草臥れ叢書にて、謳う者共よ。
P.error / Kei_comet
累ね不幸日和に。
第1話 かわきとけがれ。
授業終わりの帰り道は、いつも喉が渇く。
小学生の頃の僕なら、学校の西門を出てすぐ近くにある公園の水飲み場に向かうことが多かった。そこなら喉の渇きを満たすだけじゃなく、同じく放課後に暇を持て余している友だちに会えるから。
もし、遊びたい気分じゃなかった時は、すぐに家に帰って冷蔵庫の中にいつもある牛乳を飲んだ。
小学生男児が怪我をしたとかなんとかで、僕が小学校の卒業を目前にした頃、公園から
小学校の中でも年長になってくると、ある程度の常識が備わってくるのが普通だと思う。まだまだ子どもなりに、自分の世界観が構築されるというか、自分ルールが制定されるみたいな、そんな感じ。
僕の場合は、とにかく不潔なものを嫌うようになった。
きっかけは、年下の小学生男児が学校の蛇口に口をつけて水を飲んでいた姿が気になるようになったことだった。一度気にするようになってからは校舎の中にある蛇口を目の前にする度に、当時の僕にとっては上手く言い表せないような嫌悪感に
公園で一緒に遊んでいた友だちが、髪にまで汗をかく。それを嫌がったのか、彼は公園の水飲み場でその汗を洗い流した。その姿を、たまらなく気持ち悪く思った。
そうして、僕は、ついには公園にすらほとんど立ち寄らなくなった。
中学生になってからは水筒を持ち歩くようになった。中学校にも蛇口があって、まるで他の人が使っている様子も見なかったけれども、誰が不潔な行為をして汚しているか分からなかったから、絶対使いたくなかった。
真っ直ぐ家に帰ったら、すぐにスポンジに洗剤を染み込ませて洗った。いつどこで雑菌をもらってきたかなんて分からない。洗った後の乾燥が大事だと聞いたから、お母さんに頼んで、水筒は2本用意してもらっていた。それぐらいの徹底ぶりだった。
お母さんに頼んだ際にその理由を聞かれて正直に答えた結果、笑われてしまった。
『
下手に何かを言ったら、お母さんにまでこの考えを否定されそうだと思った。だから、ただ
高校生になる年齢の頃には、学校にも行かなくなってしまった。けれど、少しでも外出した日は、家にも帰っちゃいけないと思うことが少なくなかった。別にお母さんと仲が悪くなった訳じゃない。むしろ、僕の誕生日ケーキに立ててくれるロウソクの数だけ、お母さんの愛情を感じ取れるようになった——と思う。
だからこそ、外のけがれにお母さんを触れさせたくないと思った。自分ならまだ身体の勝手もきくし、けがれに触れても病気になりにくいと信じていた。
だから、
アルバイト先の同僚や先輩方からは時々、僕の考えを話すと、変なこだわりだと指摘された。
——そんなことは、僕が一番分かっている。
そうやって声を荒げても何も意味がないのも、その頃にはよく分かっていた。だから、怒りや悲しみも全て、僕の内側にしまい込んだ。
けれど、こんな風に受けた心のけがれはどうしても僕の気持ちを少しずつ変容させる訳で、そういう日は決まって家にも帰りたくなかった。まだ軽い時は夜道を30分程度散歩するだけで収まるものの、気分があまりにも重く沈んでしまった時は、日が昇る頃合いの時間帯まで外でぼうっとしてることも多かった。
そんな生活を続けていく内に、いつの間にか、僕はまたあの公園に立ち寄るようになっていた。何も考えずにただその日を一所懸命に生きるだけで良かったあの頃に、それこそ、小学生の頃に戻りたいという深層心理なんかも働いていたのかもしれない。
深夜の公園は、いつだって
結局は掃除をしてもある程度の汚れは残るし、気持ちのけがれはそうそう消えない。そういう時こそ、僕は歌うようにしている。アルバイト終わりはもう外は真っ暗で、人の姿も家の灯りも見えない。だからという訳ではないけど、鼻声程度の迷惑にならない声量で歌う。歌で身体の中の空気を入れ替える、まさに換気みたいなイメージ。
深夜の公園で、歌を謳うこと。これだけは誰にも話したことがない趣味だし、誰にも話したくもない。言っても、その経緯までは、どうせ共感してもらえないから。
——僕は、異常者なのだろうか。
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2025/1/4 00:53
累 日和[かさね ひより]
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