第2話 初戦闘

 グレイヴンロック領を出て三日、旅も折り返しといったところだ。

 馬車5台分の移動を考えれば相当に早い日程になっている。

 それだけ騎士たちが優秀なのは喜ぶべきことなのだが、出発当初よりも俺に対しての風当たりは強くなっている。

 俺は記憶があるとはいえこの世界の知識を落とし込むためにも日夜を問わず馬車に引きこもっていた。

 それこそ騎士たちがせっせと野宿の準備をする中でもだ。

 しかし、俺にだって不満はある。

 そもそも貴族が野宿の準備なんてするのだろうか?

 そういった世話も含めての任務だし、それなりの対価も貰っているはずなのにこの態度はどうにも気に入らない。


 気持ちを切り替えて魔法書に手をかけたところでドアがノックされた。


「なんだ?」

「若様、賊のようです。音と揺れがあるかもしれませんが決して出ないようにしてください」

「大丈夫なのか?」

「数は同程度か少し多い程度ですが、実力は比べるまでもありません」

 相手の数は20人〜25人か。

 実力も大したことはなさそうだな。


「俺も出よう」

「なっ!? 遊びではないのですよ」

「アルカナムへ行く前の肩慣らしにはちょうどいいだろ」

「危険です、わざわざ賊相手に肩慣らしは必要ないでしょう」

「なんだ守る自信がないのか」

「そういうわけでは……」

「騎士に守って貰いながら実践が積めるんだから逃す手はない。何も無理は言ってないだろ。そこそこの相手を一人残して待機しろ」

「……承知しました」

 不祥不詳といった様子で騎士の一人が賊の元へ向かっていった。


 指示通りに一人残された賊の足元には元お仲間たちが転がっている。

 見事に戦意喪失しているがこれでは意味がない。


「一対一で俺を倒せたら逃してやる」

 騎士には危なくなったらすぐに止めに入れと言ってある。

 あくまでも人相手に魔法を使ってみたいだけの実験なわけで、命を賭けようなんて微塵も思っていない。

 前世の俺が倫理的にどうかと問いかけてくるが、ここは異世界だし、相手は犯罪者だ。


「たっ、頼みます。命だけはお願いします」

「だから俺を倒せたらな」

「ほっ、本当ですか? 本当に貴方様を倒せたら見逃してくれるんですか?」

「別に信じなくてもそれでいいぞ、そのときは騎士がお前を殺すだけだ」

 俺はこんな苛烈な性格だったのか?

 リオネルの記憶を引き継いで多少変化があったのかもしれない。

 前世の記憶もまるで他人事のように感情が薄れていっている気がする。

 この賊がぐちぐちと煮え切らないのなら俺は躊躇わずに騎士に処分を言い渡すだろう。

 賊が決心をして襲いかかってきても俺は返り討ちにして殺す。

 今の俺は殺人という忌避すべきそれもそういうものだろうと納得して行動に移せる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 賊は俺に襲いかかるという最も賢い選択をした。

 剣を振り翳し盾を体の前に構えてがむしゃらに突進をしてくる。


「猛て迸れ、烈火」

 炎が上がり賊を襲う。

 しかし、賊は炎を盾で振り払い勢いを止めない。

 火の粉がかかっていてもお構いなし。

 やはり五行魔法は威力が弱い。

 まともに鍛えていない賊に簡単に防がれては魔法使いの名折れもいいところだ。


 二発、三発と放つも防がれてしまう。

 剣が届く距離まで賊が近づく。

 横目で騎士が剣の柄に手をかけるのが見えた。

 そうか次の一撃が勝負なんだな。

 賊は次の一撃を防いで剣を振るのを狙っているんだろう。

 俺は賊の想定通りに烈火を放つ。

 賊はやや大きく盾で炎を振り払い正面を見据えるがそこに俺はいなかった。

 炎を目隠しに横に移動して剣を抜いて振り下ろす。


 剣で止められそうになったが関係ない。

 それはへし折られ頭部に剣がめり込む。

 人を殺した。

 特に感情に揺れはない。

 やることをやっただけ。

 あるとすれば……五行魔法は意外と悪くなかった。

 それくらいか。


「大丈夫ですか?」

 まさか無能だと思っていたバカ貴族がいくらしょうもない賊相手とはいえ見事な立ち回りを見せたものだから騎士は驚きを隠せないでいる。

 俺はそれを尻目に剣についた血を拭き取る。

 執事に用意させた剣はそこそこの剣だった。

 これ以上となると使用者の力量も必要になってくるため執事はいい仕事をしたといえる。

 この剣で賊の剣をへし折るのは不可能だが、魔法は不可能を可能にしてくる。

 五行魔法には金属を強化する魔法がある。


 いや、魔法のおかげだけではない。

 飽き性のおかげで魔法のみならず剣術もつまみ食いしていたのがよかった。


「問題ない。今後も色々と経験したいからよろしく頼む」

 騎士たちは再び驚きを表し、すぐに頭を下げた。

 まだまだ関係が良好とはいえないものの多少はマシになった気がする。

 グレイヴンロックでは実力こそがすべてだ。

 とりわけモンスターの侵攻が激しい地なだけあって戦闘力が重要視される傾向にある。


 その後も順調に馬車は進み、別の賊やらモンスターの襲来はあったものの特段危険はなく、いい経験を積むことができた。

 これで俺の現状がある程度わかり、今後の学習に活かせそうだ。

 王都につけば入学まで一ヶ月は余裕がある。

 前世の知識から試したいことが次々と浮かんでくる。


 あぁ、すっかりこの世界を楽しもうとしてる自分がいるようだ。

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