第2話

 空母チャールストンが轟沈してから一か月ほど経過した日、アーサーの姿はブルースターの衛星都市ホルムにあった。

あの後、グリーンムーン軍攻撃隊のエースとやりあい撃墜するに至ったが、愛機ブラックタイガーがエネルギー切れになってしまい連合軍の難民船に忍び込み、ここホルムまでたどり着いたのは三日前であった。

アーサーは敵情視察をかねてホルムに滞在していた。

アーサーが路地裏をうろついていると不審な男が近づいてきた。


「ダンナ。いい情報仕入れやしたぜ」


レッドスター攻撃隊の諜報員バッソであった。

アーサーは人影のない場所まで移動してバッソからの報告を受けた。


「現在、ブルースター軍は次世代戦闘機を開発中という情報を得ました。問題は情報の信頼性なんですがね」


バッソは苦笑いをしながら続けた。


「情報源が当の研究所の主任なんですよ。あっしには情報の信頼性がまったく読めないんですよ。隊長、そいつと一度会ってもらえないっすか。場所はあっしが設定しますんで」


「了解。決まったら連絡してくれ」


 数日後、バッソからその主任と密会する時間と場所を伝えられたアーサーはその密会場所に足早に歩いていた。

バッソに限って下手を打つとは思えないが、警戒するにはこしたことはないか。

指定された密会場所の前にはバッソがいた。

普段の格好からは想像もつかない正装をしていた。


「これは、これはアーネスト様。ご機嫌麗しゅう」


えっ、どうゆうこと? 


アーサーが悩んでいると


「隊長、アーネストはここでの隊長の偽名です。あっしはバロックっす。」


バッソが耳打ちしてきた。胸にかけたカードにはバロックと記載されていた。


「じゃ、行きまひょか」


バッソは守衛に胸のカードを掲げて堂々と入っていった。

アーサーもバッソについていった。

看板を見てアーサーはギョッとした。


ブルースター軍直属兵器研究所! バッソ、ほんとに大丈夫なのか?



 いくつものチェックを通り抜けて、アーサーたちは研究所の深部にある一室に通された。

そこには、白髪の老人が椅子に腰かけていた。


「これは、これは、アーサー・バーンズ隊長。初めまして、当研究所主任のブルータスと申します。アーサー・バーンズ隊長のお噂はかねがね聞いておりまする。まずはそこにお掛けください」


アーサーは勧められるまま椅子に腰かけた。


「初めまして。アーサー・バーンズと申します。よろしくお願いします」


バッソはアーサーの後ろに立ったままだ。


「ここは完全防音なので気軽に話しましょう。ん、あのカメラね。さっき壊しておきました。大丈夫ですよ」


ブルータスはすまし顔だ。


「管理室は気づかないんですか?」


「大丈夫だよ。気づいたころには私はここにはいないから」


ブルータスは少し寂しそうに笑う。


「ブルータスのだんな、さっさと本題に入りやしょう」


「そうだったね」


ブルータスは居住まいを正してアーサーに向き合って本題に入った。


「現在、ブルースター軍は新型巨大戦艦『レクイエム』と次世代戦闘機『ホワイトウィング』を開発し、地球帰還作戦に投入予定です」


「なぜそんな重要な情報を私に流すのですか?」


アーサーは訝しげに尋ねる。


「実はレクイエムもホワイトウィングも条約違反のあれを積んでいるんですよ。私は何度も上層部に抗議したのですが受け入れられないため壊そうと考えました。ですが、いかんせん警備が厳重のため近づけもせず作戦に投入間近となって焦っているときにバッソさんに声を掛けられたんですよ」


「あれとおっしゃりますと?」


アーサーはさらに尋ねた。


「永久機関ニコラウスです。アーサー隊長もご存じと思いますが、永久機関ニコラウスはかつて『ライトゲイト計画』で初めて実戦配備された設備でその名の通り永久にエネルギーを供給し続けるため無人攻撃機などに搭載されてしまうと破壊されるまで攻撃を続けることになってしまうため当時の地球連邦政府は永久機関ニコラウスの開発と配備を条約で禁止したのですが、今回ブルースター軍は有人兵器で実戦配備に踏みきったんですよ」


「それで私に何をしろとおっしゃりたいのですか」


アーサーは口元に手をやる。


「レクイエムを沈めてほしいのです」


ブルータスは真剣な眼差しだ。


「沈めるもなにも私は愛機を失っているので巨大戦艦など沈めることはできなのですが、何か良い企てでもあるのですか?」


「ホワイトウィングのテスト機がこの研究所にあります。それを使えばアーサー隊長であればレクイエムを沈めることも可能ではないでしょうか」


「そういう話なら実際に見たほうが早いのでは」


アーサーはテスト機のところに案内するようにブルータスを促す。


「話が早くて助かります。廃棄処分がもうすぐなので廃屋に放置されているのですが先ほどニコラウスを起動してエネルギーを充填させておきました。いつでも発進できる状態にあります」


ブルータスはそう言って部屋のドアを開けた。


ブルータスを先頭に三人は歩いていった。何度もチェックを受けたが難なく通過することができた。そして、研究所の裏にある廃屋に到着し、三人は中に入っていった。


ダンゴムシ?


アーサーの第一印象はそんな感じであった。色はダンゴムシそのものであり、翼もなければ噴射口も見当たらない。アーサーが怪訝そうに見ているとブルータスが言った。


「形状は飛び立つ前はこんなんですけど飛んでいると時は普通の形状なります。カラーはテスト機なので何も塗装していないですよ。ダンゴムシみたいですよね。あと操縦自体も通常機と全く同じですのでアーサー隊長であれば問題なく乗りこなせますよ。そうそう、最新のステルス機能を標準装備しているので隣にいてもレーダーに探知されないですよね」


ブルータスはコクピットを開けホワイトウィングを起動させた。エンジン音がまったくしない。アーサーはコクピットに座った。確かに内部は通常機と全く変わらない。


「ハハハ、エースパイロットたちがみんな撃墜されてしまっていて、最近では訓令兵までも前線に駆り出されている現状では通常と同じにするしかなかったんですよ」


ブルータスは皮肉そうにアーサーを見る。


「ヤバい。気づかれたみたいだ。さっさと出撃してくれ」


見張りに出ていたバッソが叫ぶ。


「レクイエムの航行ルートはこのチップにいれてある。確認して必ず沈めてくれ。ここからレーザーを何発か打ち込めば宇宙空間に出られるはずだ。健闘を祈る」


ブルータスはアーサーにチップを渡す。


「必ずや撃沈してみせる。貴殿の安全を祈る」


アーサーはハッチを閉め、ブルータスが外に出たのを確認してからレーザーを放った。前方に宇宙空間がむき出しになっているのが見えた。


「進路クリア。アーサー・バーンズ、ホワイトウィング出撃する」


ホワイトウィングは勢いよく爆音を残して発進していった。


ホワイトウィングは衛星都市ホルムを出発後加速し飛んで行った。ホワイトウィングは通常機の三倍のスピードが出る。通常機の二倍くらいのスピードに達すると左右に白い翼のようなものが発生する。これがホワイトウィングの名前の由来だろうなとアーサーは思った。

しばらく飛んできたところで機内を確認した。パイロットスーツやヘルメットのほか食料などの必需品がすべて入っていた。


ブルータス、できる男だな。



小惑星のような物陰にホワイトウィングを隠すように機体を停止させ、手元にあるチップをタブレット端末にセットした。

急いで入力したのであろう。

簡潔なメモ書きであった。


三日後 ブルースター時間正午 観艦式

ブルースター衛星サリオス周辺

戦艦・巡洋艦多数参加


今から三日後か……。

観艦式に到着する前にレクイエムを撃破しないと大艦隊と対峙することになるか。

ん? このタブレット端末点滅しているぞ


アーサーは点滅している部分を触ってみた。なんとレクイエムの現在地を表示しているのである。しかも、ここからかなり近い位置にレクイエムは存在しているらしいのだが、視認できるようなところにレクイエムはいない。レーダーによるとかなり近いというよりも、ここにレクイエムがいるはずなのだ。


このレーダー壊れているのかな。

ちょっと待て!! 

この頭上にある巨大なものはひょっとして。


コクピットから目を凝らして頭上の巨大なものを観察してみる。


確かに自然物には見えないが、巨大戦艦っていってもこんなに大きな戦艦があるのか? 戦艦というよりも要塞なのでは。でも、レクイエムのレーダーにこの機影は映らないってことが本当にあるのか?


そんなことを考えているとその巨大なものはホワイトウィングの頭上を通り過ぎていく。巨大な噴射口が見える。アーサーは素早くホワイトウィングを発進させた。


間違いないな。最初からここに誘導するようにブルータスがホワイトウィングに何か仕掛けておいたんだな。


アーサーは不敵に笑い、一気にレクイエムの頭上に回りレーザーを一発放った。

一発ではどうということはない巨大戦艦を前にアーサーはしばし呆然とした。

アーサーは我に返り何十発ものレーザーをレクイエムにお見舞いしレクイエムを轟沈させた。これだけレーザーを打っても何も影響がでない永久機関ニコラウスって凄いなと思っているとレクイエムから発進してきた攻撃隊が襲ってきた。


次世代戦闘機ホワイトウィングはいなかったが、三十機以上の攻撃隊であった。


俺の役目はレクイエムを撃沈させるところまでだから、ここは逃げてもいいんだよな。


アーサーはホワイトウィングを加速させる。

通常機の二倍速まで上げた時にふと気づく。


どうやら手練れはいないようだ。叩けるときに全部叩いておくか。


アーサーはホワイトウィングを失速させずにきりもみ飛行をした。

頭上に敵攻撃隊が見える。

一機、また一機と次々に撃墜していく。

さらに、きりもみ飛行。

もう敵攻撃隊はついていけない。

敵攻撃隊は次々に退却していく。

二十機以上撃墜したところで、敵攻撃隊はいなくなった。


 敵攻撃隊がいなくなったので、アーサーが小休止をとっているとバッソから通信があった。


「よかったっす。まだ周波数を変えていなくてよかったっす」


あ、周波数を変えるの忘れていた。しかしバッソの語尾は分かりづらいよな。


アーサーがそんなことを考えていると、バッソが続ける。


「隊長、ヤバいっす。補給基地アルファでブルータスが捕まったっす。今後の動きには警戒してくれっす」


「もう、レクイエムは撃沈したから問題ないだろうが、とりあえず俺は拠点ハイランドに向かう。お前も気を付けろ」


「さすが隊長、仕事が早いっす!! ガハハハッ」


バッソは高笑いをした。


やっぱり、バッソの語尾がおかしくて、言ってる意味が通じないな。


アーサーはそんなことを考えながら、周波数をレッドスター軍仕様にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る