不可解と不可能2
「やっぱり、間違っているんだ」
私は一つ目の事件と同じ流れで、否定が来るのではないかとにらんだ通りだった。
「まあね。とりあえず、あの推理の穴から説明しましょうか」
「その言い方だと、それ以外の否定もありそうね」
「あるけど、それは後出しジャンケンみたいだから、梨子でも推理できるものから先に説明しておくわ」
「……私は熊野さんの推理に、何一つ否定材料を見いだせなかったけどね」
「じゃあ、質問だけど、新色さんはロープをどこに隠し持っていたんでしょう?」
「どこに? 事前に用意していたんじゃないの?」
「新色さんは手ぶらで村を出て行ったのに、いつロープを用意できたの?」
「……確かに」
「雪崩で雪山は荒れるだろうから、ロープを事前に置いておくことはあまりお勧めできない。首吊りロープは結構しっかりした縄でしょうから、かなりの体積があるはず。
だから、細身の新色さんが服の中に隠せば、不自然に着膨れするでしょうね。おそらく、新色さんがロープを服の下に隠していたなら、監視カメラで村から出る一部始終を見ていた熊野さんが、新色さんの着膨れを不審に思うでしょうね。
よって、ロープを用意できない新色さんは、首吊り死体を用意することは難しい」
「なるほど……」
「正直、これだけでは否定材料として弱いかもしれない。
だけど、そこで私が見つけた証拠があるの」
冷子は白衣のポケットから、壊れた金ピカの腕時計を取り出した。その腕時計は、城仙所長が身に付けていたものと同じだった。腕時計が差している時間は、八時の少し後だった。
「これは、アトリエ側の山で見つけたものよ」
「ってことは、城仙さんはアトリエ側の山で捜索を行って、その最中で殺されたってこと?」
「そう考えられるわね」
「そうなると、新色さんが城仙さんを雪原側の雪山におびき寄せたっていう熊野さんの推理は、余計に成り立たないことになるわけね」
「そう考えるのが妥当ね。ただ、ここで出てくる問題は……」
「どうやって、城仙さんの死体を反対側の山に運ぶか?」
「その通りよ。
アトリエ側の山で城仙さんを殺して、雪原側の山にどうやって死体を持っていき、首を吊らせるか? これが今回の謎ね。
もちろん、普通に運ぶことは出来ないわ。山と山の間の道は、小虎さんが見回っていたはずよね。だから、小虎さんに見つからないように、雪崩の雪の向こう側から大回りで移動する必要がある。
でも、そこまですると、時間がどう考えても足りない。城仙さんの身元が不明になっている期間は、七時から十時までの三時間しかない。この時間をフルで使っても、死体を持って、雪崩の奥に回り込むことは出来ないでしょうね」
「なら、土竜を使ったってこと?」
「そう考えても謎は残るわ。土竜を開けて、反対側の山に移動すれば、雪原にいる小虎さんの目を気にする必要はない。
でも、死体を持ちながら、はしごを上り下りする必要がある。普通の人間にはとてもできない芸当だろうね」
「でも、城仙さんの死体を落としてしまえば、時間短縮になるんじゃない?」
「それは、城仙さんの死体が綺麗な状態だったことから否定できるわね。土竜の高さは百メートル以上あると龍神君が言っていた。だから、城仙さんの死体を土竜の穴から落としたなら、人の原型を保てない程に死体が傷つくでしょうね。
ちなみに、下りは落として、上りは滑車でも使ってみようと思っているかもしれないけど、雪崩の前に首吊りロープが無かった理屈と同じで、滑車の取り付けもなかったものと考えていいでしょうね。
でも、土竜の内部に滑車を事前に仕込んでいた場合はあるでしょうね。冬の間、土竜は誰も使っていなさそうだから、犯人が土竜の中に何かを仕込んでいた可能性はある。
けれど、滑車があったところで、滑車で死体を持ち上げた後に、自分も上がらないといけないから、死体を落とすほどの時間短縮にならないでしょう。だから、あまり時間短縮という利益がないわね。
じゃあ、土竜での死体運搬を極めていたと考えても難しいでしょうね。どう頑張っても、土竜での死体運搬には、四十分よりも時間は掛かるでしょうからね。
その上、土竜での死体運搬が短時間で出来たとしても、ロープをどうやって木に結びつけるかっていう問題が付いて回るわね。
熊野さんの推理では、雪崩の雪を足掛かりにするって言う方法だったけれど、土竜の穴を使うために、土竜周辺の雪は溶かしてしまっている。だから、雪を足掛かりにロープを枝に結びつけることは出来ない。
だから、移動で土竜を使ってしまうと、首吊りが難しくなるというジレンマがあるわけね」
「……なんで、犯人は殺した場所に、死体を放置しておかなかったのかしら?」
「そうよね。そこのなぜの部分も、今回のポイントになって来るでしょうね。芸術としてしまえば、簡単。
それでも、犯人が合理的なら、もっと別の理由があるはずなのよね」
「最初の事件と同じで、アリバイ工作とか?」
「まあ、それが有り得るところでしょうね。反対の山への死体の運搬は、時間のかかりそうな作業に見えるから、アリバイ工作には適した現場の状態だと思うわ」
「今のところ、どれだけ時間をかけても、難しそうだけどね」
「確かにそうだね。
それに、考えなければならないのは、これだけじゃない。まずは、首吊り死体であるにも関わらず、両胸に二つ傷を付ける理由」
「ああ、確かに!」
「時計の落ちていた場所の近くには、城仙さんがもがいたであろう雪の跡が残っていたわ。しかし、そこが殺害現場だとすると、その周辺には血などは落ちていなかった。となれば、殺害は刺し傷による出血死ではなく、絞殺が用いられた可能性が高い訳ね。
そう考えると、犯人は城仙さんの首を絞めて殺した後、両胸を鋭利なもので刺したことになる。その理由は何?」
「……血を抜いて、体重を軽くしておきたかったとか?」
「ありえない話じゃないわね。人間の七十パーセントは水だから、血を抜いておくことで、体重は相当変わるでしょう。でも、それなら、両胸じゃなく、体中に傷を付けて、血を抜く方がいい。
さらに言うなら、死体の腹を裂いて、死体から臓器を取り出す方がもっと軽量化ができるでしょうね」
「グロいね……」
「それに、返り血の問題もあるわ。両胸を刺したってことは、心臓近くの血管を切っているはずだから、返り血を浴びるはずよね。この村のほとんどの人間が白衣を着ているから、血の赤は目立つはずなのよね。もちろん、着替えれば済む話なのだけれど、着替えの時間も相当のタイムロスよね。
さらに言うなら、血がどこにもついていなかったことも引っ掛かるわね。私はアトリエ側の山を入念に探したけれど、雪の上に血らしき跡はなかったのよね」
「返り血のリスクまで犯して、両胸だけを指す意味か……」
「もちろん、問題はこれだけじゃなくて、爆発の意味やディックが破壊されていたことも気になるわ。
爆発によって、何を破壊したのか?
ディックが爆発に巻き込まれたことに何か意味はあるのか?
爆破には何かの証拠隠滅が含まれるかもしれない。もしくは、ディックが壊された理由は、犯人にとって不利になる情報を得たディックを爆破で処理したって可能性もある。ディックの頭のメモリーログはおそらく修復不可能なくらいに壊されていたからね」
「とりあえず、謎がたくさんあるってことね」
「そうね。一つ目の事件の謎も放置したままだしね。謎が山積みだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「考えても、これ以上何も出てこないだろうから、聞き込みに行きましょうか」
「誰に?」
「それは、新色さんに決まっているじゃない」
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