真円の果実

@ka_mony

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「それ、それ。それが欲しい。」

消えていく誰かの眼球。

いくつもの破滅や絶望、嗚咽と循環、酩酊と復活、光彩や陸離、その全てが彼らのせいだったのだ。

めくらの指差す方角が、いつでも未来を向くように。

「私はずっとあなたが嫌いだった……。」

木枯らしが閑静な住宅街を抜ける。ひとつの民家の軒先で揺れる柿や玉ねぎやらが、海を去った者共の還住を祈るようだった。

「私はずっとあなたが嫌いだった……。」

彼の口がムカデの足のように蠢くのを見て、ふと母の火葬を思い出した。

海より月より穏やかなもの。永遠という言葉から派生した2つの種。微笑みと硝子戸。

既に外は真夜中だった。停電によって夜に沈んだ街は、水底の船のように静かである。

ろうたけた鳥は羽ばたきをやめ、柔らかに死んでいく。

青さとは、己の中の消滅を覗き見ることに他ならず、空想とは月の表面をなぞることに帰依する。

「ただ、言いたいことがあったから。」

そう言って彼は去っていった。残された彼の数本の毛髪を、私は大切に懐にしまった。

辺りを見回すと、いつの間にかそこは自室であった。不思議なことに、既に私は積まれていた本を全て読み終わっていたのだ。

ここはさっきまで喫茶店ではなかったか?

「誰か、いませんか。」

私の放った言葉は、孵化することなく壁に貼られた吸音材に吸収される。

あの吸音材はなぜ貼ったのだったっけ? この家は私の一人暮らしで、誰に配慮する必要もないというのに。

窓の外は蠕動するような闇で満ちていた。固形に限りなく近い暗さが、全ての人々をただ凝視していた。視線恐怖症が蔓延した世界では、完全な闇でさえ視線を持つのだ。

私はひたすらに怖かった。校庭に植えられた梅の木が枯れてから、ひとときの平穏も私の中に現れなかった。

ひとう、ひとう、と鳴く鳥の声が、速やかに教室を支配し、氷の王が空を撫でたとき、全ての生物が死に絶えるのだ。

歯車の渡し方にはある法則があるらしい。

「言葉だって、誰かを救うには少し冷たいとは思わない?」

彼の目いっぱいに写る一面の星が、今にもこぼれ落ちそうに見えた。

天井の花から落ちた片が、言葉を欲するように、唇に触れた。

それでも私は、そうは思わない。

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