3「魔力逆流」
リンカに教えた魔術は身体強化の応用技の一つ【爆】。
体内の魔力を放出と共に爆発させることで加速する。
ただそれだけの魔術だ。
だが獣人の身体能力と反射神経を持ってして行われるその超加速超軌道の太刀筋は、並みの魔獣や冒険者じゃ全く反応できないレベルで素早い。
「はぁ!」
オーガロードに跳躍しながら突っ込んだリンカは剣を振り下ろす。
「グォォ」
しかし低い呻き声と共にその一撃は簡単に弾かれる。
獣人の速度に容易に反応している。
やっぱり天災って呼ばれる魔獣なだけはある。
追撃に振るわれる大剣の一撃をリンカはすんでの所で躱す。
茶色の前髪が少切りし落ちた。
「おい、大丈夫か?」
「はい。見ていてください」
クソ、集中しろ。
確実に命中させる。
俺が考えるのはそれだけだ。
リンカをどれだけ心配しても、俺に出せる手はない。
魔力を練り上げろ。
自分の不出来を呪え。
確実に決めると覚悟を込めろ。
何度も剣戟が打ち合う。
火花を散らし、金属音を響かせて。
しかし実力は全く拮抗していたりしない。
リンカの実力はオーガロードには全く及ばない。
何とかなってるのは少しだけリンカの速度の方が敵より速いからだ。
でもオーガロードだっていつまでもその状況に甘んじはしないだろう。
何れ慣れられる。
リンカには攻撃力も防御力も足りない。
慣れられれば終わり。
一撃貰えば余裕で死ねる。
なんで俺はこんな不安を感じてるんだろう。
どうでもいい存在だったはずだ。
俺の目的とは……剣と魔術と極めるという願いには一切関係のない存在のはずだ。
なのになんで……
「頼む……」
俺はこんなに、リンカに死んで欲しくないと思ってるんだろうな。
「くっ!」
リンカの肩に傷がつく。
オーガロードの対応能力がリンカの速度を捉え始めた。
「リンカ、やっぱり今からでも逃げろ……俺は……」
「私は! こんなところでネル様と離れ離れになりたくないんです!」
違うんだ。
俺は死んでもいいんだ。
俺は転生できる。何度でも生き返れる。
でもお前は違うだろう。
お前は死んだらそれで終わりなんだ。
「ネル様と出会えて幸せでした。もっとネル様と一緒に居たいんです」
俺とお前じゃ、懸けてるものが違う。覚悟が違う。
「ネル様がくれた幸福を私は返したい。ネル様を満足させてあげたい。ネル様を失うなんて耐えられない」
あぁ、ゴミだな俺は……
「あわよくば……貴方を独り占めしたいんです」
俺は前世でリアに『命を懸けてやる練磨は、そうではない全ての修行の上を行く』と言った。
全然命なんか懸けてないじゃないか。
死んでもいいとか、そんな思考が浮かぶ時点で俺はとっくに腐ってた。
でも、今は違う。
俺だけじゃない。
リンカの命も危機にある。
今だ。今なんだ。今目覚めなきゃいけねぇんだ。
確実に救える力、最強の力。
オーガロードすら屠れる極めた技が必要なんだ。
自分を総動員しろ。
今までの、培った全てを使え。
一瞬でいい。俺の可能性の全てを吐き出して最強を見せろ。
俺はお前を守りたい。
その欲が俺の力を強くする。
「終奥・龍太刀――付与」
この技を一つの魔術として捉える。
俺の付与魔術によって効果を刀身へ付与。
こうすれば魔術と併用した剣術として運用できる。
頭が焼き切れそうだ。
確実に人間の脳の限界を超えた演算をやってる。
頭の中を幾何学模様の魔法陣が数百と浮かんでは消えて行く。
処理は追いつかない。
でも、焼き切れてもいい。
オーバーヒート上等だ。
死んでもこいつを殺す。
「ネル様……? その魔力は……」
身体が放出される魔力が黄金に変色している。
違う、『終奥・龍太刀』の付与された刀身から黄金の魔力が溢れ出している。
その魔力の逆流現象は魔術師なら誰でも知っている失敗反応。
込めた魔力に処理能力が追い付かない場合に発生する魔力の霧散。
だがこれでいい。
俺の魔力が尽きるまで、その逆流現象は止まらない。
そして止まらない内は、俺の魔術は継続される。
正真正銘の全身全霊。
この一撃で倒せなければ敗北は必至。
俺は死ぬしリンカも多分死ぬ。
「退け、リンカ」
「でも、ネル様……!」
「同じことを二度言わせんなよ。俺は退けって言ってんだ」
魔力の逆流。
その副次効果による自分の
これが俺の奥義だと直感が告げている。
「はい……」
終奥・龍太刀を付与した刃を構えたまま、リンカの前に出る。
オーガロードは俺の刀をかなり警戒しているらしい。
野生の勘って奴か。
けど、今の俺は魔術使い放題タイムだ。
魔力切れになれば負けだが、それまでの数十秒は、俺は多分――
世界最強の剣士であり魔術師だ。
「
詠唱術。発動される魔術の志向性を言葉にして強く示すことで、その
足が地面を離れ、俺の身体が大地を踏むより速く翔る。
「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
飛来する俺に対して、オーガロードは大剣を上段に構える。
「無駄だ。今の俺は――」
刃を振るう。そこから放たれるのは当然付与された終奥・龍太刀である。
俺の刀がオーガロードの大剣を大きく弾く。
だが、それでも付与された魔術は終わらない。
魔力の逆流が終わるまで俺は――
「何度でも、この一撃を振り下ろすことができる!」
終奥・龍太刀。
その圧倒的な魔力の奔流がオーガロードの腕を切り飛ばす。
終奥・龍太刀。
黄金の輝く魔力の一撃によって、オーガロードの足が飛ぶ。
終奥・龍太刀。
片足となりバランスを崩したその首へ、止めの一刀を放つ。
「ネル様……」
「あぁ、勝った」
「あんな必殺技があったんですね」
「あるかよ。今考えて編み出したんだ」
「その方が凄いじゃないですか」
片腕片足、そして首から上を失えばさしもの天災も命を落とす。
勝った。
安心と共に天を仰ぐ。
「は?」
俺は忘れていたのだ。
ロードのような上位種は通常の環境では発生しない。
それは種の絶滅を予見させるほど危機があって、初めて発生するものだ。
「逃げろリンカ。これはマジで無理だ……」
それは、雲の中よりその巨体を露わにする。
一般に『龍』と呼ばれるその存在は、世界でも数頭しか確認されていない天変地異である。
白い鱗と毛で身を覆うその姿から並々ならぬ神々しさを感じる。
人の身でそれに打ち勝った記録は最早真偽不明の神話の中にしか存在しない。
それほどの脅威であり、それほどの絶対である。
文字通り、オーガロードなどとは格が違う最強種。
剣技や魔術などという種が持つ個性のレベルなどでは絶対に勝れない。
種族の差という絶対で圧倒的な差。
俺が人である限り、龍には勝てない。
そう悟らせるほどの極光だった。
「フゥゥゥゥ……」
龍の息吹。ドラゴンブレス。天の唸り声。
そう呼ばれる一撃は地形すら変形させる超位の魔術である。
「終奥・龍太刀!」
最後の魔力を振り絞り、リンカから少しでも軌道を逸らすようにそのブレスに俺の剣技を命中させる。
少しだけブレスの射角が傾いた気がする。
だけどそれだけだ。
明確に俺を狙って放たれたその一撃を受けて、その身体は粒子サイズまで分解された。
◆
目が覚めると俺は洞窟の中に居た。
洞窟の中なのにやけに明るいのは、入り口や天井から差し込む僅かな光を足下に敷き詰められた金銀財宝が反射しているからだ。
「グル?」
それは俺の口から発せられた奇妙な声だった。
財宝の中にあった鏡が目に移り、俺はようやく状況を理解する。
どうやら俺の七度目は人間ではないらしい。
俺はドラゴンに転生した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます