ハーミア・オデットと異世界の領民さん

@onedora56

第1話

 麗しの二・五次元VTuber、ハーミア・オデット次期公爵の朝は遅い。


 昨夜は、日付が変わる頃までメンバー限定雑談配信。

 夜食を取りつつ、企業案件の返信を推敲した後、コスプレイヤーでもある特技を活かし、配信で発表するための小物をちくちく。


 ベッドに入ったのは、午前三時を過ぎた頃だった。


 昼ぐらいまで寝ていても罰は当たらないスケジュールだし、家族も活動を応援してくれているので、無理に起こされることもない。


 思う存分、眠りに癒やされるつもりのハーミアだったが、ゆさゆさと体を揺すられる感覚に、半分目が覚めた。


 瞼を射す陽光のまぶしさに顔をしかめ、頭から布団を被ろうとしたのだが、布団が掴めない。


 ――あれ、布団どこ? 蹴っ飛ばした? ていうか、なんか固くて背中が痛い。……床で、寝てる?


 ベッドから落ちるほど寝相が悪かった記憶はないが、落ちても目が覚めないほど疲れていた自覚はある。

 とすると、様子を見にきた母親なりが、ベッドから落ちたまま眠りこける娘を呆れ心配し、揺り起こして――


「こんみあです……で、よかったですわよね? 最初のご挨拶」


 聞き覚えのない声が鼓膜を揺らした瞬間、ハーミアは一気に覚醒した。

 跳ねるように体を起こし、ぎゅっと身を守るように全身を縮こまらせた。


「っと、ごめんなさい。驚かせてしまいましたわね? 危害を加えるつもりなど、毛頭ございませんのでご安心下さいな。私はライサンダー。お見知りおきのほど、よろしくお願いしますわね」


 ――女の子の声? 丁寧にも限度がある口調だけど、なんだか抑揚がないというか、機械的な感じ?


 恐る恐る首を動かし、声のほうに視線を向けた。


 ――これって私、夢を見てるの……かな?


 申し訳なさそうな顔で見つめていたのは、確かに……いや、おそらく女性だった。

 蜂蜜色のツインテールを下のほうで結び、前髪は真っ直ぐに切り揃えられている。

 くりくりとした大きな両眼が印象的で、ぱっと見、ランドセルが似合う小学生ぐらいの顔立ちだ。


 淡い色のワンピースに包まれた体は、頭身が低くがっしりしており、一般的には幼児体型というのだろうが、ハーミアの意識はそれらの特徴に辿り着く前に、フリーズしてしまっていた。


「ロ、ロボット?」


 震える声が唇から漏れた。

 目の前の少女には、首の付け根、手首や肘といった関節部分に継ぎ目のような隙間があり、そこから歯車や電子機器といった、機械的部品が覗き見えていたのだ。


「アバターですわよ? ハーミア様と同じですわ」

「私と同じ?」


 言われて自分の姿を確認すると、パジャマではなく、見慣れた衣装を着ていることに気がついた。


 通常配信用の簡素なほうの礼装だが、イラストを発注するとき、胸元のブローチからフリルの一枚まで、事細かにこだわり抜いた逸品だ。

 髪の色こそ現実と同じ明るいブロンドだが、頭には白いベレー帽が乗っているし、自分では見えないけれど瞳の色は、ライトグリーンなのだろう。


 実際に二次元の衣装をまとっているのではなく、VR技術的なもので、アバターの中に入っているといった感じなのだろうか。


「ごめんなさい。ちょっと理解が、追いついてないです」

「無理もありませんわ。簡潔に説明いたしますと、ここは異世界で、私がハーミア様を召喚させていただきましたの」

「異世界、召喚……いやいやいやっ! いくらなんでもそんな、なろう小説の冒頭みたいな話を信じろなんて」


 分かりやすく慌てふためくハーミアを見て、ライサンダーと名乗った少女は口元に薄い笑みを浮かべつつ、パチンと指を弾いた。


 次の瞬間、固い床の、家具の一つもなかった殺風景な部屋が一転。

 ハーミアは、色とりどりの花が咲き乱れる花畑の上に座っていた。

 果てなく広がる美しい景色。

 優しい風が頬を撫でる。


「なっ! 瞬間移動した? ……マジですか?」

「移動ではなく、テクスチャを張り替えただけですのよ。異世界とは申しましたが、ここは私の精神とリンクしたインナースペース。お互いの世界に、干渉しないし干渉もされない緩衝地帯。ざっくり、夢だと思っていただければ……って、どこへお行きになるの?」


 話の途中、不意に立ち上がったハーミアは大きく息を吸い込んだかと思うと、勢いよく走り出した。

 混乱の余り逃げ出した……わけではない。


「ライちゃんも一緒に走ろうよ! こんな綺麗な場所で走らないとか、もったいないって。ああー、スマホないの残念過ぎる」


 満面の笑顔で振り返ると、おいでおいでと大きな手招きで少女を呼んだ。


「このアバター、運動には向いておりませんので……あら、お見事な転びっぷりですこと。……頭から拒絶されても仕方ないと思っておりましたのに、とんだ杞憂でしたわね。不安で迷った時間、返していただけないかしら?」


 ぼやきながらもライサンダーは、ギシギシと体をきしませながら、困ったような笑顔でハーミアを追いかけていった。

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