第6話 それはまるで天使のような歌声で
昨日の夜、どうしても気になって、というかなんとなく気持ち悪くて届いたDMを俺はもう一度開いた。
『あなたの正体を知っている』という文面からして、俺がユウイであることを知っているのだろうと想像はつく。適当なことを言っているのか、それとも本当にバレてしまっているのか判別はつかない。
今までだって『住所特定しました!』とか『学校凸します!』なんてDMがなかったわけじゃない。でもまあ実害はなかったし、実際誰も学校じゃ陰キャで根暗な俺がキラッキラ輝くユウイと同一人物なんて想像もしないだろう。ついでにある程度のことは事務所がどうにかしてくれていた。
マネジメント契約といってもたいしたことをしてもらっているわけではないけれど、雑誌関係や個人情報についてはやっぱり個人でやるのには限界があった。
そんな感じだったので、普段ならそんなDMが来てもスルーしてしまうのだけれど。
「捨て垢? ってわけじゃないのか」
普通、この手のDMは捨て垢と呼ばれる嫌がらせDMをする目的のために作ったアカウントから送られて来ていることが多い。けれど、そのアカウントはごく普通のアカウントだった。
「動画投稿してるんだ」
ポストされてたURLをタップすると、そこには一昨日投稿された動画があった。再生回数七回という、おそらく本人が投稿を確認するために何度か確認したであろう回数とたまたま奇跡的に見つけた誰かが再生したのだろうと想像に容易い、悲しい再生回数が表示されていた。
「お、おおう。これは……」
興味本位で再生してみる。
お世辞にも上手いと言えない編集、たどたどしい喋り、画角だってめちゃくちゃで、撮影場所は……これ、どこだ? 河川敷?
そんなめちゃくちゃな動画なのに――。
「歌、めっちゃ上手い……」
スマホのスピーカーから流れてくる歌はとても綺麗で、透明感があって、ずっと聞いていたいとさえ思わされる。まるで天使の歌声のようだった。
唐突に動画が切れる。あまりに下手くそな終わり方に笑ってしまうほどだ。
でも、それよりも。
「ってか、さっきの城崎……だよな?」
もう一度再生しようと思って概要欄を見る。そこには『城崎美織 16歳』と書かれていた。
「いや、バカなの?」
どこの世界に本名顔出しでYouTuberやるやつがいるのよ。特定されるよ? え、されてもいいとか? そういう方向で売ろうとしてる……? 会いにいけるアイドル的な?
「……って、んな訳ないよな」
城崎のことをそんなに知っているわけじゃないけど、目立ちたいとか誰かの上に立ちたいとかそういうことを思ってそうなタイプには見えない。
それよりは周りのことをよく見ていてお節介でちょっと小うるさくて厳しくてそれから顔が可愛くて男子から人気があることぐらい。
思ったよりも城崎について知らないことに気付いた。というか、知っているのは全部上辺だけな気がする。
でもそれは城崎についてだけじゃない。市村も、真田も、たぶん教室にいるやつらについてほとんど知らない。
興味がないというのもあるし、興味を持たれてユウイであることがバレても困る。
俺にとってユウイという存在は、唯一俺が俺でいられる場所だから。
「だから、正体を知ってる、とか言われると困るんだよな」
それがクラスメイトであれば、なおさらだった。
そして今、目の前に俺の正体を知っているというクラスメイトがいる。しかも俺がユウイであることをバラされたくなければパートナーにしろと言ってきた。
どうしたものかと頭が痛くなる。
「あの動画って……」
俺の言葉に、目の前の城崎の顔が桃色を通り越し真っ赤に染まった。
「な、なんのこと……?」
「なんのって、城崎がアップしてたやつだよ。歌ってただろ? 編集は下手だったけど、歌は上手くてビックリ――」
「そ、それ以上言わないで!」
「んぐっ」
城崎は握りしめていた俺の手を放り投げるように離すと、俺の口を両手で押さえる。思いっきり、息の根も止めてやると言わんばかりに。って、待って。鼻まで押さえられたら本格的に息が……。
「し、しろさ……」
「喋らないで! もう! どうして見ちゃうの!? ユウイちゃんに見られちゃったなんて恥ずかしい……」
そこまで言うと、はっと気付いたような表情を浮かべ、城崎は小声でブツブツとなにかを呟く。
「でも、私しか知らないはずの動画をユウイちゃんが見てくれるとか、もうこれ運命なんじゃないかな?」
うん、そうだよね! なんて自己解決するように頷くと、再び俺を見つめた。
「ね、そうだと思わない!?」
「な、なにが……」
「やっぱり私、ユウイちゃんのパートナーに……!!」
「く、くるし、い……」
「あ、ああっ。ごめんなさい!」
慌てて手を離してくれたおかげで、どうにかあの世に逝かなくてすんだ……。危なかった、危うく三途の川の向こうで吠える三年前に死んだチャッキーに会いに行くところだった。
「わ、私ったらユウイちゃんになんてことを……」
「待って、その名前で俺のことを呼ぶのやめて。俺は三浦だから」
「でも、ユウイちゃんでしょ?」
「そうかもしれないけど……」
キョトンとした目で俺を見つめる。ああ、もう。そんな可愛い顔で俺のことを見ないで欲しい。なにその小動物みたいな表情。普段の厳しい口調とは大違いすぎる。例えるなら、普段は凶暴な猫。今はミーアキャットだ。可愛すぎて困る。
にしても、だ。
「……そのユウイから、ひとつだけ忠告してあげるよ」
喉元を押さえることなく、本来の俺の――城崎にとってユウイの声で告げた。
「あんなふうに本名で活動するのはやめた方が良い。変なやつに特定されて粘着されるだけじゃなく、家まで押しかけられたり危ない目にあったりするかもしれないから」
「……っ! ユ、ユウイちゃんが私のことを心配してくれてる!? はあぁん、し、幸せすぎて溶けちゃいそう!!」
伝わったのか伝わってないのかわからないし、注意しているはずなのに
ってか、さっきからちょこちょこ変な声を出すのやめてほしい。周りに人がいないからいいものの、誰かに聞かれたら変な誤解をされてしまいそうだ。
「あの、城崎……」
「やっぱりユウイちゃんってとっても優しい! 素敵!」
「俺は……」
「ね、だから私をパートナーに……」
「城崎!」
あまりにも人の話を聞かない城崎に、俺は現実を突きつけた。
「YouTuberをやってるって言ったって、はじめたばっかりの城崎と組んでも俺に得なんてないと思うけど」
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