第6話 推し

 私の彼氏のリューマくんは、カッコ可愛い。



――美奈、食事中にスマートフォンを出すのはやめたまえ! ラーメンを食べるときはラーメンに集中するのが礼儀! そもそも何をしていたのだ!



 生真面目でお堅い優等生だったけど、かなり天然だったり残念なところもある。



――いんや~、メンゴ。推しの配信にちょいと投げ銭をさ~、少ないけどさ~


――オシ? 投げ銭……とはどういうことだ? あ、いや、分かるぞ、美奈! ぜ、銭形のことだろう! そしてハイシン……背信……そうか、裏切者の回か! 僕も銭形平次は大好きだから、全部の話題についていけるぞ! ……し、しかし、オシとは……

 


 いや、ほんとにそういうこところがギャップというか、とにかく可愛すぎるんだよ、私の彼氏。

 好きで、そしてギュってしたくなるんだよ。

 それでいて、自分の今まで知らないものや興味のないことも、私が好きだったりするとすぐに勉強してくれる。


「なるほど……素晴らしい歌声だな……『傍仁亜琉そばにあるちゃん』……これが美奈の『推し』というものか……」


 お昼休み。

 人通りも少ない校舎裏。

 リューマくんはスマホの画面をジッと見ながら、生前私が推していたVチューバ―の「亜琉あるちゃん」のアーカイブを視聴している。

 ちなみにクロースちゃんは大手プロダクションに所属する「現役JK天真爛漫系妹」という、デビューからまだそれほど経っていないけど、最近人気急上昇中。

 

『今日はここまでなのです~……まだ私を妹と認めてくれない、兄さん、姉さん……チャンネル登録はま~だなのですか? 私はいつでも、あなたのそばにあるのです~』


 ファンを「兄さん」、「姉さん」と呼び、常にニコニコ全開で一生懸命で、色んな企画に挑戦したり、歌唱力も抜群で歌枠でも信者を増やし続けている。

 ま、私が推していたのは、もっと別の理由なんだけど……


「まだデビューしてそれほどではないため、上がっている動画はそれほど沢山あるわけではない……全部見るのにそれほど時間はかからないな……」


 そして、流石は勉強熱心なリューマくん。私がほんの少ししか布教しなかった亜琉ちゃんをすぐに勉強している。

 だけど、その理由は……


「……今なら美奈と……この亜琉ちゃんとやらについて語り合えたのだけどな……」


 抱きしめたい、今のリューマくん!

 泣かないで、そんな寂しそうに笑わないで、つらいよ、君のその顔は!

 幽霊としてまだしばらく現世を漂えることで、リューマ君をこうして眺められる眼福を味わえる~、リューマ君を寝取ろうとする不届きモノはもう少し邪魔しちゃお~、なんて思って、学校でもリューマ君に張り付いていたけど、やっぱりリューマ君を見ているとつらくなる。


「そういえば、美奈は投げ銭という課金をしていたが……未成年がそのようなことをしていいのだろうか? ……いや、だが、美奈の分も僕がこの亜琉ちゃんを最低限応援すべきだろうな……」


 教室でも、色んな人がリューマ君にどう接したらいいかを測りかねてるって感じで、それをリューマ君も感じ取って、居心地悪くなってこうして人目のつかないところに来たみたいだけど、そんな状況下で、今まで知らなかったくせに私の推しの配信を見ているなんて、切なすぎるよ。


「むむ、しかしこれは……ヤホーニュースにも載っている……この亜琉ちゃんが諸事情で活動休止……メンタル面とのことだが……こんな明るい人も、やはり人なのだな……いや、こんな有名な人だからこそ、常日頃から僕たち一般人には想像もできないプレッシャーや、周囲のコメントも多いのだろうな……」


 やっぱり、どうにかして彼の心を……死んだ私じゃない……やっぱり生きている誰かが―――


「先輩、こちらにいたのですか?」

「あ……妹……さん?」


 と、おんや? まさかこんなところにマイシスター・ニアが来るとは……


「お昼……お隣、いいですか?」

「え、あ、でも、僕はもう……」

「お邪魔します」

「…………」


 おいこら、マイシスター。まだ、リューマくんは何も言ってないのに、何サラッと隣に座ってんだい? 優しいリューマ君が強く拒否しないというのを見越して強引か? 

 いつも主義主張はそこまでアグレッシブじゃないニアがこんなに強引ということは、やはりお墓での寝取る宣言はガチ?

 

「え……せ、先輩、そ、その配信!?」

「あ、ご、ごめん、食事しながらスマホは行儀が悪いとは知りつつも……」


 と、そこでニアがリューマ君のスマホを?! こりゃまずい! 


「そ、その、えっと、そのVは……」

「あ、ああ……そうか、君も知っているのかい? 君のお姉さんの推しとやらだったから……ごめんね、妹さん……君にはつらい―――」


 リューマくんが申し訳なさそうにスマホの画面を閉じようとする。

 そう、リューマ君はこう思ったはず。

 

 生前、姉である私が好きだった配信者。妹であるニアも認識しているはず。それはすなわち、その配信者の姿を見るだけで、ニアもつらくなる。という優しさから。


 だけど……


「い、あ、い、意外です、せせ、先輩、ま、まさま、先輩が、亜琉の動画を……え、亜琉のこと好きなんですか!? 推しなんですか!? 兄さんなんですか!?」


 と、いつもはクールなニアがメチャクチャ鼻息荒くして目をキラキラさせてリューマ君に食い寄った。


「え、あ、えっと、い、いや、僕もそこまではまだ……今は色々と勉強中で……君のお姉さんにこの間、教えてもらってね……」

「そうなんですか……そ、そうですか、先輩が亜琉のこと認識…………姉さん、ひょっとして亜琉の身バレさせてないよね?」

「妹さん?」

「え、あ、いや、なんでもないです~。こほん、そ、それで、先輩から見た亜琉はどうですか?」


 おやおや、ニアったら嬉しそう、興奮してる……そりゃそうか……



「うん。なんだか見ていて応援したくなるね……僕に妹はいないけど、みんなの妹っていうのはよく分かるかな? いつもハイテンションで……そして、挑戦する心は見事。このレトロゲームをクリアするまで耐久……途中、泣いてるし癇癪している……けど、弱音を吐いても諦めない、そして自分だけではなく『兄さん、姉さんと一緒にやってやる』って、自然と出てくる言葉にグッとくるかな……あと、歌もとてもうまいね」


「////////////////////////////////」


「あと、この視聴会というのは面白かった。『ミリしらが銭形平次を見てみた』……こんな子が僕も好きなものを『偶然』見ていて、そして名場面でのこのリアクション……とても見ていて『その反応は分かる』とうなずいてしまったよ」


「はう……だ、だって、姉さんから先輩の好きなものって……」



 おいおい、もう茹蛸じゃん、マイシスター。


「だから……今なら美奈と語らえたのになって……」

「ッ、せ、んぱい……」

「でも、だから美奈の分も応援したり、少額だけど投げ銭というものをしてみようと思ったけど……どうやら彼女、ちょうど活動休止とのことで……色々とタイミングが悪かったなって……」


 そう言って、また切なそうに微笑むリューマ君。

 その横顔を見て、ニアは……


「先輩、大丈夫です」

「え?」

「亜琉は復活します……すぐ復活します。ええ、復活します」

「妹さん?」

「だから、先輩、私と語り合いませんか?」


 あっ、ニアが決意の表情……こりゃ本気だね……













「マネージャー……お世話になってます。はい。もう大丈夫です。活動休止? いいえ、色々とつらいですけど、先輩――――こほん、ファンのためにもすぐに復活します!」


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