足音でぶっ殺す歌。
エリー.ファー
足音でぶっ殺す歌。
私は、踊っている。
狂っていてもいいじゃないか。
踊っていてもいいじゃないか。
リズムの中に、自分という人間の生き方を見つけている。
この湖に、自分という姿を作り出しているのだ。
私には、何の過去もない。
生きているという実感すらない。
足音が聞こえてくる。
何の足音か。
きっと、それは、死だ。
その死の足音が、私を殺しに来るのだ。
いや、正確に言おう。
ぶっ殺しに来るのだ。
私には、私だけの道が用意されていると思っていた。
しかし、そうではない。
本当は、すべて幻だったのだ。
死が近づくことによって、自分には何かがあると思わされた。
正確には、そう思うことで、自分の人生の価値を再認識したくなってしまう。
幻に浸かってしまいたくなるのだ。
自分に送った手紙が、自分に返ってきてしまうのような感覚が、私を襲う。
どこにも行けない。
私は、この湖の中で生き続けるしかないのか。
私の寂しさを、解消する手立てが私の中にしかないのだ。
私は、今、私という人間の使い方を憶えている最中である。
ラップをしてみた。
でも、まともに韻を踏むこともできなかった。
音楽というものすら理解できない。
私には、何が残っているというのだろうか。
私という人間に、社会はどのような期待をしているというのだろうか。
私のことを望んでいる世界が存在しているのだろうか。
今、私は、この湖の中に、自分の影を見ている。
何がいるのか分からない。
私でさえ、いないのかもしれない。
魚がやってきて、私のことを見て笑う。
「こんなところで、何をしているのかな」
「私は人間をしています」
「魚として、こんな水中に人間がいたら困ったものだ。わけを聞きたいね」
「質問の意図が分かっていなくてすみません」
「会話なんて、そんなものさ」
「私は、自分を見失っています。だから、沈んでしまったのです」
「人間という生き物は、自分を見失うと沈んでしまうのかい」
「正確には、湖に呼ばれたといった方が正しいかもしれません」
「あぁ、金とか、銀とかあるからね」
「そうです。つまり、新しくて、質の良いものに変わってこい、という大いなる意思に導かれたのかもしれません」
「本当に、君は不思議なことを言うね」
「そうですか」
「そんなものは存在しないよ」
「そんなことはないでしょう」
「だって、大いなる意思なんてものはないからさ」
「ないのですか」
「聞いたこともない。魚が断言しているのだから、信じなさい」
「本当でしょうね」
「じゃあ、大いなる意思の正体について教えてあげよう」
「はい」
魚は海月へと変わると水面に向かって泳ぎ出した。
「君の中の声だよ」
海月が水に溶けて消える。
「私はどこへ行けばいいのだろうか」
またも魚がやってくる。
「君にとって、この湖は、一つの社会そのものだ」
「そう思います」
「いつかやって来る本番の社会の予行練習ができるわけだ」
「つまり、厳密には社会ではないということですか」
「違う。ここに居続けるのであれば、ここが本番の社会になるということだ。直に分かる」
私はまた、湖の中で過ごすべきかどうかを考える。
そう、湖の底にいる。
中ではない。
そう、ずっと中と言っていたのに、底だったのだ。
その瞬間。
私は湖から出た。
寒かったが、心地よかった。
足音でぶっ殺す歌。 エリー.ファー @eri-far-
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