容疑者面会
「よろしい?」
明らかに廊下にも聞こえるほどの熊野さんの怒号が聞こえていたが、冷子は恐れずに、扉を開けた。龍神と小虎さんはフローリングの床に正座させられていた。熊野さんは椅子に座って、二人に手を出しそうな勢いで、𠮟っていた。熊野は私達の姿を見つけると、怒りを噛み潰すようにして、怒ることを止めた。
「どうかしましたか?」
「新色さんってどこにいるの?」
「……それはどういう意図ですか?」
「言ってたでしょ? 人を殺した人と喋ってみたいって」
「地下の一番奥の部屋です。勝手に新色さんを出されたら悪いから、鍵はもちろん渡しませんけどね。おそらく、扉越しでも会話くらいはできるでしょう」
「確かに、結構廊下まで響いてましたもんね」
「……」
「ありがとうございました。それではごゆっくり~」
やっぱり、冷子は発言に気を付けてなどいないな。私はそう思った。冷子は扉を閉めて、エレベーターに向かう。私達は三階からエレベーターに乗って、地下の一階まで降りた。
地下一階の一番奥の部屋の両開きの取っ手には鎖がぐるぐる巻きにされて、南京錠が掛けられていた。私達はその部屋の前に立つ。冷子が南京錠のかかった扉にノックを入れる。
「はい! 誰かしら?」
「冷子です」
「ああ、ロリポップちゃんね。もしかして、梨子もいる?」
「ええ……」
「梨子は答えを出せたのかな?」
「……」
冷子は首をかしげて、私に説明を求めたが、私は答えなかった。
「まあ、一旦その話は後でいいかしら」
「ええ、いいわよ。急ぐような答えでもないからね」
「なら、私から質問していくわね。まず、新色さんはこの事件の犯人ではないわよね?」
「ええ、もちろん。犯行に何一つ関わっちゃいないわ」
「なるほど……。それじゃあ、事件の真相は知っている?」
「おそらくね」
「……それは、あなたが見た世界にヒントがあるってこと?」
「そうね。昨日も言ったけど、私は一度見た景色を細部に至るまで忘れないの。だから、その見た景色から考えて、おそらくこうだろうなって推測が付いた感じかな」
「おそらく真相は教えてもらえないわよね」
「ええ、もちろん。そうでないと、素直に捕まってないわよ」
「じゃあ、真相にたどり着いた景色を見た場所については教えてもらえる?」
「いいわよ。事件は二つあったから、景色も二つあるわけだけど、一つ目の事件に関しては、梨子とアトリエ側の山に登って、周りを見渡した時の景色よ。土竜の淵から全体を見渡した時、少し考えてから分かったわ。
そして、二つ目の事件については、梨子にも言ったけど、爆発を土竜の淵から見た景色ね。その景色を見た瞬間に分かったわ。そのために、雪崩を起こしたのかって思ったわ」
「……それじゃあ、犯行の動機は分かる?」
「明確に分かるわけじゃないけど、狼谷君の一件が関わっているんじゃない?」
「狼谷さんね。研究中の事故死ってことは知っているんだけど、その件?」
「それでしょうね。私の予想の話だけどね」
「……なら、研究員の誰か?」
「それはどうかしらね? 武者さんってこともあるでしょう? あの人と狼谷さんって仲が良かったと思うから。
それに、私はまだ犯人って言葉を一度も使ってないわよ。狼谷君の事故でクラークって言うロボットが廃棄されたからね。AIロボットがその怨恨でって可能性もあるでしょう?」
「なるほど……」
「これで質問は終わりかしら?」
「一旦わね」
「まあ、今日中に警察は来ないそうだから、今日はここにずっといるから、いつでも来てちょうだいね」
「ええ、分かったわ」
「ああ、そう言えば、梨子がそこにいるんだったわね」
「……」
「私のした質問は哲学的で、答えの無いものだけど、私は明確な答えを持っているわ。そして、梨子も明確な答えを持つことができるはずよ」
「明確な答え?」
「梨子は答えの出せる人間よ。だから、私は問いかけた」
新色さんはそう言って、黙り込んでしまった。
「もう行きましょうか」
AIが人間の能力を全て奪ってしまうような世界で、私が私の生きる理由を見出すことのできる人間なのだろうか?
私はそれほど強い人間として、死なずにいれるだろうか?
私はそんな自問自答を繰り返すが、自分の中には負の感情だけが溜まっていく。私は何もせずに、なんとなく大学生になって、なんとなく就職して、なんとなく社会を生きていく。それが人間らしいと自分を肯定できるのか?
機械の方が人間らしく、人間の方が機械らしくはないか?
私は酷い疎外感に襲われながら、自己否定を繰り返すのだった。
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