうな先輩女性の連絡先をゲットしてしまった。
「俺、冴木カナメです。平凡な大学二年なんですけど、また何かあったら連絡してもいいですか?」
「ええ、構わないわ。ま、あまり失態をやらかさないことね。じゃ、私はこれで……」
ヒールを軽快に鳴らしながら去っていく彼女の後ろ姿を、俺は呆然と見送る。正直、助かったのはありがたいけど、どこか強引な印象もあるな……。でも、あんなにスタイル抜群の人がいるんだな、と今になって気づいて妙にドキドキする。
その日、バイトが終わったあとも俺は彼女のことばかり考えていた。しかも彼女からメッセージが来ていて、「サークルの広報イベントを手伝ってほしいんだけど、時間ある?」との誘いが。
「え、なんで俺が? 大したスキルもないのに……」
けれど、少しでも恩返ししたい気持ちが強かった。俺は"なんでもお力になれたら嬉しいっす!"と返事を送る。
するとすぐに既読が付き、「じゃあ今度詳しく話すわ。期待してるから」との返信。どうやら俺のバイト経験や接客スキルに興味を持ったらしい。広報イベントって一体どんなものだろう。ちょっとわくわくする反面、めちゃくちゃ大変な気もする。
そして何より、その強気な口調と少し上から目線の彼女――“東条ショウコ”の存在が、俺の胸を変な風に高鳴らせていた。
あの日の失態からの急展開なんて、普通ならあり得ない。でも、もしかして俺はこれから何かとんでもない方向に巻き込まれていくのかもしれない。
それから数日後。バイトが終わって少し遅めの夕方、ショウコがひょっこり店に姿を現した。どうやら仕事帰りらしく、ジャケットにミニスカート姿。ヒールと相まって大人っぽい雰囲気が漂う。
店長が「店はもう上がっていいぞ」と言ってくれたので、俺はエプロンを外してショウコの席へ向かった。
「よ、遅くなってごめん。今日もバイトだったの?」
「ええ。まあ、大学生は暇じゃないからね」
そうやって強気に言いながらも、なんだか彼女も少し緊張しているように見える。
「それで広報イベントの話、詳しく聞かせてもらってもいいっすか?」
「私が所属してるサークル、いまSNSを使った広報企画を進めていて。ちょっとトラブルが多発してるのよ。あなた、バイト掛け持ちしてるんでしょ? そういう多彩な経験が役立つかなって思って声をかけたの」
「なるほど。どんなトラブルなんです?」
「それはまた追々話すけど……最初は私のイベント準備に協力してもらいたいの。難しく考えなくていいわ。あなたの得意分野をちょっと借りるだけ」
何だろう、この妙に距離の近い感じ。俺は彼女の目を見ながら話していると、やたらとドキドキしてくる。そういえば彼女とこうしてじっくり話すのは初めてだ。
するとショウコはふと視線をそらし、カップの縁に指先をなぞりながら言葉を続ける。
「まぁ、その……私も助けてもらった借りがあるし。この間のカフェでのこと、感謝されるほど大したことじゃないんだけど……」
意外と照れているのか? ちょっと可愛いじゃん、なんて思ってしまった俺は、勢いに任せて声を上げた。
「いや、あれはマジ助かったんすよ。だから……何でもやりますよ。ホント、俺、ショウコさんには足向けて寝られないんで」
一気に言い切った後、急に空気が変わる。店の照明が薄暗くなってきたせいか、二人の距離が妙に近い。
そのとき、ふっとショウコが椅子から腰を浮かせ、俺の肩のあたりを軽く叩いた。
「……そこまで言うなら、期待させてもらうわ。とりあえずLINEのグループにも入って。具体的な打ち合わせはまた連絡するから」
「了解っす」
そう答えると、俺たちは自然と視線を交わしたまましばし無言になった。気まずいわけじゃない。むしろ、これって何だろう、胸がキュッとなって……。
ああ、これはもしかして――。
その瞬間、客の一人が大声で「店員さーん、お会計お願い!」と呼びかけてきた。
「あ、ちょっと……!」
残念ながらバイト中の俺はすぐ戻らなきゃならない。振り返りざまに目をやると、ショウコは軽く微笑んでいた。
「バイバイ。また連絡するわね」
その一言が、俺の心をやけに軽くしてくれる。いつの間にこんなに意識しちゃってるんだろう。
そんなこんなで、俺のわりと平凡だった大学生活は、ここから少しずつ妙な方向に転がっていく。
最後にショウコが帰り際にポツリと呟いた言葉――「海外インターンの選考が迫ってるのよね…」。
あれは、何を意味しているんだろうか。彼女の未来のためのインターン? そもそも海外に行っちゃうかもしれない? なんだか一筋縄ではいかない予感がする。
まさか俺がこんな風にドキドキさせられるとは思わなかったけど、これから何が起こるんだろう。もしかして、俺の恋の運命が動き出しているのか……そんな期待と不安がないまぜになって、一気に胸が高鳴るのを感じた。
こうして、バイト先での失態から始まった俺とショウコの縁が、これからどんな波紋を広げていくのかは、まだ誰にもわからない。いや、俺自身が一番わかっていないのかもしれない。
とりあえずは、あのとき救われた恩を返すために、ショウコの広報イベントに全力で協力するんだ。そう決意して、俺はホールに戻った。
人生、いつどこでどう転がるかわからない。だからこそ面白い――なんて、あまりにも呑気すぎるかな。だけど、やると決めたからには全力でやる。それが俺のモットーだ。
そしてこの夜、俺はスマホの連絡先リストを見て、改めてショウコの名前を確かめ、密かに笑みを浮かべた。やっぱりなんだかんだで、彼女との出会いに心が躍っている自分がいる。
明日からの自分はどう変わるのか。失敗ばかりでも、きっと前に進んでいける――そんな予感がした、第1話の幕開けだ。
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