五月三日 十三時五十五分
東京都第一地区の繁華街。と、オフィス街の境目にある高架橋。
今まさに、一台のワゴン車がその高架橋下を潜っていく。
西のオフィス街へ向かうそのワゴン車は、ミルクティー色のボディーに角のないフォルム、そして丸いライトが愛くるしい。
ワゴン車を運転する
オフィス街へ出ると、交差点で赤信号に捕まった。
横断歩道を渡るスーツ姿の女性をぼうっと眺めながら冬葉は呟く。
「ゴールデンウィークも仕事か…」
秋は冬葉の視線の先を追い、こう応える。
「僕たちも、仕事だよ」
スーツの女性と自分達は同じ状況だと言う秋に、冬葉は自分達の状況に補足を入れた。
「この配達で終わるけどね」
その声は小さい棘を孕んでいた。
図体が大きく、運転席で肩を内側に丸めながら運転している秋であるが、冬葉のその一言で更に肩を窄めた。
あのスーツ姿の女性だって、僕達と同じかもしれない-
とは言えず、秋は言葉を飲み込む。
信号が青になり、ブレーキから足を離した。
沈黙は嫌いじゃないが、この沈黙は非常に息苦しいと。ハンドルを掴む掌が汗ばむ。
ほんのちょっとした言葉のすれ違いで生じる沈黙は、車内の酸素を奪っていると感じるほどだ。
信号に捕まることなく二つの交差点を通過し、三つ目の交差点を左折した。
細い道に飲食店が並ぶ。
ゴールデンウィークということもあり、賑わっていた。速度を落とし進むと、赤煉瓦の古ビルの前で停車する。
冬葉はシートベルトを外し、ドアポケットから配達中の札を取り出すと、それをダッシュボードに置く。そして降車し、ワゴンの後部にまわった。
秋は運転席からトランクオープナーのボタンを押し、後部扉の施錠を解除した。
今日の配達はこれで完了する。
襟に糊を効かせたワイシャツ三点と、真っ白に仕上げたリネンセットが二組に、白衣とナース服が各三点だ。
計六点と二組を一つのコンテナに詰め直し、納品伝票を上に乗せる。
「ねぇ秋ちゃん。この後のデート、何処行きたい?」
サイドミラー越しに目が合う。
この沈黙を破ったのは意外にも冬葉の方からで、彼女の眉尻は下がっていた。
秋はふっと笑みを溢すと、こう答えた。
「黒猫のパフェが食べたい」
「うん、わかった」
コンテナを持ち、肩で扉を閉める。
いつもの柔らかい声だった。
小さい体で重い荷物を軽々と運ぶ背中を見つめる。
その表情は、これからデートへ行くそれとは裏腹の、どこか愁いを帯びていた。
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