噴き出る気持ちと温泉

「梨子~! 温泉行かない?」

「温泉?」

 地獄の懇親会は終わった。冷子と私は二階の客間に戻ってきていた。


「ここのお風呂、露天風呂だってさ。


 さっき、ずっと外に出てたし、体冷えてるんじゃない?」

「……そうね」

 冷子は私の返答を聞くと、私の旅行カバンを勝手に開けて、バスタオルやら着替えの服やらを勝手に取り出した。そして、冷子は着替えやバスタオルを我が物顔で、私に手渡した。


__________


「やめろ! 龍」

 私達が一階に下りると、小虎さんの怒号が飛んできた。龍神の太い腕を小虎さんは片手だけで静止させていた。


「小虎姉さんはいいんすか? あんなこと言われて……」

「冷子に言い負かされて、残間さんも気が立っているだけだ」

「あらら、そんなことなくてよ。冷子さんも最後に負けを認めていたじゃない」

 冷子の顔を覗き込むが、クエッションマークが頭の上に付いていそうだった。

「……ともかく、龍は落ち着け」

「小虎姉さんはいいって言うんすか?」

「所長が許すことも大事だと言っていただろう」

「……納得してるんすか! 狼谷かみやさんのこと!」

「黙れ」

 空間が一気に凍り付くような冷淡とした声だった。小虎さんの言葉に誰も口を開けようとしなかった。


 私が思わず後ずさりをすると、床のきしむ音が鳴り渡る。その音に玄関前の皆がこちらを向いた。私は咄嗟に微笑みながら、皇族のように、胸の近くで小さく手を振ってしまった。行動中にとんでもない悪手だと気が付いたが、動いた手を止められなかった。


「……ひとまず、残間さんは新色さんのアトリエに泊まるんだろう? 吹雪かない内に早く行ったらどうです?」

「言われなくても、そうするつもり。あなた達が引き留めて、勝手に怒っただけだからね」

 残間さんはそう言って、玄関の扉を開けて、外へ出て行った。私達は少し間を開けて、玄関へと向かった。


「……大丈夫ですか?」

「すまないね。懇親会も、今も見苦しいものばかり見させてしまって……」

「いえ……」

「……龍、帰るぞ」

「……はい」

 小虎さんと龍神は玄関から外へ出て行った。その時、小虎さんが白衣に入れたライターを握りしめていた。


_____


「ああ、いい湯だ~!」

 呑気な冷子の声が湯煙の中から聞こえる。私と冷子氏かこの風呂にはいないようだ。風呂は一つしかないし、おそらく混浴なので、誰かがいたらどうしようかと思ったが、大丈夫だったようだ。冷子は自然石のような岩に囲まれた風呂の中を、クロールで泳いでいた。


「そういえば、ハンマーを新色さんのアトリエに忘れちゃったのよね~」

「そう言えば、龍神の車に乗り込んだ時には、持ってなかったわね。でも、もう必要ないんじゃない」

「そうね~」

 冷子は湯船の淵を沿うように、クルクルと平泳ぎをしている。こんな坊ちゃんみたいな人間がいたんだなと思いながら、湯船でまったりした。


 私はそんな中、ふとした考えが頭の中をよぎった。


「冷子は雪解けの色って分かる?」

 冷子は泳ぎを背泳ぎに切り替えていた。個人メドレーをしているらしい。


「可視光の中のどれかでしょうね。色なんだから」

「……人間らしくない答え」

「雪解けの定義がない以上、私は今の返答より答えの幅を狭めることは出来ないね」

「AIみたい」

「それは誉め言葉よ」

「じゃあ、古いAIみたい」

「……そういえば、梨子、アシモフにも同じような質問してなかった?」

「ああ。……うん」

 確かに、私は新色さんを見送った後、アシモフに同じ質問をした。


 アシモフは雪解けの色に明確な答えを持っていた。


 私と同じく、新色彩華と答えた。


「なんで、同じだったんだろう……」

「なんて?」

 冷子はバタフライを始めていて、温泉の水がバシャバシャと跳ね、私の方へもかかってきた。さらに、湯船がうねるように揺れている。

 

「湯、なくなっちゃうよ」

「無くなんないよ。源泉かけ流しでしょ」

「確かにそうだけど……。


 そういえば、この村は炭鉱はもう取れなくなった上、温泉は枯れたって聞いてたんだけど」

「そうだね。炭鉱から石炭はもう取れないんだけど、温泉は最近掘ったらまた出たんだって。城仙所長が言ってたよ」

「へえ、先に温泉が出てきたら、廃村になってなかったのにね」

「そうだね。……そうだ! ここで梨子に温泉クイズです!」

「急に!?」

「温泉はなぜ噴き出るでしょう?」

「……考えたこともなかった」

「私が背泳ぎしている間に考えてみて」

 冷子は泳ぎを止めて、ぷかぷかと何もせずに浮いていた。どうやら、シンキングタイムが始まったらしい。


 温泉が噴き出る理由など考えたことが無かった。


「よく振った炭酸飲料のペットボトルみたいに、地中で圧力がかかっているからとか?」

「……う~ん。当たっているけど、解答が抽象的すぎて、正解にはできないかな? 確かに、地中にある水に圧力がかかるから、地上で噴き出してしまうんだけども、その圧力にも二種類あるからね」

「二種類?」

「一つは地中のマグマで水が温められることによる圧力。やかんが湯気になって噴き出すイメージだね。今回の温泉が噴き出る理由としては、この熱による圧力を答えてくれたら満点だったかな」

「ああ、それなら頑張ったら答えることができたかもしれない」

「で、もう一つの圧力の場合は、常温の水でも噴き出すことがあるのよね」

「へえ、なんなの?」

「……泳ぎ疲れたなあ。のぼせそうだし、もう上がろうよ」

「ええ、そこまで言って、答え教えてくれないの?」

「自分で考えてみて。答えが出るまであと十三話ほどあるから、ゆっくり考えられるわ」

「自由だなあ」

「ヒントを言うなら、エネルギーは高い所から低い所に進んでいくってこと。温かいものと冷たいものを並べておくと、熱エネルギーは温かい方から冷たい方に動くの。温泉は常に温泉水を供給しないと冷めちゃうでしょう? それは温かい温泉から外の冷たい空気に熱エネルギーが移動しちゃうからよ」

「その理屈は分かるけど、それとクイズの答えに何の関係が……」

「そんな当たり前の理屈は、意外と汎用性が高いの」

 冷子はそう言い終わると、温泉から立ち上がって、湯船から出た。


「それが一体どういうことなのよ?」

「……垂直の反対が平直じゃないのはおかしいよね」

 冷子はそう言い捨てて、脱衣所へと帰っていった。

 

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