ヒーローの条件1(修行編) 卑屈を糧にダークヒーローへ、絶世の美ヒロインを死の淵から救うため

ななし野和歌

ラストシーン ヒロイン17歳、処刑10秒前

「ありがとう。あなたのことが好きでした。ずっとずっと好きでした」



静かに頭上から黒いとばりが降りてゆく。



琴野蓮華ことのれんげ17歳。

天賦の美貌を誇る少女。


此処に死罪が確定し、最期の時を迎える。

処刑方法は凄惨な「魂抜きたまぬき」。

肉体から魂を無理やり引き剥がし、死後の国、幽世カクリヨへ囚われる。


最後に蓮華は想いを告げた。

好きだった人に。


死刑回避、情状酌量のためには主人公からの告白が必要。

「僕もキミが好きだ」という。

でも得られなかった。

だってこのヒロイン……



他に言い残すことは無い。

ただ蓮華の頬を冷たい涙が伝い落ちる。



☆-----☆-----☆-----☆


<時計をに巻き戻す。主人公視点>




ブルル、ブルル


ポケットに入れていた携帯電話がバイブレーションモードで振動する。


ブルル、ブルル、ブルル

3度、4度、振動音は止まらない。


ブルル、ブルル、ブルル

メール着信ではなく、電話の呼び出し音だ。


僕は両眼をゆっくりと開く。

この日、この時間、電話かけてくる相手は一人しかいない。

キミだ。


ポケットに手を伸ばし携帯を取り出すと、とある男を抱きかかえた姿勢のまま通話に応じた。



サワサワ……サワサワ……サワサワ……



受話器からは、どこか水の流れる音がする。

その流れは、とても大きくて、強くて、まるで頭上に浮かび上がる天の川を思わせた。



蓮華(ヒロイン)「………………。京くん」


しばらくすると、キミの声がした。

懐かしい、とても、懐かしい声。

かつては、僕の家にまで遊びに来てくれたキミ。

お互い、成長し、少年と少女の姿となり、さらに成長して17歳を迎えると、会話することもなくなった。


京一(ヒーロー)「蓮華」

蓮華(ヒロイン)「……うん」


サワサワサワ……。


背後からは川を流れる水の音が響く。

きっと、深い場所に入水しているのだろう。

時折、漏れる吐息から、足元が覚束ないことが読み取れる。

真夜中の暗い川の中、流れに身をゆだねれば、深い水の中へと引き込まれるだろう。

その先に待つのは暗い死だ。


京一「こうして電話で話すのは、初めてだな」

蓮華「……うん」



男(清里)「くっ……うぅぁっ……うぅぅぁぁぁぁっっ!!!」


僕は胸に男を抱いている。

コンクリートの上に倒れた態勢。

天空を見上げたまま、キミを奪い合った男、ライバル清里を抱く。


清里は僕に敗れた。

たった、今。



清里「うぁぁぁっ……うああぁっ……」

言葉が嗚咽となって夜の帳に鳴り響く。

堰を切ったようだ。


感情の濁流。

全てが僕の中に流れ込む。

右腕の力をぎゅっと強めると、改めて清里を抱きしめる。


蓮華「清里くん……?」

清里「こ、との、ことの……琴野(ヒロインの苗字)……琴野っっ! うぅぁぁっ」


嗚咽が堪え切れないのだろう。

キミに対する思い詰めた気持ちが、空気を振動させる。

僕は清里の嗚咽を受け入れた。


蓮華「京くんと、清里君。二人でいるのね……」

京一「あぁ」

清里「待てぇ! 琴野ぉぉっ! いくなぁっ!! いくなぁぁっっ!!!」


清里が叫ぶ。

泣き声だ。

悲痛な叫びは受話器を通してキミにも伝わる。


蓮華「っ!」


天女、那由多姫なゆたひめ

絶世の美貌を誇る少女、琴野蓮華ことのれんげ

僕の幼なじみ。


最後の時を迎えたキミは、一瞬言葉を詰まらせた。

しかしそれも束の間のこと。

全てを諦めた透き通った声が答える。


蓮華「ありがとう、清里君。キミは、私のことを本気で好きでいてくれた。その気持ちは、私にも届いています」


蓮華、キミの声には色が無いね。

無色透明だと思ったよ。

もう、覚悟を決めたのだな。

そのことが伝わって来た。



清里「琴野ぉっっ!!!」

叫ぶ清里。


蓮華「ありがとう、清里君。でも、私はあなたの気持ちには応えられない」

清里「知っている! そんなことなら知っているさっ! それでもなおっ僕はキミのことが! 琴野のことがっ!」


蓮華「好きな人がいます」


皆に那由多姫なゆたひめと呼ばれるキミは、告白を禁じられている。

それは、深き森の魔女と契約したことによる。

魔女とは、神。

この世界の創造主のことだ。


自らの想いを告げれば、キミは死罰を受ける。

魂は抜き取られ、地獄の炎で焼かれ消え去る。



京一「……」

静かに待つ。

その時を。



キミの声が少しずつ、余裕の無いものに変わってゆく。

蓮華「京くん……だって……あなたを失った私は、ただ苦しくて、苦しくて。私はあなたになりたかった。あなたと一つになりたかった……」


うわずった声。

京一「……」


キミの声が、どんどん、どんどん、遠くなってゆく。

天の川の中心に立つ、那由多姫なゆたひめ

僕はキミの姿を想像した。




スゥ。


キミの心と魂から一切の色彩が消える。

生涯に一度だけ。

想いを告げる。

その時が、今。




蓮華「京くん。ありがとう。あなたのことが好きでした。ずっと、ずっと、好きでした」



スゥ

その言葉を告げた瞬間、キミの周囲に暗い闇が落ちてゆく。

遠く離れた僕にも、それが感じ取れた。

まるで大きな舞台の緞帳どんちょうが突然降りて、役者たちと観客を仕切るようだった。


もう戻れない。

二度と帰ることはできない。


キミは、神との約束を破り、自らの想いを告げた。

この瞬間、キミの未来は決まる。

死罰、執行。


キミの告白を、僕は携帯電話の受話器越しに聞いていた。

とても澄んでいて、美しい声だと思った。


京一「……」


遥か上空に浮かぶ月を見上げる。

かぐや姫は月へと帰る。

キミは二度と僕の隣には戻らない。


会うこともできなければ、言葉を交わすこともできない。

その頬に触れ、かすかな体温を感じ取り、吐息に触れることも叶わない。

これが死別。

死罪の果てにある現実。

でもね、


京一「待っていて。今からキミを迎えに行く」



蓮華「・・・・・・え?」




清里を抱いたままの姿勢を崩して立ちあがる。

鳩尾からズキズキとした鈍く重たい痛みが駆け上がってくる。

それに連動して、血液が喉元を逆流した。


京一「ぐ……」

それを無理やり呑み込んだ。



清里「うぅぁぁぁぁぁぁあああああっっっ! 琴野ぉっ! 琴野ぉぉっっっ!!!」

僕は地面に伏せて泣き崩れる清里の背中を見つめた。


ここから先は僕の世界。

清里、

勝者は僕だ。




スッ。


ポケットから一本のナイフを取り出す。

アルマイト加工された鋭利な刃先。

バタフライ・ナイフ


肉を割く感触。

自らの太腿を切りつけることで、その感覚を得た。


蓮華「うぅぅぅ……うぅぁぁぁぁぁ……うああぁぁぁ……」


携帯からキミの嗚咽する声が聞こえてきた。

決壊したんだろう。

感情の濁流に押し流されているようだ。

声がどんどん溢れ、大きく、そして遠く、遠くなってゆく。


蓮華「あぁ! うぅぁぁぁぁっっ! いやだっ! 死にたくないっ! しにたくないよぉっ! 京くんっ! 京くんっっ! 京くんっっ! 助けて! 助けてぇっっ!! ホントは私死にたくないっ!! 消えたくなんかないっっ!!!」


突如として乱れたキミの心が、これまで押しとどめていた自らの気持ちを爆発させた。


死にたいわけじゃない。

消えたいわけじゃない。

怖い。


そう叫んでいる。

僕はその言葉を一言一句、すべて聞き入れた。

心に動揺はない。

喪失感もない。

なぜならば。



僕はこの時を待っていた。



蓮華。

僕はキミが死ぬ瞬間を待っていたんだ。

ずっと、ずっと。

そう。

1000年間も。



スゥ……。

僕の視界が少しずつ暗くなる。

周囲の音が少しずつ聞こえにくくなる。


夜風の匂いが感じ取れず、口の中の感覚が低下する。

今、外気温は何度くらいなのだろう?

七夕の夜だから空気は湿っているのだろうか?

僕の五つの感覚が少しずつ、少しずつ低下してゆく。


それに呼応するように、蓮華の感情が僕の中に流れ込んでくる。

強い、強い、強い、想い。

己に向けた刃。

僕に向けた気持ち。

全てが分かる。

そして。



ズゥゥゥン……。

闇の帳がキミの頭上に落ちてゆく。





蓮華「たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!!!!!!!!」




京一「そのつもりだ」

僕はナイフの切っ先を自らの首筋にあてがう。

右側、ちょうど動脈が走る辺り。



月を見上げる。

今、世界に月は二つ在る。


一つは空に。

一つは此処に。


心は凪いでいる。

水面に移す月の姿。

それを見て、天に浮かぶ月とどちらが本物であるのか答えることが出来る人はいない。



京一「明鏡止水」



右手に持ったナイフを真横にスゥと引く。

喉の皮膚の下で、ヒヤリとした冷たい感覚が走る。

これがきっと痛みなのだろう。


ブシュッ!


程なくして、僕の喉から血飛沫が飛び散った。

それは、炭酸コーラーのプルタブを開けたときの音に似ていた。

シュウシュウと音を立てて飛び出す飛沫は、まるで良く振った後のコーラーみたいだ。

そんなことを想いながら、僕は静かに地面に倒れ込む。


バタンっ。


全身に力は入らない。

ただ、重力に従うままに身体が地面に落ちた。

現世における僕の時間はどれほど残されているだろう?

30秒くらいか。

喉からはドクドクと温かい血液が流れだす。




ねぇ、神様。

キミは僕たち人間の自殺を許さないのだろう?

自殺した人間の魂は、魂のるつぼに還ることが許されず、現世に留まり続けるのだろう?

だってキミが現世の“ことわり”をそう定めたのだから。


ねぇ、神様。

キミは僕への想いを告げることによって、消滅できると思っているようだ。


トクトク。

トクトク。


留まることなく、切り裂いた喉から血液が流れだす。

意識はどんどん遠くなってゆく。


もう何も聞こえない。

何も見えない。

何も匂わず、何も感じず。

地面の冷たさも遠のいてゆく。


血液を失い、頭の奥が鈍く、重たくなってゆく。

かつて感じたことの無い重たい疲れが僕の身体を蝕んでゆく。

僕を支えた5つの感覚が徐々に薄れゼロに帰す。


僕は喉の辺りが冷たくて、冷たくて、ただキミのことを想う。

ただキミのことを想う。

蓮華、蓮華、蓮華。


僕たちは同じ。

同じ魂を分けた二人。

だから、

キミが消滅を望むというのなら僕は。



ことわり”を切る。



一つの魂を共有するキミと、僕。

ソレが二つの世界に別たれた。

一つは幽世(キミ)

一つは現世(僕)



切り札。

京一「第ゼロ感覚」だ。




ず、ずずずずずず・・・・・・


冥府の扉が今、開かれる。


勝負を挑む相手は神

賭けるモノはこの魂

手にする対価は蓮華

キミだ

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