第2章 半グレ、青鬼編11 決着
グッッ!
僅かに前傾すると、軸足に体重をかけて力を貯める。
貯めて、貯めて、貯めるに貯める。
ズドンッッ!
突如として京一の姿が消える。
高速ドリブルで膠着したこの場所の空気を破ったのだ。
ギアファースト、セカンド、サード、急速にシフトチェンジし、太一の横を超高速で突き抜ける。
ズドンッッ!
太一との間に、身体一つ分のスペースすらも開けない。
シュァンッ!
真横を通り過ぎてゆく。
スペースなんて必要無い。
彼の攻撃は京一には当たらない。
なぜなら京一のほうが遥かに速い。
クォンッッ!
二人が交差する瞬間、その間で圧縮された空気が弾け、太一の来ているシャツをバタバタとはためかせた。
腕組みしたままの太一の両目が大きく見開かれる。
太一「っ?!」
まるで予想していなかった。
それほど突然に超高速で加速した何かが真横を抜けていった。
まるで光の矢のようだ。
気づいた時には既に京一の姿はリング直下にあった。
スパン!
鮮やかな音をさせて、京一の放つボールがリング中央を通過し、ネットを揺らす。
2点差。
加速感を緩めない。
京一はコートに落下したボールを掴むと、素早くバックステップする。
トン!
そしてジャンプしたのち、立て続けにレイアップシュートを決めた。
4点差。
太一「なっっ天川ってめーっ!」
その様を見た太一が猛然とダッシュしてくる。
まるで闘牛の牛である。
京一は背後の気配で太一を捕えると、落下したボールを掴み、彼へと向かってステップを踏む。
トントン、ストン。
まるで蝶が美しい花の周囲を舞うような動き。
凄まじい勢いで突進してくる太一とぶつかる瞬間、クルンと90度左旋回した。
ギュンっ!
ゆったりとした蝶の舞から、いきなり打ち出された弾丸のような動きに変わる。
京一の身体はコンマ1秒を隔てて、真横にスライドした。
太一「?!」
直線的な太一の突進は京一の鋭角的で非連続な動きに追い付けず、そのまま突き抜けてゆく。
京一はその隙に悠々とシュートを決めた。
パスン!
6点差
ダン!
そしてすかさずゴールリング下に走り込むと、落下するボールをキャッチする。
太一「くそがっっ!」
京一の突然の変貌に太一は全くついていけない。
とにかくボールのリバウンドを全て奪われてしまう。
太一「天川っ! てめぇそんなに何度も何度もっ! 調子にのんなっ!」
ドンッ!
ドスの聞いた低音に怒気を込めた太一の叫びが響く。
京一は怯まない。
脳裏では、ベンチで苦しむ伸悦と蓮華の姿が重なっている。
もし彼が蓮華であったなら?
それが今の京一を統べる全てだ。
このままシュートを放てば8点差になる。
だがそうあっさりとリバウンドは獲らせてもらえないだろう。
10点差をつけるには、この後も確実にリバウンドを確保する必要がある。
太一は相当の勢いで蹴りか拳を飛ばしてくるだろう。
容易に想像がつく。
あるいは、重戦車のような体当たりで来るかもしれない。
タンタン!
タンタン!
京一は己のギアを最高速に引き上げたまま一旦、3ポイントラインの外側まで走り出た。
一方の太一は、必死の形相で京一の背中を追う。
ドスドスドスッ!
軽快な京一の動きに対して、太一のそれは重戦車か猛牛だ。
スゥ……。
京一はわずかに速度を緩める。
太一「?!」
それを見た太一は前傾姿勢のまま京一に飛びついた。
ドォォンッッ!
レスリングの選手が相手をリングに倒すために放つようなタックルだ。
だが。
クルン!
右足を軸に、身体を再び90度回転させる。
弾丸のような動きから、再び蝶の舞に変わる。
フワリ。
それから左足を踏み込み、太一のタックルを余裕でかわす。
太一「くっ!」
またしても京一に追い付けず、勢いのまま前方向へよろめいた。
その様子を京一は気配のみで感じ取り、すかさずドリブルを開始する。
ダンッ!
太一「てめぇ! 待ちやがれっ!」
ブォン!
太一が何かを京一に投げつけた。
それはギュンと空気を切り裂き、京一の左頬をかすめる。
スッ!
冷たい氷のような感覚が頬に残る。
だがその感覚に囚われることなく、京一はゴール直下へ走り込み、あっさりレイアップシュートを決めた。
8点差
動きは止めない。
後方から鬼の形相で迫る太一を無視。
両脚の速度はまったく緩めない。
最高速でゴール下に走り込み、最高速のままリバウンドを奪う。
まるでコートの上空を大鷲が飛んでいるかのように鮮やかだ。
シュァンッ!
手元に残るボールの感覚が心地よい。
鼻孔を掠める乾いた空気の香りが心地よい。
己の身体に力がみなぎる。
下腹に思いっ切り力をこめる。
京一「蓮華は僕がまもるっっ!!!」
ズドンっっ!
叫ぶや否や、京一は太一に向かって猛然と突っ走る。
相手は強大な雄牛。
一方、京一は大空をはばたく鷲。
衝突すれば弾き飛ばされるのは京一のほうだ。
それでも構わない。
ギュギュギュオンッ!
全速力。
まるで正面衝突するつもりであるかのようだ。
そうなれば体重に勝る太一が京一を弾き飛ばす。
太一「ウォリャァッ!」
ドンっ!
太一はまったく勢いを緩めることなく、今度こそ京一なぎ倒そうと両脚に力を込めた。
そしてチカラを一気に解放し、高速タックルを仕掛けた。
ブォォォンッ!
先ほどよりも各段に力が籠っている。
空気を切り裂く音は、まるで雄牛の雄叫びだ。
ぶつかれば数メートルは弾き飛ばされ骨折するだろう。
それでも京一は怖れない。
ギュギュギュアンッ!
一切速度を落とすことなく、最高速度のまま太一に向かって突き進む。
そして次の瞬間だ。
ダンっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ゴム底をコンクリートに叩きつけた激しい音が響き渡る。
京一の右足が地面を蹴った。
クンッ!
コート上に描き出された身体の軌跡は、太一の突進に対して90度直角へ折れ曲がる。
ダンっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
左足が地面を蹴る。
2段階跳躍。
さらに身体の軌跡を90度直角に曲げる。
光の矢が綺麗な階段状を描き出す。
京一が蹴った地面は、3ポイントラインの外側。
ブワリ!
体幹を崩すことなくコート上空を舞う。
そのまま遥か彼方のゴールリングを見据える。
京一は邪魔されることなく、己の両手から伸びる無数の光の軌跡を見つめた。
シュンシュンシュン!
軌跡は互いに競い合うようにしてゴールリングを目指す。
その中から一本を選び取る。
もっとも高く、もっとも美しく、鋭い円弧を描く軌跡だ。
長距離射程の精密ショット
スパンっ!!!
空気を切り裂く鮮やかな音をさせて“3ポイントシュート”が決まる。
11点差
勝負あり。
スタン。
京一の身体がゆっくりとコート中央に降り立った。
パチパチパチ
後方から手を叩く音がする。
振り返れば高見が、ニヤニヤした顔のまま拍手していた。
京一は顔の汗をぬぐう。
ネチャり。
頬の辺りで粘っこい音がした。
嫌な感触だ。
少し鉄分臭い。
汗をぬぐった手の甲を見る。
京一「!」
真っ赤な血がべっとりと付着している。
慌てて、頬の辺りを指先でなぞる。
ズキン!
その瞬間、電撃を浴びたような痛みが走った。
指先を見れば、やはり鮮血が付着している。
京一は背後を振り返り、地面に落ちているモノを目にする。
オレンジ色のバタフライナイフだ。
太一「天川っ! てめぇっぶち殺すっ!」
ドスの利いた大声で太一は突っ立ったままの京一を掴み上げる。
そして首をギリギリ締め上げた。
勝負は終わった。
京一の勝利だ。
だがその結末に太一は納得しない。
京一「ぐ……」
息ができない。
ぎゅ……。
京一は太一のゴツゴツした腕を握りしめた。
びくともしない。
凄まじい力だ。
グラリ。
京一の意識が遠のきかけた時、遠くで高見の声がした。
高見「やめろ、太一」
淡々とした声である。
だが高見が言葉を発した直後、太一の両手が緩められた。
ストン。
腰が落ち、コートにひざまずく格好となる。
太一はそんな京一を黙ったまま睨みつけている。
高見「勝ちは勝ち、負けは負けだ」
太一「……」
高見「それから伸悦。痛い思いをさせて悪かったな。少し辛抱しろ」
そう告げると、手の甲に突き立てたナイフを一気に引き抜いた。
スパン!
伸悦「っく!」
引き抜く際の刺激が強く、伸悦は顔をしかめた。
だがナイフは引き抜かれた。
これでようやく解放される。
まだ激しい痛みの残る左手をかばい、伸悦は高見を見上げた。
高見「芳、竜二、今すぐ伸悦を病院に連れて行ってやれ。いつもの医者に診せればすぐに処置してくれる」
芳、竜二「あ……あぁ、はい」
これまでまったく存在感のなかった二人が伸悦の元に駆け寄る。
南商業のトップを張る3人のうち、実質のリーダーが伸悦だ。
芳も竜二も伸悦を抱きかかけるようにして、立ち上がると、ゆっくりこの場を去ってゆく。
高見「おい伸悦。これを受け取れ」
伸悦「……」
高見はベンチにかけていた上着から紙束のようなものを取り出し、伸悦に手渡した。
伸悦「!」
それを受け取った瞬間、彼の両目が見開かれた。
伸悦「……高見さん、これ?」
傷ついていない右手で受け取ったソレにじっと見入る。
それは札束であった。
高見「20万くらいある。それで、しばらくゆっくり休め」
高見はそう告げると、再びタバコを口元に運び、煙を吸い込んだ。
伸悦「あ、ありがとうございます! あと、すんません。もうルールは破りません」
ペコリと頭を下げる。
この場所に立ち込めていた重苦し雰囲気が和らぐ。
芳も竜二もあっけにとられた顔をしていたが、すぐに伸悦を抱きかかえ、道路わきに留めてある車へ向かう。
伸悦「……」
去り際に、伸悦はコート中央に佇む京一を見て何かを告げた。
喧噪の中にあって、聞き取れる声ではなかったが、彼の口元は「ありがとう」と告げているようだった。
それから芳と竜二の二人も京一に会釈して、この場を去っていく。
コートには、太一と京一の二人が残された。
太一はまだ怒りが収まらない様子だ。
未だ京一を睨みつけている。
そんな二人を遠目から眺める高見は、太一に対してもフォローを入れる。
高見「それから太一、すまなかったな。お前にも謝る。さっきはお前が負けたらこのコートを天川に渡すといったが、あれは嘘だ。お前を怒らせてしまったが、このコートは今もお前の縄張りだ」
相変わらず無表情であることは変わりないが、幾分か落ち着いた声だ。
太一「……じゃあなんで」
なんであんなことを言ったんだ?
最後まで言いはしないが、そう問うている。
高見「ソイツを本気にさせたかったんだよ」
太一「コイツを本気に?」
高見「そうだ。お前が怒ってくれたおかげで、コイツも本気になっただろ? おかげでいろいろ分かったぜ」
高見は改めて京一の腹をじっと見つめる。
まるでそこに何かが見えているような視線だ。
太一「分かったって……例のことか?」
高見「あぁ」
静かに頷く。
太一「え、マジでか? じゃあもう行けんのか?」
高見「まだ行けねーよ。鍵は見つかったが、行き方は分かんねーままだ」
フゥ~。
それからタバコの煙をゆっくりと吐き出す。
煙は夕暮れの光を受けて朱色に染まり、コートの中に溶け込んだ。
太一「そうか……」
そう述べたきり、太一も言葉を発することをやめた。
京一「……」
二人の会話の内容は京一にはまったく分からない。
ただ何か大切な目的のために彼らが行動しているらしいことは伝わって来た。
高見「引き続きここでお前の役目を果たしてくれ、太一」
太一「あぁもちろんだ。お前がそう言うなら俺は役目を果たすぜ」
高見「ありがとうな、太一」
太一「ああ」
やはり青鬼を支配しているのは高見だ。
太一は彼に完全に支配されている。
高見「だが太一。お前の下にいる伸悦はしばらくここでプレーできねーだろ?」
太一「ん? まあそうだな」
流石にあの左手ではバスケをプレーできない。
そうすると、この場所で賭けバスケを戦うメンバーが不足する。
高見「しばらくコイツをお前の下で使ってやってくれ」
高見は京一を指さした。
太一、京一「えっ?!」
二人して同時に声を上げる。
太一「……まじかよ。俺に中坊の面倒を見ろってのか?」
京一「え? え?」
狼狽える。
「ここで使え」とは、太一の下に入って賭けバスケを戦えということだ。
青鬼として。
高見「ハハハ。天川、そんなに困った顔すんな。お前も今日から鬼の仲間だ。その証拠として、昨日お前に渡しただろ? ナイフを。あれが鬼の仲間である証だぜ。だからこれから毎日、放課後の部活後でいいからここに顔を出せ」
高見はサラリと飛んでも無いことを言った。
それから、先ほどまで伸悦の左手に突き立てていたナイフを器用にクルクル回転させる。
京一「え?!」
まさかこんな展開になるとは夢にも思わず、京一は仰天する。
青鬼の仲間。
証拠。
ナイフ。
京一はまだ中学生だ。
喧嘩も暴力も嫌いだし、何より怖い。
それなのに青鬼に入って行動しろということだ。
太一「マジかよ……高見。コイツを鬼に入れるのか?」
高見「なんだ、不服か?」
青鬼において高見の指示は絶対だ。
太一は厄介なことになったと思った。
太一「……わかったよ。まあこのコートでやる鬼のゲームにはコイツを使うことにする。お前の指示だからな」
高見「あぁ、使ってやってくれ」
二人の中で会話は閉じる。
高見「それから天川。今日の夜、俺んちに来い」
京一「は……はい?」
再びとんでもないことを言われる。
あまりに早い展開で頭が混乱してしまう。
先ほど、青鬼のメンバーに無理やり入れられたと思ったら、今度は自宅に来いときた。
高見「お前のスマホちょっと借りるぞ」
ベンチ脇に置いてある京一のカバンから携帯電話を取り出す。
高見「パスコードは?」
タバコを加えたままコード番号を聞く。
ジロリ。
ナイフのような視線だ。
京一「あ……はい。xxxppp、です」
嘘をつげるはずも無く、京一は素直にパスコードを教えてしまう。
隠したところで無理やり聞き出されてしまうからだ。
ツ、ツツ。
高見はパスワードを入力し、携帯画面からマップアプリを開く。
なにやらポチポチと入力すると携帯を京一に投げ渡す。
ポン。
高見「今日の夜8時過ぎにそこへ来い」
画面を見ると、目的地がピン留めされていた。
横浜市の繁華街、ど真ん中だ。
天川「はい……」
あまりに突然のことである。
だが「嫌だ」とも言えない。
夜8時になれば、此処へ行くしかない。
高見「今日のバスケはこれで終わりだ。お前今日は準決勝戦あったんだろ? まだ8時までは時間があるから、仲間のところへ行ってやれよ」
京一「あ……そうだ……」
準決勝のことを思い出す。
時刻は17時過ぎ。
試合はそろそろ終わる頃だ。
神経をすり減らす展開が続いていたため、大会のことをすっかり忘れていた。
京一「あの、じゃあ僕……これで失礼します」
ペコリと頭を下げるとこの場を後にする。
斜めに傾いた太陽が京一の背中を淡く照らしている。
太一「なぁ京介(高見の名前)、お前あのガキに見せるのか?」
高見「ああ」
太一「……そうか」
太一はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
シュボッ。
そのまま空気を吸い込み、先端を赤く灯す。
ソレは西に沈みかけた太陽と同じ色をしていた。
太一はそれ以上何も言わなかった。
17時を過ぎたコートには、高見と太一のみが残される。
駅裏にあるこの界隈は帰路につく人々で騒がしくなる。
だがバスケコートの中は静かなまま。
青鬼が仕切るこのエリアに不用意に立ち入る者はいなかった。
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