第2話  藤崎家の長男

「俺、会社辞めたから」



 家に帰るなり、リビングのソファに座り、優雅にコーヒーを飲んでる兄からいきなりそう告げられた。



「は……?」



 何を言ってるんだこの人。

 大学を卒業して、会社に入社したばっかの兄が仕事を辞めた。



「どうやら、俺にはこの会社は合わなかったらしい」



 晃輔の兄こと、藤崎嶺ふじさきれいは、たった一ヶ月で会社を辞めた。



「いや、ちょっと待って……」



 嶺の言っていることの意味が分からず、晃輔は思わず頭を抱えてしまう。


 確かに嶺は昔から飽き性で、急に何かを始めたと思ったら、数日でつまらないと言ってやめてしまう。



 何事も長続きしないタイプではあり、それは、晃輔も周知のことである。


 まさか、それと同じ感じで会社をやめるとは、正直思いもしなかった。



「会社辞めたの? まだ、一ヶ月経ってないよね?」



 そんなに早く会社を辞めて、どうやって生活していくのか。



「そんなに、早く会社辞めてどうするの? 生活は? 母さんたちに怒られるよ……」



 晃輔は呆れながら言う。

 しかし、それは余計な心配だったらしい。



「ああ、それなら大丈夫だ。ちゃんと話をしてある。ちなみに、ほら、お金の方も心配は要らない。見てみ」



 そう言って、晃輔に何かを差し出す。


 それは万馬券のようで、どうやら当たったらしい。

 忘れてたこの兄の運の強さを、と晃輔は軽く頭を抱えた。



 嶺は昔から運が良い。

 スーパーのくじ引きでは一等や二等ばかり引き当てる。



 嶺のお陰で、家にはくじ引きで当たった最新家電などが勢揃いしている。


 そして賭け事に恐ろしい程強く、会社を辞めた直後にギャンブルと競馬で大儲けをして、一生遊んで暮らせるほどの大金を手に入れたらしい。



 というか、なんで考えてることわかるんだろうか。エスパーなのか。



「昔から、晃輔はわかりやすいからな。顔に全部出てるぞ」



 その疑問も、口に出す前に先に嶺に言われてしまった。


 そんなにわかりやすいのだろうか。



 そして嶺の話だと、なぜか倒産しかけてる幼馴染の両親の会社を立て直して、自分は残ったお金で新築の高級マンションを買ったらしい。


 なのに、なぜか自宅で過ごしている。


 全くもって意味がわからないため、思い切って本人に聞いてみる。



「俺は、家事が致命的にできないからな」



 するとそう返された。そんなこと、自慢げに言うものじゃないだろうにと晃輔は思う。


 確かに藤崎家の家事は晃輔に任せきりだ。

 藤崎家は両親共に働いていて、母親は六時過ぎには家に帰ってくるが、父親は早くても九時過ぎに帰ってくる。



 嶺は家事がほとんど出来なく、また、遅く帰ってくる二人のため晃輔が家事の全般をこなしている。



「ああ、そうだ。母さんたちから晃輔に伝えてくれって言われてたの忘れてた」


「母さんが?」


「ああ」



 嶺は何かを思い出したのか、おもむろにソファーを立ち上がり、テーブルの上に置いてある珈琲メーカーの準備をする。



「なんて?」


「『突然ごめんね! 明日からななちゃんと一緒に住んでもらうから! 荷造りしといてねー!』だって」


「はぁっ!? いきなり何言ってんの?」



 突然、突拍子もないことを言い出した嶺に思わず頭を抱える。


 意味がわからない。



 あの母親は一体何を言っているんだ。


 というか、一体何がどうしてそういうことになったのだろうか。



 頭を抱えて混乱している晃輔を見て、嶺は申し訳なさそうに呟く。



「ごめんな……なんか色々。一応、俺の知っていることを伝えておくな。まず、俺が会社に辞表を出して、辞めたその日の帰りにパチンコに行ったんだが……」


「はぁ……何やってんのホント」



 嶺の話を聞きながら、晃輔は思わず溜息をつき小言を言ってしまう。



「まあまあ、最後まで聞いてくれ。パチンコに行って適当にやってたら大当たりを引いてさ、お、今日ついてるって思って、その足でたまたまやってた競馬に行ったんだけど、そこでパチンコでの当たり分を全部つぎ込んで賭けてみたら、何と大当たり!」



 相変わらずの強運の持ち主だなと思う。


 まぁ、こんだけ運が良いなら働かなくてもお金が入るだろうし、すぐにニート生活ができそうだ。

 話を聞いた晃輔は少し羨ましいと思ってしまった。



「それで、何で楠木の事業の経済支援をすることになったわけ?」


「ええっと、楠木家の事業の経営が傾いていたことは知っているよな?」


「ああ」


「俺がたまたま大金を手に入れて、そのことを父さんと母さんに言ったんだ。そしたら、母さんから『お願いがあるの、千歳ちとせちゃんの会社を助けて欲しいの!』って言われてな」


「それで、助けたわけだ」


「ああ、そんな感じだな」



 なるほど、全然よくわからない。


 聞けば聞くほど意味が分からない話だと晃輔は思う。



「それで……なんでななと一緒に住むという話になったの?」


「すまん、それは俺にもわからない……いつの間にかそういう話になったらしい。ごめんな」



 そう言って、嶺は晃輔に向かって両手を合掌させて、謝る素振りをする。


 一番知りたいところが、肝心なことがわからなくて、晃輔はもう一度頭を抱えた。



 嶺が幼馴染の両親の会社を助けたことにより、どういうわけか、うちの両親とななの両親の間で話が進み、幼馴染のななと同棲することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る