君の申し子

椋鳥

第1話 排他的経済水域

「こっち」手を振り上げて、こちらを見る早紀野が見えた。単純な白のワンピースを着た、黒髪の少女。それが早紀野……羽鳥早紀野と呼ばれる人間の、紹介にあたる。それ以上でもそれ以下でもない、僕は早紀野と軽く会話をし、歩き出す。


「日が、強い」僕は思わず、二の腕で顔を覆った。早紀野は何が面白かったのか、手を軽く口元に添えつつ笑う。早紀野らしいなと、僕は不覚にも思った。町は丁度賑わいの良い頃で、そこらかしこで反射が目立った。どことなく掴み所のない時間が過ぎるが、目的は失ってはいけない。


「変な人」そういう早紀野も、十分面白いが。という僕の考えは、結局頭から口に落ちていく事は無かった。代わりに、早紀野と同じくらいに笑ってみせる。早紀野も僕も歩いてはいるが、お互いに会話を楽しんでいた。


「なあ」僕は早紀野にあることを言いかける。早紀野は気になったらしく、こちらを上目遣いで覗いた。大したことじゃないと言いつつ、僕は前を向く。僕は今日、新作の小説を買わなければなければならない。


「じゃ、いい」ご機嫌斜めといったところだろうか?早紀野は顔を僕から遠ざけると、歩く速度を上げた。アスファルトの熱に浮かされてか、僕の速度もだんだんと上がっていく。二人とも、それからあまり言葉を発さなかった。


 今日行く場所は、駅前の中規模に展開している書店に決めていた。早紀野とあらかじめ、連絡を取っていたからあっさりと決まった。人も少なく、本を選ぶには絶好の好機と言えた。書店に入ると、書店独特のあの感じがした。


「あ、この本」今日発売の新刊”熱の葉、秋に眠る”を早紀野は手に取った。僕も続けざまに本を手に取ると、あとがきまで本をめくる。僕が本を買うときは、大抵あとがきの面白さが大きなものを占めた。その理由は多くあるけれど、そのどれもが些細なこと過ぎたため、今は省く。


「うん」本を読む傍ら、早紀野は僕に思いの丈を伝えた。そんな大層な言葉で表したが、文字数で表せばたったの二文字。けれど、それでこの本に対する期待値は跳ね上がった。本の内容は、ありふれた素材の上に立っていた。ただ過ぎる日常に、それを守ろうとする人々の姿。それを事細かに綴るこの物語は、多大な美しさを孕んでいた。


「行こう」僕は早紀野の手を引き、会計まで急ぐ。普段ならもっと冒頭などを読んでから買うのだが、今は部室でゆっくりと読みたかった。早紀野はその意思を理解してか、何も言わず本を買う。それぞれが本を買ったのを確認して、僕らは部室に戻った。


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