片想い相手の妹に弱味を握られて「下僕契約」を結ぶことになってしまった…

とけいみがき

「告白の練習、してあげよっか♡」

小馬鹿にしたような声色。

ぴょこんと跳ねるツインテール。


「ざぁこ♡ いくじなし♡ 男の子失格♡」


その憎たらしい態度に、何度殺意を覚えただろうか。


しかし、刃向かうことは許されない。なぜなら、俺は彼女に弱味を握られているのだから。


そう、あれは一週間前のことだった——。



 ◆◆◆



文武両道、眉目秀麗。彼女が歩けば、美しい黒髪に誰もが目を奪われる。


烏丸紗月からすまさつき——学園の生徒会長を務める、同じクラスの美少女。俺は三年前の入学式以来、彼女に恋心を抱いていた。


その積年の思いに決着をつけるべく、俺はラブレターを書いた。


「今日の放課後、返事を聞かせてください」


そう書き添えて、渾身の恋文を下駄箱にそっと置いたのだ。


だが......。


「ねえ、この手紙ってアンタが書いたの?」


その日の放課後、待ち合わせ場所の屋上。


そこにいたのは、片想い相手の生徒会長ではなく。彼女とよく似た髪色の、ツインテールの少女だった。


「どうして、それを......?」


「どうしてぇ? こっちが聞きたいんですけど〜♡」


クヒヒ、と音を立てて笑いながら、哀れむような目で俺を眺める少女。


いったい、なぜ。

烏丸さんの下駄箱に置いたはずの手紙が。


烏丸さんの下駄箱に、手紙が......。


まさか——。


「あら、気づいちゃった? お・ま・ぬ・け・さん♡」

 

その瞬間、全身から力が抜け落ちた。


噂には聞いたことがある。


優等生・烏丸紗月とは似ても似つかぬ妹の存在。


姉の権威を盾にして、迷惑行為を繰り返す。

教師の言いつけには耳を貸さない。

学園創設以来、最も凶悪な問題児。


俺が手紙を置いたのは、烏丸紗月の下駄箱ではなく。その妹、烏丸瑞稀からすまみずきの下駄箱だったのだ——。


「ばーか♡ ばーか♡ おたんこなすっ♡」


意気消沈して立ち尽くす俺に、瑞稀は容赦なく罵倒を浴びせる。


「えーと、なになにぃ? 3年間、ずっとあなたのことが好きでした。あなたのことを考えなかった日はありません.......だって、ぷぷぷっ♡」


「......」


「それなのに、ぼくちゃんはぁ♡ お姉ちゃんと妹の区別もつきませんでした〜♡ ごめんなさ〜い♡ 脳みそよわよわですみませんでした〜♡」


俺が反論しないのをいいことに、瑞稀の追撃は続く。


耐えろ。耐えるんだ、俺。


胸の奥底から湧き上がる黒い感情。

だが、ここで彼女を逆上させたら終わりだ。


なにしろ相手は、悪名高き烏丸瑞稀。

怒らせたら何をされるかわからない。


ここは慎重に、丁寧に説明しよう。

話せばきっとわかってくれる......はずだ。


ごほん。

一つ咳払いをして、ブレザーの襟を正した。


「ごめん。俺が悪かったよ。だから、その......手紙を返してくれないか?」


「はぁ?」


「その手紙は、俺にとって大切なものなんだ」


「......」


「今年、キミのお姉さんと同じクラスになってから、それなりに仲良くなれた気がしてさ。一年生の頃から好きだったけど、ようやく告白できるチャンスが来たっていうか......」


「......はぁ?」


ダメだ。あまりに風向きが悪い。

こうなったら......。


「こ、この通りだ! 頼むからその手紙を返してくれ!」


そう叫びながら、俺は深々と頭を下げた。

 

男としてのプライドを捨てた、全力の謝罪。


だが——。


「やだ」


瑞稀はぷいと視線を逸らすと、冷たく言い放った。

 

俺は思わず頭を抱えた。


どうする?

いっそ諦めて、新しい手紙を作り直す?


けど、このまま瑞稀を放置すれば、何が起きるかわからない。


俺の3年間の片想いも、これで終わりなのか......。


「......いや」


まだだ。

ここで諦めるわけにはいかない。


「その手紙を返してくれれば何でもする」


「.......!」


「お前の命令を何でも聞く! だから、今日のことは忘れてくれないか?」


そう叫びながら、俺は再び頭を下げた。

先ほどよりも深く、そして長く。


プライドなんて、とっくに捨てている。


これが、今の俺にできる最終手段だった。


沈黙が訪れる。


首を垂れた俺を、瑞稀がじろじろと見定めているのがわかる。


永遠にも思える時間。決して好感触ではないが、先ほどとは異なる手応え。


そして瑞稀は、ゆっくりと口を開いた。


「それって、私の下僕になるってこと?」



 ◆◆◆


 

こうして、俺の下僕ライフがスタートした。


『下僕、イチゴジュース買ってきて♡』


帰りのLHRが終わると、メッセージが飛んでくる。既読を付けてから10秒以内に返事をしないと、即アウトだ。


『かしこまりました』


端的に返信を済ませると、俺はすぐさま一階の自販機へ駆け込む。


イチゴジュースのボタンを押し、ペットボトルを手にする。

 

そして、瑞稀の待つ屋上へ向かうのだ。

 

「おっそーい」


屋上に到着するや否や、瑞稀の口から容赦ない罵声が飛び出す。


コンビニ袋から取り出したメロンパンを、美味しそうに頬張りながら。


こいつ、何も喋らなければ可愛いんだけどなぁ......。


ぼんやりとそんなことを考えつつ、俺は瑞稀の隣に腰を下ろした。 


下僕としての稼働時間は、放課後にとどまらない。朝夜を問わず、電話対応、宿題の代行、プリントの提出——。ありとあらゆる雑事がメッセージ一つで押し付けられる。


そんな日常が、かれこれ一週間は続いていた。


イチゴジュースを音を立てて啜ると、瑞稀がおもむろに口を開く。


「で、お姉ちゃんに告白できたの?」


「ごはっ」


不意打ちの話題に、俺は思わず吹き出しそうになる。


「もしかして、まだ告白してないのぉ?」


「まあ、そうだな......」


「えー! だっさ!! いくじなし♡」


俺の弱点を見つけた途端、瑞稀は瞬時に攻撃体制に入る。


「だって、それじゃ下僕になった意味がないじゃん。もしかして、女の子に虐げられたい変態さんだったの? きゃは♡」


「くそっ......」


俺は負け惜しみのように呟くしかなかった。


あの一件の後も、紗月さん(下の名前で呼ぶことにしよう)との関係に大きな変化はない。


取り返した手紙だって、いつも鞄の中にある。紗月さんに渡そうと思えば、いつでも渡せる状況だ。


だけど——。


「まあ、色々とタイミングが悪くてな」


「はぁ?」


「ほら、お姉さんも忙しいだろ。それに、俺も心の準備が......」


「......そんなんだから、今まで告白できなかったんじゃないの?」


うぐっ。

 

あまりにも痛烈な直球ストレートに、また喉を詰まらせそうになる。


俺が3年間、紗月さんに告白できなかったのは、紛れもない事実だ。


そして結局、今日まで告白できずにいる。


「それなら、今からここで告白の練習でもしてみる?」


「え?」


唐突な提案に、思わず声が裏返る。


「だって、アンタがお姉ちゃんに告白してくれないと、下僕にした甲斐がないもん」


「はぁ......」


「ほら、さっさと立ち上がって? ねぇ、はやく♡」


瑞稀はご機嫌な様子で、ニヤニヤしながら俺を煽り立てる。


まったく意味がわからない。そもそも、告白に練習なんて概念があるのか?


まあ、どのみち告白を避けては通れないのも事実だ。事前に練習できるのは、むしろ好都合かもしれない。


渋々ながら気持ちを固め、俺は立ち上がろうとする。


適当に済ませて、さっさと帰ろう......。


「あれあれ、どうしたの? まさか、怖気づいちゃった? ざぁこ♡ いくじなし♡ 男の子失格♡」


......前言撤回。


こいつを練習台にしてやろう。


勢いよく立ち上がると、瑞稀の前に正対した。


「いいだろう」


「そうこなくっちゃ♡」


なおも余裕そうな態度の瑞稀。

 

まずは、その両肩を力強く押さえる。


「多少、強引でもいいよな?」


「えっ」


困惑する瑞稀を無視して、彼女の体を壁際まで追いやる。


ドン、と大きな音。

俗に言う「壁ドン」というやつだ。


見下ろした先には、上目遣いでこちらを見つめる瑞稀。


その瞳は、小動物のように怯えていた。


(こいつ、こんな顔するんだな)


どこか他人事のように思いながら、俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

そう。片想いの相手と同じ、彼女の名前を。


「烏丸」


「ひゃいっ」


瑞稀が驚いたような声を上げる。


だが、もう止まらない。


視線を逸らさず、彼女の瞳を正面から見つめる。


そして——。


俺は、堂々と想いを伝えた。


「お前が好きだ!」

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