大雪の朝
私は冷子が出てからしばらく湯に浸かって、水が噴き出す仕組みを考えていたが、全く思いつかなかった。
垂直の反対は平行だったけ? 一体どういう意味だろう?
皆、なんで私にこんなにも質問投げつけてくるの? Yahoo! 知恵袋じゃないんだけど!
そんなことを考えて、もやもやしながら私が二階に戻ると、冷子の姿は無く、置手紙が残されていた。どうやら、もう一度研究棟に戻って、所長らと研究を進めるからこの部屋には帰らないとのことだった。
なので、私はそのまま布団の上に眠ってしまおうとしたが、残間さんの経験から部屋の扉は閉めておくことにした。冷子は帰ってこないと言っているし、ドアを叩かれればさすがに起きるだろう。私は部屋の鍵を閉めて、布団の中にもぐりこんだ。いろんなことがあったおかげで疲れ切った私の体が眠りに落ちるのは一瞬だった。
_________
私が目覚めた時、今度は誰も首を絞めていなかった。
何時かスマホで確認すると、朝の八時だ。昨日は何時に寝たのか忘れたが、結構寝たのかもしれない。私は布団から上体を起こすと、伸びをして、一つ欠伸を吐いた。
私はスーツケースを漁って、自分の着替えと思われる服に着替えた後、部屋の鍵を開けて、一階に下りた。すると、一階には武者さんが廊下を歩いていた。
「やあ、梨子の嬢ちゃん」
「おはようございます。武者さん」
「昨日の夜は眠れたかい? 風の音がうるさくなかったか?」
「風の音? 私は一度も起きることなかったですけど……」
「おや、気付かなかったかい? 相当な吹雪で家の中までびゅうびゅうと音が聞こえて来ていたんだが……」
「そうなんですか? 全く気が付かなかったです」
「そうかい、随分眠りが深いんだねえ。……玄関を見てみると分かるよ。玄関口に相当雪が溜まってやがる」
「相当降ったんですか」
「ああ、今季一の大吹雪だな」
私はそう言われて、玄関に向かった。すると、玄関のガラス戸の奥の道路には、膝下の高さまで雪が積もっていた。昨日一日で、それだけの雪が降ったということだ。屋根下の玄関にまで雪が積もっている。
「これ、開くんですか?」
「さすがに開くと思うが、試してねえから」
「じゃあ、試してもらえますか?」
「……確かに、試したら良かったのか」
武者さんはそう言って、ズボンのポケットからカードを取り出し、玄関のカードリーダーにかざした。すると、玄関は建付けが悪そうに開いた。玄関の屋根下に積もった雪が少しだけ玄関の中に入ってきた。
「あらら、こりゃ相当だな。どうやら、大きな道路は自動運転の除雪車が走ったから大丈夫そうだが、玄関前は雪かきしないといけねえな。星にでもやらせるか」
とりあえず私は外に出る理由もないし、外に出たら中に入れないので、朝の身支度を始めることにした。
私が身支度を終えたのは九時頃だった。朝ご飯は残間さんに取り残されたハインラインが作ってくれた。武者さんは星(キイス)に玄関の雪かきを任せて、部屋に籠っているようだった。
私は何もすることが無く、暇を持て余していた。そんな時に、新色さんが九時半に、私のいる宿舎を訪ねてきた。訪ねてきた新色さんは、トレードマークの大きなリボンのカチューシャを着けておらず、髪の毛がボサボサで、目が片方隠れている有様だった。
「ここに、アシモフが来てない?」
私が新色さんの髪型を発言する前に、鬼気迫った顔で新色さんは聞いた。
「いないんですか?」
「ええ、十時前にアトリエで起きたんだけど、どこにもいないの。私がアシモフから離れることはあっても、アシモフが私から離れることなんてほとんどなかったのに……」
「……とりあえず、この宿舎には来ていなさそうなんで、冷子達に聞いてみましょうか?」
「……そうね」
新色さんはアシモフがいなくなって、本当に焦っているようだった。
「そういえば、残間さんは一緒じゃないんですか?」
「……雪乃は帰ってないの?」
「……ああ、雪乃って残間さんの下の名前でしたっけ? おそらく帰ってないと思いますよ。ハインラインが暇してますからね」
「実は、私とアシモフ、雪は昨日の夜にアトリエで寝たことは覚えているんだけど、朝起きたら、私以外がいなくなっていて……」
「二人に何かあったのかな? まあ、ひとまずそれも含めて、研究棟の人間に伝えましょう」
新色さんは小さく頷いた。昨日の雪で寝ていた自由な人間とは思えないほどの落ち込みようだ。私は知らなかったが、昨日の夜は相当な吹雪だったから、二人の安否がより気になるのだろう。私は新色さんを連れて、研究棟へと向かった。研究棟が見えてくると、玄関前で熊野さんが雪かきをしていた。
「おはようございます、梨子さんに新色さん。ちょうど所長と冷子さんの会合が終わったところです。……どうかしましたか?」
「単刀直入ですが、アシモフがこの研究棟に来ていませんか?」
「……いないんですか? 少なくとも研究棟にアシモフは来ていなかったと思いますが」
「そうですか……」
「アシモフがいなくなったのはいつからなんです?」
「記憶がある内では、昨日の夜十二時までにはいたと思うんですけど、寝てからの記憶はなくて、朝の十時に起きた時にはいないようでした……」
「なるほどね。もし、アシモフが今日の深夜の二時までにこの村に来ていたなら、足取りは掴めるだろうけどね」
「……なんで、二時までなんですか?」
「それは、この村の監視カメラが二時までしか映っていないからだよ」
「二時になったら監視カメラの撮影は止めるんですか?」
「いいや、昨日の大雪で、監視カメラが全て止まってしまったらしいんだ。だから、その対応に小虎君と龍神が出ているんだけどもね」
「監視カメラにアシモフがいないか、確認させてもらえませんか? それに、雪乃も見当たらないですし」
「残間さんもですか?」
「はい、残間さんもアシモフと同じく見当たらないんです」
「なら、今すぐ監視カメラを確認する必要がありそうですね」
熊野さんは雪かき道具を一旦地面に置き、研究棟のカードリーダーにカードかざした。私達は熊野さんについて行った。
__________
「とりあえず、監視カメラを見る限りでは、二時までにアシモフや残間さんはこの村に入ってきていませんね」
研究棟一階のモニター室には壁一面の監視カメラの映像があった。監視カメラは村のいたるところに設置されているようだった。全ての建物を全方向から見ることができるようになっており、この村に死角はなさそうだった。
「一応、カードのログも見ておくか」
熊野さんはそう言って、パソコンを操作した。
「宿舎のカードリーダーが今日初めて読み取ったのは、八時の武者さんですね。研究棟の場合は六時に龍神だ。他の建物が昨日から開かれた記録はないから、二時以降に残間さんが建物に玄関から入った形跡はないですね」
「まさか残間さんが窓から侵入したってことは無いでしょうし、外で一夜を明かしたとは思えませんから……」
「遭難って可能性がありますね。おそらくアシモフも一緒に」
「……」
「とりあえず皆にこの事実を伝えて、残間さん達を捜索してみることにしましょう」
「はい……」
熊野さんはそう言って、モニター室を出て行った。
「……私達はどうしますか?」
「私達も探しましょう。実はアトリエ以外を探さずに来ちゃったから、もう一度、アトリエ付近に戻って探してみようと思うの」
「私も手伝います」
私はそう言って、新色さんについて行った。
_______________
昨日ぶりに新色さんのアトリエの近くに戻ってきた。新色さんは再びアトリエの中を確認したが、残間さんとアシモフはいなかった。
「そうなると、山ですかね?」
「そうね。なぜ山に登る必要があるかは分からないけども……。いや、土竜があるのか」
「土竜?」
「とりあえず山を登っって見れば分かるわ。雪用のブーツ貸してあげるから、一緒に探しましょう」
新色さんはアトリエから持ってきたであろうブーツを私に手渡した。私は普通の運動靴をもらったブーツに履き替えた、新色さんと私は同じ身長くらいだから、靴のサイズはぴったりだった。
「ぴったりです」
「良かったわ。雪乃からもらったんだけど、私はブーツなんて履かないから」
私は新色さんの足元を見つめると、白いスニーカーだった。おそらく雪の上で寝ているから、感覚が麻痺しているのだろう。
私と新色さんはアトリエのある方の山を登った。意外と雪は重く、もの凄く沈み込むということは無かった。もちろん、腰下まで雪が来るので、歩きにくかったが、意外と簡単に山を登ることができた。ある程度登った所で、新色さんが指を差した。
「これが土竜」
新色さんが指差した先を見てみると、山が緩やかに下降していた。まるでお椀のような形状で、縁から四メートルほど下降していた。おそらく、谷の中に雪が落ちているからか、谷の淵には雪が少なかった。
「大きな土竜が穴を掘ったみたいになっているわよね。実際、この山の凹みの真ん中には廃炭鉱の穴があるしね」
「廃炭鉱の穴ですか?」
「ええ、向こうにも同じような穴があって、地中でつながっているのよ
(近況ノート:土竜の断面図を参照
https://kakuyomu.jp/my/news/16818792436526574305)」
「炭鉱って、真下に掘るものなんですか?」
「この村に訪れた建築家が土竜を作ったらしいわ。何のために作ったかは知らないけど」
「……この真ん中に穴があるとして、どうやって入るんですか?」
「それは私のアトリエと同じシステムで、この山には電熱線が張り巡らされているから、雪を溶かして入るのよ。溶けた雪は排水溝を流れて、外に出るのよ」
「これまた建築基準法に違反しそうな……」
「でも、土竜の雪が溶けていないから、土竜の中にいる可能性は低そうね」
「そうですけど、これだけ山が高いんですから、見渡せば何か見つかるかもしれませんよ」
「そうね。一度周りを見渡して……」
新色さんはクルリと首を動かして、来た道を振り返った。すると、ある一点で顔を止めた。そして、新色さんは目線が止まった先を指差す。
「あれ……」
新色さんが指差した場所は、彼女が言っていた雪のキャンパスのちょうど中心だった。大きな雪原の中心にだけに何か黒い影ができている。
「何かある?」
私はその影の正体を見分けることができなかったが、新色さんはその影が何か分かったようで、口を押えて、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
私は嫌な予感がして、スマホを取り出し、その影をズームする。段々と鮮明になる影の正体は、アシモフの残骸が残間さんと思われる死体を抱きかかえている様子だった。
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