第7話 ユウイちゃんがいなきゃダメなの

 こんなふうに言いたくないけれど、ユウイとしてある程度のファンがついてくれている俺と、昨日今日YouTuberをはじめたばかりの城崎。一緒に組んだとして、城崎に利点はあったとしても俺に利点なんてない。

 もうイチサから乗り換えたのかって逆にファンが離れる可能性の方が大きいぐらいだ。そんな危険を抱えてまで城崎と組む必要が俺には感じられなかった。


「そ、それは」


 さすがに城崎も理解しているようで、言葉に詰まる。

 こんないじわるなことを言いたいわけじゃない。でも、諦めてもらうにはこれが一番だと思った。

 ああ、可愛い顔が悔しそうな、それでいて悲しそうな表情に歪んでいる。いつもの厳しい表情ともさっきまでの高揚した表情とも違う、新しい城崎の一面が見られてちょっとだけ役得……って、そういうことを考えている場合じゃない。

 というか、なんなんだよ。さっきから、俺は。一紗のことで傷付いていたはずなのに、ちょっと城崎に押されたらこんなふうに頭の中が城崎のことばっかりになってしまうなんて。そりゃ、城崎は可愛い。めちゃくちゃ可愛い。だからって、それに流されるのはどうなのってわけで。

 だいたい、城崎が一喜一憂している相手は俺じゃない。YouTuberであるユウイなんだ。

 そう思うと、スーッと頭の中が冷えていくのがわかった。

 ユウイという存在は、俺と一紗で作り出した虚像だ。どうせ声変わりしてしまえばこの活動も終わりを迎える予定だった。それが早まっただけだ。


「まあ、バラされるぐらいなら引退するだけだから」

「そんなのダメ! 引退なんて絶対しちゃイヤ!」

「ダメって……。バラすって言ったのは城崎の方でしょ」

「それは、そうだけど……」


 大きな瞳に涙を溜めて、唇を噛みしめる城崎を見ていると、俺がいじめているような悪いことをしているような気分になってくる。


「でも……だって……」


 バラすって脅したり、やめるなと言ったり、表情も感情もクルクルと変わって騒がしい。教室で見る城崎の姿とはあまりにも違ってて正直驚きを隠せない。

 こんな、表情もするんだな……。

 涙がこぼれないように必死に我慢する城崎は妙に可愛くて、少しだけドキッとしてしまう。

 いや、でも、だからって城崎と組む組まないは別の話だ。……それから、ユウイをやめるか続けるかも、だ。


「パートナーは、今は募集してない。イチサとの関係を解消したからって、すぐに別の誰かとっていうのは考えられない。ごめん」


 きちんと誠実に伝えたかった。

 こんなにもユウイのことを想ってくれている城崎に。


「でも、気持ちは嬉しかった。ありが――」

「昨日の配信」


 俺の言葉を遮るように、城崎は口を開く。


「すごく、すごく悲しそうだった」

「え……」

「ユウイちゃん、とてもつらそうで、今にも消えてしまいそうだった」

「それは……」


 たしかにあのときは、一紗から告げられた言葉が苦しくて、悲しくて。ユウイとして取り繕う余裕もなくて。ただ終わりを伝えるだけで精一杯だった。

 グッと奥歯を食いしばる俺に、 悲しそうな表情を浮かべたまま城崎は言葉を続けた。


「イチサちゃんがいなくなったら、ユウイちゃんまで消えちゃいそうで……」


 見透かされていた想いにドキッとする。

 でも実際そうだろ。YouTuberなんて毎日新しく数え切れないほどの人数が増えて、それと同じようにたくさんの人が消えていく。

 新しくできては閉店していく飲食店と同じように、人気がなくなれば、消費され尽くせば消えていく。

 ユウイもその中のひとりだ。

 そんな大勢の中のひとりがいなくなったところで、たいしたダメージではない。そりゃ最初こそ寂しく思ってくれる人もいるかもしれない。やめると言えば、悲しんでくれる子も少なからずいてくれるだろう。

 でも、数日もたてばまた新しいコンテンツに夢中になる。一ヶ月も経てば過去の人だ。一年が過ぎれば「そんな子いたっけ? ああ、なんかいた気がする。けど、忘れちゃった」なんて言われるのがオチだ。

 だから――。


「別に、ユウイがいなくなったって」

「ユウイちゃんがいなきゃダメなの!」

「ダメって、そんな……」


 顔を背けて逃げてしまいたい。なのに、涙で濡れた瞳で、真っ直ぐ俺を見つめる城崎からどうしても目を離せない。


「ユウイちゃんじゃなきゃ、ダメなの」


 城崎はもう一度同じ言葉を口にする。


「……今の私と組んだって、ユウイちゃんにはなんの得もないことはわかってる。本当はもっとずっと人気になって、それからユウイちゃんに話しかけようってそう思ってた。でも、昨日の配信を見て、ユウイちゃんが辞めちゃうかもしれないって思ったらいてもたってもいられなくなって……」

「それであんなDMを?」


 申し訳なさそうに小さく頷く城崎に、俺は小さくため息を吐いた。


「逆効果でしょ……」

「だって、もうああするしか思いつかなくて……」


 思いつかなかったとしても、落ち着いて考えればわかるだろうに。それぐらいテンパってたってことなのか。そう考えれば、わかる気も、いや、わからんわ。

 思わず脳内でツッコミを入れながら、目の前で縮こまるようにして立つ城崎を見る。

 普段、委員長としてみている城崎は冷静沈着でピシッとしているのに、今こうやって目の前にいる城崎はしょんぼりしたりテンションが上がったりと感情がめまぐるしい。

 こっちが本来の城崎なんだろうか。そう考えると、ちょっと、いやかなりポンコツで、可愛い気がしてくるからチョロいのかもしれない。

 こんなふうにたくさん思ってくれて嬉しい。嬉しいけど。 


「正直、まだ続けるかどうかは迷ってる」


 こんな話、城崎にしてどうすると思いつつも、思わず本音がこぼれ出る。

 誰かに聞いてほしかったのかもしれない。自分ひとりで抱えるには、イチサとの時間も、ユウイの存在も大きすぎた。


「でも、俺ひとりでやったって」

「ユウイちゃんはすごいよ! 私、ずっとユウイちゃんに憧れてたの!」

「俺……じゃなかった、ユウイに?」

「そう! 見ている人を元気づけて、笑顔にできて、画面越しのはずなのにまるですぐそばにいるような気持ちになれる、そんなユウイちゃんにずっとずっと憧れて、ユウイちゃんみたいなYouTuberになりたいってそう思ったの!」

「そっか……。そんなふうに思ってくれてありがと。すごく、すごく嬉しい」


 城崎の気持ちが真っ直ぐ届いて、少し照れくさいけれど嬉しかった。けど、俺の返事が不服だったのか、城崎はひまわりの種を頬張りすぎたハムスターのように頬を膨らませる。あ、ハムスターにたとえたけどもちろん城崎の方が可愛いのだけど。


「ユウイちゃん!」

「は、はい。って、だからここでは……」

「やめるのはいつだってできるよね!?」


 俺の話なんてこれっぽっちも聞いちゃいない。


「そりゃあ、そうだけど……」

「だったら三か月! 三ヶ月だけ待って!」

「三ヶ月って……」


戸惑う俺に、城崎は自信たっぷり――に、見せかけた笑顔を俺に向けた。


「三ヶ月でユウイちゃんより人気YouTuberになってみせるから!」

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