【短編】小説の中の人を拾いました ─辺境領主のご落胤─

田中子樹@あ・まん 長編3作品同時更新中

第1話 神、降臨


「いや、セルジュさまが良い男すぎて現実がつらい」


最新話まで読んでしまった南海は、盛大にため息をつく。

彼女の場合、最新話まで読んでしまうと続きがないという虚無感に襲われる。

そのため、最新話の数話前でいったん読むのをやめる。


そしてある程度、更新が進んだら読むのを再開するのである。


しかし!


この「辺境領主のご落胤」という作品。おもしろすぎて、あっという間に最新話に到達してしまった。


評価0、フォローも0。

なんだったら視聴数も私、南海祭(みなみまつり)しか読んでいない勘定になる。


嘘だろ?

こんな面白いのが眠っているなんて、WEB小説こえーっ。


更新が途絶えて1年は過ぎている。

このまま更新されなかったら、死んでも死にきれねー。


それにしても、辺境領主の落胤であるセルジュさまが良い男がすぎる。

領主の妾の子として、人知れず平民として生まれ育った主人公。

しかし、スペックが高すぎて、幼少期から目立つ、モテる、かわいい。

もうお姉さん、セルジュさまが実物だったら、いくらでも貢いじゃう!


しかし、現実はつらいことしか待っていない。

私もそろそろ売れる作品を書かなきゃアカンのだが……。

大学時代に気まぐれで書いた作品が、すごく売れてかなり稼いでしまった。

そのせいで自分に才能があると勘違いして、専業作家の道を選んでしまった。

だけどあれから3年。書けども書けども鳴かず飛ばずで、スランプに陥っているといって過言ではない。


そのため、インスピレーションを得るため、小説投稿サイトを読み漁る毎日を送っていた。


そして出会った運命の一作。

でも片思いの相手が主人公の物語は結末を迎えていない。


可憐な第1王女、聡明な侯爵令嬢、隣国の強烈なカリスマを放つ若き女王。

ふさわしい候補の女性はたくさんいる。

セルジュさまには幸せになってほしい。

でも、誰とも結ばれてほしくないという願望もある。


それにしても、作者はなぜ続きを書かないのだろう。

誰も読まないから?

それとも書くのに飽きたから?

いずれにしても、見ず知らずの素人の作品の2次創作したくなるほど、主人公にどハマりしている。


「はぁーーっ」


田舎に移り住んで3年。

平屋の一軒家の屋上で、きらめく星々をあおむけになって眺める。


ん? UFO? ──いや、流れ星か。


綺麗な白い尾を引いて、とんでもなくゆっくり流れている。

ふと我に返り、とっさに願い事を3回唱える。


「せるじゅせるじゅせるじゅ」


どうにか3回言えたが、なんだ「せるじゅ」って?

本当は作品を再開して欲しいと言いたかったが、無理だった。


流れ星はゆっくりと地平線の向こう側へ……消えない!?

ってか、私のところに向かってないかアレ?


ゴンッと額にぶつかると「ぐうぇ」と淑女にあるまじき声を上げてしまった。

まあ、痛いっちゃ痛いが、流れ星が当たった割にはぜんぜん平気。


おでこを両手で押さえながら、庭に落ちた隕石を見下ろす。

ぷしゅーっと白い煙が噴き出たかと思えば、全裸の男性がひざまずいていた。


いや、わかるよ?

登場の仕方がもうなんかの映画やん。などと非現実的な現実を突きつけられて思考が麻痺していたが、さらに私の脳を揺さぶってきた。


「せっセルジュさま!?」


白い肌。切れ長の目。女性よりも艶めかしい唇。

そしてなにより特徴的なその赤い髪。


紛れもないない私の王子さま。

ふだんガサツな私だが、「とぅんく!」と乙女な心臓が一音聞こえた。


「ここは?」

「ふぇ? ちょっ、あっ……」


全裸のセルジュさまは前を隠そうともせず、堂々と立ち上がってしまった。

それを見て頭に血が上ってしまい、屋根から足を踏み外してしまった。


ふぁさっ、と抱きとめられて庭に着地した。

って、たくましい胸板にくっついてるーーーっ!!


すっ、好き──

いやいや、今はそうじゃなくて。

マッのセルジュ様に抱かれるなんて、どんなご褒美なんだい?


「大丈夫かい?」

「あ、あの……」

「うん?」


彫刻……そうだ目の前の美の化身は彫刻なんだ。うん、そう思おう。じゃないとメンタルがもたんて。


「前を隠してください///」

「っ! これは失礼した」


ご近所のマダムたちにセルジュさまのご神体を見られるわけにはいかねー。

とりあえず家の中に入ってもらい、男性物の服を着てもらう。


私、南海祭はひとり暮らし。

独身、彼氏なしだが、弟がいる。

今度の週末に弟に贈ろうと思っていた服。

だが、袖も裾も丈が足りておらず、申しわけない。


でも……。


美男子が着たらそれはもう神の御召し物。

ああ、今日はいい夢が見れそうだぜいっ!


「あの……本当にセルジュさまですか?」


リビングでくつろいでもらっている間にお茶をだす。

セルジュさまはテレビの裏を見てコンコン叩いたりしている。


「そうだね、なぜオレの名前を?」

「えーと小説……伝記にそう書かれていましたので」

「オレが伝記に……じゃあここは未来の世界、なのか」

「それはわかりませんが、セルジュさまはどこまで覚えてますか?」

「カルシュタインで城に侵入した賊をつかまえたところまでは……」


やっぱり当たっている。

王都カルシュタイン。


王女をさらおうと敵国が送りこんだ賊をセルジュが捕まえるシーン。

最新話はそこで止まっている。

続きが気になり、他の投稿サイトにも載ってないか調べてみた。

でも、書いて読んで作家になろう……通称カクなろにしかなかった。


それにしても、ちっちゃな隕石で飛んできたのが気になる。

宇宙人もしくは異世界人? 

それとも過去か未来からのタイムスリップ?


はっ!?

もしかして、ストレスにやられて幻覚なのでは……。

最近、小説が書けてないからな。

その可能性はじゅうぶんにありうる。


──うん、痛いな。


頬をつねると、お肌が荒れそうなので(てへっ)腕をつねってみた。

幻覚ではないなら、もうわからん。

とりあえず、この貴重な時間をたのしむとしよう。でゅふふっ。


セルジュさまには、この家に泊まってもらうことにした。

私は子どもの頃からベッドよりお布団派だ。

たまに様子を見にやってくる母親用のお布団をだす。

田舎のいいところは家が広い。

心にもゆとりができるし、のびのびとした環境が心地がいい。


あれ、どうしたんだろう?

セルジュさまが口を手で押さえて悲しそうな目で私を見ている。


「そうか。ベッドもないほど貧しいのに……すまない」

「ちがうわーいっ!」


はっ!

思わず、天使にツッコんでしまった。

















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