第1章 未熟編5 初デート。二人で花火大会に行く

「花火大会に行こう」


真夏の夕暮れは、初恋の記憶に似ている。

どこか遠くの山で鳴くヒグラシの声、見慣れたはずの街並みが夕焼けに染まる。

打ち水で少しだけ冷えたアスファルトの匂い。

涼しげな風。

僕の感じる世界の全てが、僕の中に入り込んだ君を象ってゆく。

初めはあまり気乗りしなかった。


「ねえ、京一くん、今日花火大会あるでしょ? もし予定がないのなら、あの子誘ってあげてくれない」

君のお母さんが、庭先で打ち水していた手を止めると、僕にそう話しかけてきた。


君と花火大会に行く。

その事実が少なからず、僕の頬を朱に染めた。

今が夕暮れ時でよかった。


年に一度の花火大会は、お母さんを思い出すために逃げ込んだあの川縁で行われる。

記憶の中のお母さんと君を重ねる。

胸がぎゅうっと締め付けられて痛くなる。


君と二人で花火大会に行く。

僕は静かに君を想った。


夕食の後、父さんに了解を得て、僕はいそいそと着替えた。

お気に入りのTシャツと、バスケットボールの選手がはくようなハーフパンツ。

鏡の前で少しだけ髪をとかしてみた。

あまり見た目は変わらなかった。


玄関ドアを開けて車道に出ると、キミの家を目指して走る。

夕暮れの少しだけ冷たい風が僕の頬を撫でて冷やす。


君の家の前に立てば、僕はヒーローだ。

お姫様をお迎えに上がったんだ。

そんな気持ちになっていた。


チャイムを鳴らした。

ほどなくして、扉の向こうでトントン、と君の足音がした。

この扉が開いた後、僕は君を守るヒーローになる。


君に何と語りかけよう。

君は僕にどうして欲しいだろう。

君は僕をどう想うだろう。

いくつもの自問自答は、だがしかし、次の瞬間、僕のまだ浅いヒーローの仮面とともに吹き飛んだ。


「京くん!」


っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「……」

僕は息ができなくなった。

音が聞こえなくなった。

何も見えなくなった。

キミ以外。


「アハ、迎えにきてくれたんだ、ありがとう」

微かに湿った形の良い君の口元から零れ落ちる美しい音、音、音、音。

玄関ドアの先、真夏の夕暮れの光を受けて、瑞々しく佇む。

微かに流れ香る、君の存在。


「……」

僕の砂時計、その中で砂たちは静かに落ちてゆく。

その落ちゆく砂たちの速度に従って、僕の中で育てた薄い仮面達はいとも容易く剥がされてゆく。


「ぅ!」

急速に胸が締め付けられる。

痛い……痛いよ。


君を守るヒーローなんて浅いものだ。

脳髄を電撃で焼かれて、小さな僕の世界は砕けて散った。


「あら、どうしたの? 京一くん」

鉄塊のように固まった僕にキミのお母さんが話しかける。


「あ……」

言葉にならない。

何をすればいいのか分からない。


「クス」

棒になったままの僕を見て、キミが思わず噴出した。


「ほぉらっ、王子様、しっかりしなさい。そんなんじゃうちの姫は預けられないわよ」

お母さんが笑いながら僕の腰をポンと叩く。

「あぅ」

みっともない返事。

それでもこれが精一杯。


当然だろ?

大した経験もない僕の中に、いきなりキミが飛び込んできたのだから。



☆-----☆-----☆-----


「ヒーロー、京一のステータス」


1、覚醒までに消費した時間 

          :3か月間を消費

2,ヒロインの残り時間  

      :5.5年マイナス3か月間

3,ヒロイン?母親? :

(母)☆☆☆☆☆0★★★☆☆(蓮華)


4,Mっ気   :レベル2→1へ下降


☆-----☆-----☆-----

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