第2話

「なぁお前、ディープフェイクって知ってるか?」と言って、村田は3杯目のビールを飲み干した。ジョッキにはビールの銘柄のロゴがあって、ジョッキのそこには僅かな泡が残っている。村田は、飲みに行くとビールしか飲まない。銘柄には全くこだわりがなく、生がなくても関係なかった。以前西口の居酒屋で「ビールひとつ」という注文をし、「ビールは5種類あるんですが」と言われてからは銘柄を言うようになったが、それに関して特にこだわりがあるようには見えなかった。ハイボールやチューハイは家で飲んでも味は変わらないが、ビールだけは格別だというのがその理由だ。それはもっともだとは思うが、かといって、何杯もビールを飲み続けるというのは、私にはまだ理解できていない。すぐに腹にたまるし、違うものが飲みたくなってしまうのだ。

 彼は私に質問をしてからビールを飲んでいる間、傾けたジョッキの向こう側から「はやく答えろ」とでも言いたげな視線を、私に向けていた。それは、今朝ゴミを捨てる際に、ゴミ捨て場のそばにいたカラスに対して、私が向けたものと同種のものだったと思う。見下しているということではなく、なぜこんなに待たせるのか理解ができないという顔だ。

同期入社でもある彼は、時々そういう顔をした。三年ほど前に一度、二人で採用面接の面接官をしたことがあった。管理職になる前に、採用面接を経験させるというのが名目だった。面接したのは、都内の女子大に通う女で、酷く醜い顔をして、その一方でパンツスタイルのリクルートスーツの上からでも、かなり美しい身体を持っていることがうかがえた。足は長く、尻は膨らんでいて、ジャケットの上からでも乳房が大きく膨らんでいるのが見て取れた。脇から胸にかけて横にシワが寄っていて、シャツのボタンは張り詰めていた。ボタンとボタンの間は胸の圧力によって、肌着が見えるほどに開いていた。

ノックをして女が部屋に入ってきた時、「マスクをしたり、仮面を被ったりすれば、私たち二人はそろってA評価にするだろう」ということを私は考えた。「一緒に働きたいと思うやつがいたら合格させろ」と部長から言われていたし、就活なんてそんなもんだと思っていたからだ。

 最初の「なぜ弊社を選んだのか」という質問の受け答えを聞いた後から、私は彼女の話を一切聞くことなく、スーツの下の身体がどのようになっているのかという想像を膨らませていた。それは、乳輪の色や乳首の大きさや陰毛の濃さにまで及んだ。特に根拠はないものの、私の見立てでは、陰毛は薄いが整えられているものではなく、乳首はどちらかといえば小さいのではないかという結論に至った。こういう時、私には女の裸体についてのイメージが浮かんだ。そのイメージは、正しければ正しくないこともあった。ある時、居酒屋で隣のテーブルにいた女に声をかけられ、そのまま近くのラブホテルに行ったことがあった。私も女もまだ大学生だった。女はひどく酔っていた。二人組で飲んでいて、相手の男は女の説明によると弟だということだった。親族と言われればどことなく似ているような気もするし、全く血がつながっていないような気もした。女はその連れの男に自分の分の金を渡し、会計を終えた私の腕に蛇のように絡みついて外に出た。ラブホテルにつくまでには六回ほど信号があり、そのすべてが私達が渡ろうとしたときに赤になった。おかげでラブホテルにつくまでは、想定よりもかなり長い時間がかかった。女はその間中、自分の身の上について話し続けた。弟だという話が出たのもその時だった。身の上話は家族やかつての恋人、友人やその恋人にまで及び、私は難解なロシア文学を読んでいるような気持ちになった。私は名前と学校と年齢だけを喋り、適当な相槌をしながら、変な名前の風俗店があると指を指して教えた。女は髪が長く、ひどく丈の短いワンピースを履いていて、タイツは黒かった。ワンピースは尻の下に文庫本をあてがったほどの長さしかなかった。ワンピースはグレーのニットで、膝丈の白いコートを羽織っていた。目は細く、酔っていたからか充血しているように見えた。色は白かったが、化粧が濃かった。口紅とアイラインが、ホテル街の薄暗い照明の中でもはっきりと見えた。

 前髪はストレートで目にかかるほど長く、それは当時からしてみれば、一昔前の流行だった。背はどちらかといえば高かったが、おそらく十センチほどのヒールを履いていた。目線は私よりも、僅かに下にあるように感じられた。友人の友人の恋人の話になった頃に、私は女の話を理解しようとするのを諦め、適当な相槌(うんそうだね、たしかに、なるほどね等)を打ちながら、彼女の裸体を想像した。胸はそれなりに大きいが少々垂れていて、尻の形が良さそうだった。陰毛は濃く、腹が少し出ている。乳首は小さく色が濃い。私はそのように予想した。実際のところは、胸は小さく陰毛は無くて、乳首は私の小指ほどの大きさだった。私は女の服を脱がせながら、予想と照らし合わせて一喜一憂して楽しんだ。

 私はこの経験のように、裸体を想像した後、その想像が正しかったのかどうかということに何かしらの関心を持っていた。それが熱心な感心であるのか、ただぼんやりと考えているだけなのか、私には判断することはできなかった。自分の関心が如何ほどのものなのかを判断できるならば、人生には迷わない。迷いのない人生はさぞ素晴らしくも思えるが、夜はいろいろな光が見えるが昼は太陽しか見えないということもある。

 しかしながら目の前にいるこの醜い顔の女については、私は自分の想像が正しいものなのかどうか、ということに関心が起きなかった。

その時も、村田はこの「はやく答えろ」という顔をしていた。女と私に対してだ。彼だけが質問を繰り返し、まともな発言をしていた。私は、もう質問する関心を失っていたから、「どうせ落とすし、聞きたいのはスリーサイズくらいしか無いわ」と村田に耳打ちをした。

女子学生は、質問に答える時に話し出すのも遅く、おまけに、名前と所属している学部・学科・専攻を尋ねた質問以外、まともな返答をひとつもよこさなかった。

「どのように会社に貢献していきたいですか?」という質問には、東南アジアのラオスかカンボジアかどこかに学校を建てたという話をした。

「稲作や漁業で生計を立てているのですが、地球温暖化の影響で洪水などが起きたり乾季が長かったりして、安定して収入が得られず……」

カンボジアの将来を考えているなら、カンボジアで働けばいいじゃないかと私は思った。

「この会社は、ヨーロッパやアメリカから楽器とその部品を輸入する会社ですよ?」と村田が言うと、女は待ってましたと言いたげな表情をして、東南アジアの貧困について語りだした。

言葉の綾ではなく本当に、会話のキャッチボールができていなかった。彼女のグローブに向かってボールを投げると、そのボールを捕ろうとせずに転がっていくのを見送ってから、バットを投げ返してきた。しかも、ハンマー投げのようにぐるぐる回って、見当違いの方向にバットを投げていた。そういう状態だった。あるいは、バットすら持っていなかったというのが正しいのかもしれない。

面接の後、二人で顔を見合わせてF評価の欄に丸をつけた。しかし、その女は社長室秘書として働いている。噂では、社長はブス専だとか身体目当てだとか近々整形するとか言われていて、確実に私よりも多くの給料を貰っている。

 私は返事をせずに、灰皿にタバコの灰を落としながら、奥の掘りごたつ席で騒いでいる大学生の集団、その中の白いタートルネックのニットを着ている女を見ていた。その女は、どちらかといえば背が低く(グループの中に女は四人いて、彼女は二番目に背が低かった。)乳房は最も貧相なものであろうことが伺えた。周りと比べてではなく、すくなくとも私には、彼女の胸にいくらかの膨らみがあるということを認識することは出来なかった。白いタートルネックは首の付いた消しゴムのようだった。

私の目は彼女一人に絞りを合わせていて、それ以外の背景は一眼レフで取った写真のようにぼやけていた。背景にはいろいろなものが見えたはずだ。他の大学生の集団、壁に貼られた日本酒やウイスキーのラベル、テレビが取材に来た時の写真、近隣の大学の野球部やアメフト部のポスター。でも、そんなものは私の眼中にはなかった。

そして他の感覚器官(ここでは主に耳のことになるだろう)も、同じように彼女の周辺にはなんの価値もないかのごとく、脳に情報を伝達した。であるから、村田の質問は音としては聞こえたものの、それは店内のBGMやそこら中から聞こえる乾杯の声や食器が当たるカチャカチャという音と同じく”雑音”と表現する以外にどうしようもないものだった。私は、白いニットの女だけを見ていたのだ。女は、金髪と茶髪の間のちょうどミルクティーのような色の髪を、ポニーテールにしていた。前髪は八の字に顔の横を流れ、毛先は外ハネにカールさせていて、後頭部と頭頂部の境目にあるポニーテールの結び目から先は、定規で線を引いたようにストレートだった。白いニットはへそが出るほどの短い丈で、膨らみの無い胸と比例して、引き締まって縦にうっすらと腹筋の筋が、テーブルをひとつ挟んだ私の席からでも見ることが出来た。色白で鼻が高く、顎はややエラが張っているものの、それが故に韓国のアイドルやキャバクラ嬢などにありがちな、細い顎による”作り物”のような感覚を抱かせることなく、美を保っていた。この感覚は、改修して色を塗ったばかりの姫路城に行った時のものと似ていると、私は思った。白鷺城という別名とともに教科書に掲載されていたあの写真の姫路城は、確かに真っ白であった。それは、たとえ白が200種類もあるとしても、白いという以外表現できない白さであり、石垣の向こうにたたずむその白い城は、今まで見たどんな白いものよりも圧倒的な美をその内側に湛えていた。しかしながら私が対面した姫路城はより白くなっていたものの、その内側に湛えられていた美が少しも表出することを許していないかの如く、白く塗られていた。

「おい、女ばっかり見てないで話聞けよ」

飲み干したジョッキをトンと音を立てて置いて、村田は私の視線を遮るように、私に返事を促した。

「ああ、何年か前、トランプ大統領がやられてるのを見たよ。顔入れ替えたりするやつだろ?」

「そうなんだけど、あれでav女優の顔をアイドルか女優か何かに替えたやつが捕まったんだけど、訴えたのは顔の方の女で、全裸を勝手に使われた方の人は、訴えません世間を騒がしてしまい申し訳ございませんでしたって言ってるんだぜ。それなのに、訴えないことでいい人ぶるなとか、顔の方の女に謝れとか言われんだよ。顔の方の女だって、濡れ場は平気でやるくせに、他人の裸とくっつけられて、なにをそんなに怒ってんだって話だよな。おかしくないか?大体、濡れ場見てる男なんてみんな勃起してんだよ。ナレーションとかモノローグとかで、あの後○○君と身体中に汗をかくほど情熱的なセックスをしたとか、説明しても別にどうってことないのに、わざわざギャラ払って脱いでもらってるってことは、脱いだ姿を見たいって男がいっぱいいるって証拠だろ。資本主義なんだから、需要がないものに金は出さないし、金を出すってことは需要があるんだ。そんなんどんなアホなやつだって知ってる。バカ高い戦闘機を自衛隊がアメリカから買ったって、それを買ったおかげでアメリカとの関係も良くなって防衛力の強化になるからやるんだろ?女優側だって、乳首見せて喘いだら、お金もらえると思ってやってんだから、もうAVと同じじゃねぇか。作品の中でのセックスの役割が違うだけで、セックスがある映像ってことはAVと同じだろ。それに、子供が見れないようにR18とかにして映画館でやるなら、どう考えたって正真正銘のAVだろ?ポルノハブと映画館って違いだけじゃん。監督とか女優とかが、芸術的でとか言っても、そんなんAVの人だって考えてるからって話だろ。どんな仕事やってるやつだって、それなりのプロ意識くらい持ってやってるだろ。トイレ掃除にしても、セックスにしても、その辺の素人に比べれば間違いなく上手いはずだし、それはそいつらが努力して飯食ってるからだろ。それなのに、AVと一緒にするのはやめてくださいみたいな理由で訴えやがってさ、セックスの演技ならお前らめちゃくちゃ下手くそだろ。それに、塗れ場やりますって言って高い金貰って、そういう目で見られるのわかっててやってんのに、いざ自分の顔に裸くっつけられて怒るんじゃ、意味わかんねーだろ。お前だって、金のために乳首出したり喘いだりしてるんだから、お前の貧相な身体より何倍もいいもんをくっつけてやってるだけじゃん。ナナフシみたいなどうしようもねぇガリガリな体に、脂肪が無さすぎて尖ったケツしてて、胸なんてちょっとデブな男くらいしかないじゃん。そんなやつがAVデビューしてみろよ、誰もそんなの興味ないに決まってるだろ。どうせ、老けてきたりスキャンダル出たりして金なくなったら、水着で写真集出したり、濡れ場しかない役やったり、よく分からんIT社長と結婚して1年も経たずに離婚したりするくせに、ふざけんなって話だよ。大体、他人の裸なんだぜ?そのデカい乳とか尻とか、お前持ってねえじゃん。あばら骨浮き出たみすぼらしい身体で、服着て顔しか出さないんだからって、ただ単に痩せてるだけだろ?だから大抵の濡れ場って、失望するじゃん。そんなんのどこに美しさがあるんだよ。飯食ってないってのがそんなにいいのかよ、あたまおかしいんじゃねえの。ちっせー乳とやせ細った尻。そんなん見せられてもな、お前こんな身体だったのかよってなるだけだろ?じゃあ乳も尻もデカい身体とくっつけられたら何が困るってんだ。俺だったら、筋肉バキバキのやつの身体くっつけられたら、ありがとうって思うに決まってるのに。そりゃブヨブヨのデブとか、ソーセージみたいなちんこつけられたり誌たら起こるのはわかるよ、でもお前はそうじゃないじゃん。良い感じに動画スクショして、今日も可愛いとか投稿してるファンと何が違うんだよ。勃起されたり抜かれたりしてるってことは、それだけ良いってことなんだから、私の顔にいい身体くっつけてそれで抜いてくれてありがとうくらい言ってもいいと思うぜ。」

長々とひとりで喋って、村田は運ばれてきた4杯目のビールを飲み始めた。そしてまた、ディープフェイクについて喋り出した。最近のAV女優は可愛いのに、女優やアイドルは全然可愛くないとかそういう話だ。それらは、私の脳みそでBGMに変換され、受容された。音の大きさに関係なく、何か他のものに集中していれば、人間の耳はその音をシャットアウトする。それはどんなに大事なことであっても、くだらないことであっても変わらない。結局は聞く気があるかどうかだ。選挙カーと右翼の街宣車の騒音以外は。

白いニットの女は酔ってきたのか、身振り手振りが派手になっていて、ほとんど残っていないビールをこぼしたり、店を出るまでに二度もトイレに行ったりした。「うわぁーごめんねー」と謝る声が、テーブルをひとつ挟んだ私の耳にまで届いた。私は彼女が何を話しているのか耳をそばだてていたし、彼女の声は大きかった。

 彼女は黒のレザーのミニスカートを履いていて、8ホールほどの長さのブーツを履いていた。上半身の貧相さとは逆に、彼女の下半身は草食動物のように立派だった。上半身と下半身の関係性は、ケンタウルスのように歪だった。ブーツから出た足は、ミニスカートに至るまで黄金比とも言えるような曲線を描き、レザーのミニスカートは尻の肉でパンパンに張っていた。尻の肉が、スカートに負けないように押し返しているようにも思えた。ホームレスのように何年もこのスカートを吐き続ければ、いずれ彼女の筋肉が合成皮革に勝って、筋肉が服を破いてしまうのだろうという想像をした。馬のようだと思った。それも牧場で飼っているような馬や競走馬のような、生物として見た時に無駄な肉は一切なかった。ただ生き残るために走る野生の馬、南米の荒野が似合うような馬だ。狼から逃げる為に走るそんな足を持つ馬だ。

「やっぱ、顔と体を選んでくっつけるんじゃなくて、顔も体もパーツ選べるのマジですごいよな」と村田は言った。数十分前に帰った白いニットの女のことを考えていた私は、まるで風船に針を刺されたかのように我に返った。それは、酔いが覚めるような不快なものではなく、一年に一度程の頻度の爽快な目覚めによく似ていた。太陽の光や鳥の声、そんななもので目が覚める朝だ。腹が減っていることも、口の中が乾いていることも、首周りが汗ばんでいることもないそんな朝だ。


 「それも自分でつくれるのか?」

「おいおい、さっきその話してサイトまで見せたじゃねえか。うんうん頷いてたのはなんだったんだよ」

 ビールをジョッキの底に、1センチほど残した状態で村田は私のほうを見た。飲み干すまでに時間がかかっているのか、ジョッキにはもう泡は残っていない。私のジョッキには、彼女が店を出てから一口も口をつけていなかったハイボールがある。氷は全て溶けていて、水滴がテーブルを濡らしている。テーブルには割り箸の包み紙があって、水が染みて字が滲んでいる。

炭酸の泡はなくなっていて、ただの茶色の液体になっている。手に取り、一口飲むと、炭酸はすっかり抜けていて、ハイボールと言うよりも、薄めたウイスキーと形容するのがふさわしいような味だった。私はそのままジョッキの中身を飲み干し、ウエイターにビールを頼んだ。

 「このサイトで作れんの。課金したら結構細かいところまでできる。乳輪の色とかな」

 私は礼を言い、届いたばかりのビールを半分ほど一気に飲み、村田からディープフェイクについての話をいろいろ聞き、ビールを3杯ほど飲んで家に帰った。

 

 帰りのタクシーのなかで、クレジットカードの登録を済ませ、顔と体の原型を選んだ。AVを見なくなってからずいぶんな時が経っていたからか、名前を見ても誰ひとり知らなかったものの、「爆乳元アイドル」という触れ込みでデビューした女と、10年ほど前に流行った映画のヒロインを務めていた女優を選んだ。人気順にして、その一ページ目の中から、一番美しい体と顔を選んだ。

身体の女は、DVDのパッケージ画像なのか週刊誌のヌードグラビアなのか、全裸かつ直立不動でカメラを見ていた。作り込んだ表情でもなく、ただカメラの前に全裸で立っている。何かしらのポーズをとっているようにも見えない。重心もズレていないし、手も太ももの横に沿っている。

女は、顔に関して言えば、特筆すべき美貌は持っていなかった。醜いという訳でもないが、美しいともいえず、目は一重で、面長で耳が大きく、左の目尻にホクロがあった。強いて特徴と言えるようなものをあげれば、それだけだった。

乳房が大きく、腹は腹筋がくっきりと浮き出ていてくびれている。範囲は狭いが、長く濃い陰毛が股間を隠していた。大きな乳房には、どのリップクリームよりも薄いような色の乳輪があった。肩幅が広く、顔が小さく、更に顔が小さく見えるような髪型(アゴの長さに切りそろえたストレートののボブカット)をしていたから、女の乳房は女の顔よりも明らかに大きく見えた。腰から太ももにかけては、しなやかな筋肉がついていた。筋が浮き出ているわけではないが、皮下脂肪によって生み出される女性特有の柔らかさはなかった。水泳選手の肌によく似ているような気がした。色白で髪の色素も薄かった。元アイドルとは思えないほど地味な顔で、派手な身体をしていると私は思った。


顔の女は、記者会見の画像で、貼り付けたような作り笑いを浮かべていた。「笑顔とは、目を細めて口角をあげ、前歯を見せる顔のことで、目尻にシワができなおかつえくぼがあることが望ましい」というマニュアルに従っているかのような顔だった。もしそのようなマニュアルがあったならば、この女の笑顔は、何一つとして間違っている部分がない完璧なものだろう。完璧すぎるが故に、誰が見ても本物でないことはすぐに分かる。

顔の女の顔も、特筆すべき特徴を持っていなかったが、それゆえに美しいものであるのだと私は認識した。およそ欠点であろう所はどこにもなかった。美しさにある一定の基準があるならば、女の顔はどの部分を切り取っても、あるいはどの方向から見ても水準をクリアしていた。

家につき、合成後の写真を見た。私は久々に勃起した。それは、邪な感情によるものではなかった。邪な感情というものが一体なんなのか、私には分からなかったし、邪な感情ではないと思いながら勃起しているというのは、邪なのかもしれなかった。が、少なくとも、こういう女とやりたいとか、こんな女に性器を舐めさせたいとか、そのような感情は一切湧かなかった。

感情の説明をするならば、勃起に導いたのは性欲ではなく、美を完成させるというただそれだけの願いであった。スポーツの試合で興奮して鳥肌が立つように、私は新たな美を作り出したことに興奮し、勃起した。美しいものを見た時の興奮が、血流を良くして脈拍を早め、勃起を促した。このディスプレイの中にいる女は、その身体あるいは精神を、犯されることによってその真の美しさを表出させるであろうことが、私の目には明らかであった。白い前歯を見せて微笑んでいる口は、苦しさに耐えるために一文字に結ばれ、風船のように大きく張った乳房が、もだえる体に合わせて揺れる。引き締まった腹は痙攣し、内ももから愛液が伝う。背中には汗の雫が伝い、尻の肉が突かれるたびに揺れる。それでこそ、この美はより完成に近づくのだ。記者会見の時の作り笑いのまま、全裸で直立不動であるのと比べるならば、犯されるその瞬間のほうがより美しくあるはずだ。

 完成した画像の横にあるメニューを開くと、各パーツごとの修正が可能となっていた。

 次の日職場では、私と村田の間で「おい、昨日のやつどうだった」「なかなかだ」という洋画のようなやり取りが行われた。私は通勤途中に良い身体をした女を見ると、どんな顔に取り替えるのがいいだろうということを考えた。その対象は制服を着た女子高生からエコバッグにネギを差した主婦にまで及んだ。とにかく顔は見ずに、身体だけを観察した。尻が大きいのか、胸が大きいのか、背が低いのか高いのか、そういうことを加味して私は理想の顔を画像検索で探しながら女の体を眺めていた。

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