精霊憑き
国下とも美
第1話 精霊憑きの老婆
「精霊は人に憑く」
老婆の語りはその一言から始まった。
呟くようであったが決して弱弱しくはなく、その声は部屋の隅々まで行き渡っていた。外では寒風が吹きすさんでおり、風の音は大きい。部屋は寒さに耐えるようにきしきしと鳴いている。それとは対照的に老婆は震えもせず、淡々とした語り口で言葉を続ける。
「精霊は人が生まれた時に憑くと言われている。憑かれる者は稀で、この村では数年に一人いるか、いないか。だが10年前、三人もの赤子が精霊に憑かれた」
老婆は目の前で一列に座っている三人の子供を見遣った。子供達は厚い綿入れを着込んではいたが、寒さのせいか、あるいは緊張からなのか、みな押し黙っている。老婆は続けて言った。
「それがお前たちだ」
誰も言葉を交わさない。子供達の顔は困惑の色を見せている。
「憑かれた者は霊的な力を使えるようになる。例えば――」
「そそ、そんなことより、イド様」
イド様と呼ばれたその老婆の言葉を遮ったのは、三人のうち、真ん中に座っていた男の子である。声はひどく震えていた。男の子は温かみを帯びた光が漏れる奥の扉を指差して続けて言った。
「い、いろいろと言いたいことはあるんだけど、とりあえずこの部屋は寒すぎるよ。奥の部屋は暖炉もあるし、そっちに移って、話したほうが――」
だがイドは集中しているのか、その言葉には反応しない。男の子は異様な集中力を前にして、全く声が出ない。イドはゆっくりとした動作で膝に置かれていた右手を胸の前まであげ、手の平を上に向けた。部屋の蝋燭の火が彼女の顔をぼんやりと縁取っており、眼の中でその火が揺れていた。イドの目線は手の平の上部の空間に向けられている。子供達の目線も自然と同じところに集まる。
沈黙が続いた。一瞬のようにも、一時間のようにも感じられた。相変わらず風の音は大きいが、どこか一里離れた山の向こうで鳴っているようであった。
どれほど経っただろうか、突然、なにかきらきらとした霧状のものがイドの右手を包んだ。よく見ると霧の中にところどころ小さな結晶があり、それを核として霧が集まっているようで、だんだんとその大きさを増していた。やがて小指の先ほどの大きさとなったところで結晶は彼女の手の上に落ちた。手は水でしっとりと濡れていた。結晶が彼女の熱で融けているようだ。結晶は氷だった。子供達の視線を受けてか、氷はどんどんと小さくなっていき、やがて消えた。
「これって...」
先とは別の、端に座っていた男の子が口を開ける。
「見ての通り、氷さ。寒かったろうがすまないね。こうしないともう氷を作れなくなってきてしまって。さ、暖かいところに入って、話の続きをしよう」
イドは手の水を拭きながらゆっくりと立ち上がった。背は高くないものの、背筋はすらっと伸びている。体の芯を感じさせる足取りで、奥の部屋へと入っていく。続いて真ん中に座っていた男の子が寒い寒いと言いながらそそくさと、二人目の男の子はおずおずと、奥へと入っていった。
一人、女の子だけがそこに残った。足を崩さず、口を真一文字に結んでただ床を見つめていた。融けた氷の水が、点々と染みになっている。
「セーナ、おいで」
名前を呼ばれ、ようやく立ち上がった。
精霊憑き 国下とも美 @Kimari1313
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