第20話 妹の応酬

「うっ、うううっ、早速捕まるなんて!」

 テント内の香織は、肩を震わせながら半分涙目だ。

 生まれる前より、妹を知る兄として、本当に反省しているか、怪しく、白眼視ならぬ半眼である。

「しばらく反省していろ!」

 兄として叱ろうと、応酬として香織は、アッカンベーと舌を出す。

 案の定、反省は微塵もしていない。

 そも、自己肯定力天元突破娘が、この程度で、へこたれるはずがない。

 今頃、脳内で如何にして、兄を上手く出し抜くか、思考を回しているはずだ。

「ご飯抜き追加!」

 厳しかろうと、これもまた妹のため。

 これ以上、作業の遅れは許せない。

「うっうう、お兄ちゃんは、こんなに可愛い子が餓えてもいいの?」

 香織が、性懲りもなく顔をうつむかせて声を震わせる。

 父親ならコロッと騙されるが、そうは問屋が卸さない。

「可愛いなら、そこらへんの山に植えてもいいよな?」

「はぁ、死んでないのに埋めるな!」

 白い歯をむき出しにして香織は吼える。

 案の定、嘘泣きだ。

「植林するだけだ。可愛いが増えていいだろう?」

「可愛い私は、ゆーがどくそりく私だけだ!」

「唯我独尊ね」

 指摘しても妹が、黙るはずなく、果敢に言い返すだけでも終わらない。

「あ~そ~だ、思い出した。家族が言ってたけどさ~」

「あぁ?」

 伊織が怪訝な顔をすれば、香織は年相応のいたずらっ子のように告げる。

「お家に帰ったら、お見合いさせるってさ!」

「はぁ!」

 己が耳を伊織は疑った。

 サークルメンバーも爆弾発言に驚き、作業の手を止めてしまう。

「見合いってどういうことだよ!」

「はあ〜見合いは見合いだよ〜?」

 質問に質問で返す妹は、したり顔だ。

「詳しくはしらな~い。良い歳なんだから結婚しろってことでしょ? 二〇すぎても未婚なんて生き遅れだよ?」

 鼻先で笑う妹が、兄として癪に障る。

 家族の誰なのか、あえて言わない妹は愉快犯だ。

 伊織には心当たりが、ありすぎる。

 祖父か、父か、母か、あるいは――親族全員か。

 誰もが学生結婚のため、伊織は行き遅れと言われれば、該当してしまう。

「おう、頑張れ伊織」

「……

「ファイトです」

 あろこうことか、サークルメンバーからは、生温かい声援が来た。

 けれど、生温かさに混じる怖気が、伊織の背筋と心を凍てつかせる。

 ぞわりと総毛立つような悪寒。

 伊織は、真衣へとアイコンタクトを送る。

(真衣さん、笑顔がものすごく怖いのですが……)

(ん~なにかしら~?)

(いえ、なんでもないです)

 以心伝心とは恐ろしい。

 ほんの数瞬の目配せで、意思疎通が終了、いや完敗した。

「と、とりあえず、だ、誰が生き遅れだ。誰が!」

 後の問題より、今の問題だと伊織は意識を切り替える。

 一言多い妹の口――頬を伊織は、ぐにっと引っ張った

「ふががはが!」

 抗議しているようだが、断固無視。若いだけに肌はもちもち、しっとりしている。だからひっぱればよく延びる。

「ん?」

 ひっぱるのを止めた伊織は、唐突に妹の頭皮をかぐ。

「ぬあによ?」

 不満顔で見上げる香織の目は、どこか揺らいでいる。

 またしょうないことを隠していると、兄の勘が告げる。

「お前、防虫剤、いや樟脳臭いぞ」

 妹の目尻が跳ね上がるのを見逃さない。

「伊織、お前だってそうだっての」

「ん、うわ、本当だ」

 学兎に指摘された伊織は、服の匂いを嗅ぐ。

 館内を走り回ったせいで、樟脳の匂いがこびりついたのだろう。

「そうだ。白川さん、確認したいんですけど」

 再度、香織の頬を引っ張る伊織は、白川に尋ねていた。

「なにかな?」

「この館、管理人置いてました?」

「……いや、社長、きみのお祖父さんの話では置いてないはずだよ」

「なら村人が勝手にやってた?」

 疑問を口走る伊織は、もがく香織を余所に、館での追いかけっこの詳細を話す。

「来た時、窓ガラス一つ割れてないから、おかしいとおもったんだが」

「そうよね、途中の家屋とか、窓どころか玄関ドアすらない家があったのに、なんでここだけ」

「ホラー映画だと、招かれざる人間が出入りしたとかお約束ですけど」

 沈黙が降臨する。

 ふがふがと香織の抗議は、兄に届かない。

 今後の作業を踏まえても、安全を確保する必要性が出てきた。

「勝手に誰かが、寝泊まりしているなら大問題だぞ」

「いや、それは大丈夫だと思う」

 伊織は学兎に頭を振るう。

 出入りはあろうと、生活の痕跡はない。

 館内を、追いかけ回したお陰で、大まかな痕跡を把握できた。

「こんにちは~!」

 ふと門扉方面から、男性の声がする。

 揃って顔を向ければ、初老の男性一人と伊織たちと年齢が近い男女が三人が立っている。

 到底、村人には見えなかった。

 服装はキャンプウェアだが、キャンパーとも思えなかった。

「ふがああああっ!」

「あ、悪い悪い。忘れてたわ」

 思い出すように、伊織はひっぱりぱなしだった香織のもちもち頬から手を放す。

「可愛い妹を忘れるなど、ゴルゴンマダンだ!」

「言語道断ね」

 香織の国語の成績、中の下。

 祖父曰く、芸術を磨くよりも国語力を磨いて欲しいと切実に願っていた。

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