第5話 宿屋の女将さん

「それで、キミはどうしてあんな胡散臭い男のところに居たんだい?」

 僕は汗だくのエレナにハンカチを手渡す。

 お礼を言うエレナ。

「アタシの家は貧しくて、出稼ぎでこの街まで来たのです。

 そこで、仕事の斡旋先があのゾルゲの館だったのです」

 仕事の仲介業者と、奴隷商人のゾルゲはグルだったのだ。

 まんまヤクザの手口である。


 ションボリうな垂れるエレナ。

 彼女は地方出身で、都会の悪党のことを知らないようだ。

「それは、困ったな」

 エレナを村に帰れとは言いにくい。

 村で食べていけないから出稼ぎに来たのだから。


 ジッと僕を見詰めるエレナ。

 この子には羽振りの良い貴族に見えているのだろうな。

「ミナガワ様。アタシを雇ってください」

「えーっと、僕もブラリとこの街に来たばかりだから……」

 僕も何処へ行くのか、何をするのか、ハッキリと決めていないんだ。

 とは言え、この子も文無しなのだろう、助けたばかりで見捨てることなんて出来ないし……。


「うーん。次の仕事が見つかるまで、少しの間ぐらい面倒は見られるけれど……」

「本当ですか」

 喜ぶエレナ。

 そして「むう」と顔をしかめるミラとサラ。

 従者の立ち位置を脅かす強敵の出現に、苛立ちを覚えているのかもしれない。

「ええっと、一ヶ月ぐらいかな。僕も色々と抱えているんでね」

 まさか無職だと言っても、信じちゃくれないよなあ。



「それでは、デルクさん、お世話になりました」

「いえいえ、わたしの方こそ」とお互い社交辞令を述べる。

この商人さんは、性根の良い人みたいだ。

 この街に暫く滞在するつもりだし、また何か世話になるかもしれない。


 いけ好かないゾルゲの一件をデルクさんの知り合いの衛士に任せた。

 彼は任務に真面目な人らしい。

 今回のエレナの件を足がかりに色々と探し出してもらいたい。

 これ以上被害者が増えないように。


 

 デルクさんにお別れの挨拶をして、立ち去る。

 もう直ぐ日が落ちる、そろそろ宿屋を見つけに行こう。

 宿屋が建ち並ぶ一角。豪華そうな宿屋からこぢんまりした宿屋まで。

「どれにしようかな」

 ブラリと歩いていくと、ツタの絡まる良い感じの宿屋を見つけた。

 少し古めかしいけれど、そこがノスタルジックな雰囲気を醸し出していていい。

 宿屋の看板には『黄金の槍亭』と書かれている。

「ここにしよう」

 僕は大きなドアを開くのだった。


                ★

 鈴の音色、客が来た知らせだ。一階のロビーはかなりの広さがある。

 奥にはチェックインカウンターがあり、そちらには壁一面に瓶が並んでいる。

 恐らくお酒、ワインの瓶だろう。樽から微かに酒の匂いが漂ってきている。

ロビーの半分以上はテーブルと客席が並べられている。

 宿屋と酒場を兼ねた店なのだろう。


 それなりに大きな宿屋なのに、お客は見当たらない。

(営業前じゃなかったぞ、看板は出ていたし……。

 夕方はお客が多いと思うんだけどな)


 チェックインカウンタースのタッフは老婆だ。

 彼女がスタッフ、つまり宿屋の女将さんだろう。泊まれるか訊いてみよう。

 六十代の老婆、客が来たのに居眠りしている。

 商売する気はあるのだろうか。

「宿泊したいんですけれど、部屋は空いてますか」

「おや、お客かい」

 眠たそうな顔をした老婆。顔が少し赤いのは、酒を飲んでいたからだろう。

「ええ」


 老婆はジロジロと、僕とエレナの顔を見回すと、ニカッと笑う。

「ほう。あんた達が、噂のご一行かい」と面白そうに尋ねてきた。

「どんな噂です?」

 例の一件は、つい一時間ほど前のことなのに、この老婆は妙に詳しい。

「ああ、ここにゃ通信機があるのさ。ちょいと旧式だけどね」

 女将さんが指さす方にデカい箱がある。ジュークボックスかと思っていたが、通信機みたいだ。

(電話ボックスみたいなものか)

 デルクさんが持っていたものとは、大きさが全然違う。

 スマホと公衆電話の違いかな。


「冒険者ギルドにツテがあるんでね、そこから面白い話を聞けるのさ」

 女将さんは、隠していたグラスを一息に飲み干した。

 多分、中身は酒だろう。

「お前さんは娘を助けるため、ゾルゲと大乱闘。あの野郎をギタギタに伸して追っ払ったそうじゃないか」

 女将さんは可笑しそうに言った。エレナを助けた一件を言っているみたいだ。

 どうも話が大げさになっているみたいだ。


「ええっと。……そうなってるの」

「歌って踊って、娘を口説いたと聞いてるよ。決め台詞は『金なんて要らねえ』ってさ」

「そこまで言っては……」

 この老婆もかなり話しを盛ってるのだろう。


「お前さん。気っ風の良い男みたいだねえ」

 歯の抜けた口を開けてカカカッと、愉快に笑う。

 仕事中に酒は飲むし、何だか豪快そうな女将さんだ。

「一杯奢らせてもらえるかい? エール? それともウイスキー? お前さんの好みの酒はどんなのだい?」


「それじゃあエールを一杯頼もうかな」

 この世界に水割りがあるか分からない。流石にロックでは飲めないのだ。

 エールは旅行先で一度飲んだことがあるけれど、常温でも十分美味かったと記憶している。

「あいよ」女将さんは、酒樽からガラスコップにエールをなみなみと注いだ。

 僕に手渡す。琥珀色の旨そうな酒だ。

「あのゾルゲという悪徳商人は、鼻つまみ者なんだ。

 権力者にはヘコヘコするくせに、弱い奴には威張り腐る」

 と女将さんは毒づく。

 まあ奴隷商人なんてそんな連中なのだろう。


「娘さん。アンタも大変だったねえ。この街に来て、いきなりあんな悪党に騙されちまうとな」

「はい。ミナガワ様と出会わなければ、どうなっていたか」と苦笑するエレナ。

「まあ、あんなクソ野郎だけが、この街の住人じゃないよ。この街を気楽に楽しんでおくれ」

「はい」

「部屋は幾らでも空いているから、何時までもいてくれてかまわないよ」

 と女将さん。それって閑古鳥が鳴いているんじゃないのか。

 まあ、この女将さんの性格なら、客と喧嘩しそうだよな。


「一部屋で、一泊銀貨一枚で、三食ついてくるよ。どうするね?」

「そうですね。暫くこの街でいるつもりです」

 これから先のことを決めるまで、暫くこの街に留まるつもりだ。

 銀貨一枚は、元の世界の紙幣価値としては、ザックリと一万ぐらいだ。

 まあ手頃な金額だろう。

両替は済ませてある。既に手持ちには大判金貨は八枚。残りは金貨と銀貨、銅貨に両替しておいた。

 銀貨二十枚で、金貨一枚。この大判金貨は、金貨二十枚の価値がある。

 しばらくはお金の心配をする必要はないだろう。


「ところでお前さん」と女将さんは僕たちを見やる。

「一緒の部屋に泊まるのかい?」

 女将さんはジロリと僕とエレナを見やる。

「いえ、二部屋借りたいんですが」

 流石に知り合ったばかりの少女と同じ部屋に泊まるつもりは無い。

「エレナと、この子たちのベッドも用意してください」

 ミラとサラもそちらへ行ってもらおう。変な疑いをかけられたく無いのだ。


「おや? 二人は、あんたの娘じゃないのかい」

「僕の従者たちですよ」と否定する。僕はまだ独身貴族なのだ。

 それを聞いて訝しがる女将さん。

「そんな小さな子を連れているなんて……。

 お前さん変な趣味をしているんじゃ無いだろうね」


「失敬な。僕の好みは二十歳前後の巨乳……」

 リアとサラに左右の足を蹴り飛ばされた。

「うがが」思いっきり蹴られた所は弁慶の泣き所だ。

「フフッ、疑って悪かったね。

 それと慕われているみたいだね。良かったじゃないか。

 まあ、余計な心配は要らないみたいだね。同じ部屋を二部屋用意しておくよ」

 鍵を二つ渡された。


「疲れた顔しているね」

 僕はエレナを見やる。

「そうでしょうか」と笑ってみせるが、覇気は無い。

 無理もない、色々と大変な一日だったのだから。

「もう先に休んでおくと良いよ」

「済みません」

 僕は部屋の鍵を渡した。

「夕飯を持っていかせるよ」と女将さん。

「頼みます」



 夕飯。酒場にはちらほらと客が入ってきた。

宿屋としては、流行っていないが、酒場としてはそれなりに繁盛しているみたいだ。

 客層は……。何だかゴツい体格の客が多いな。

 そうか、彼らが冒険者なんだ。

 冒険者ギルドがあるのだから、当然冒険者がいる。

 異世界ならではと言うべきか。

 ただ残念なことに華奢で美人な冒険者なんて見当たらない。

 半数以上はゴツいオッサンだ。やはりビキニアーマーなんて空想の産物だったのだ。

 

 ウエイトレスの女の子。長身でスレンダーな美少女だ。

 男装の麗人という雰囲気。スーツに革製のバックルと銀の小手。

 センスが無ければ着こなせない。


 美少女ウエイトレスと目が合う。フッと会釈してくれた。

 元の世界にいれば、芸能事務所が放っておかないだろう。

 お客から注文を受けつつ料理を持ってくる。その仕草は淀みない。

 でも、小手は邪魔邪魔じゃないのかな。

 まあ訳ありみたいだし訊かないでおこう。


 昼間は定食を提供(ただし、客の入りは悪い)していて、夜は雰囲気の良いバーに代わる。

 明るいランタン。魔法の触媒を使っているという。

 流石は異世界だな。宿屋としては正直繁盛していないみたいだが、バーとしてはそれなりに賑わっているみたいだ。

 ただし、夕食のレパートリーはあまり多くない。

(だけど、妙に酒の種類は多いんだよな)

 この辺りは、あの女将さんの好みなのだろう。


 日本の居酒屋とは比べようも無いほどメニューは少ない。

 だが、魔道具で元の世界の料理は食べられる。

(よし、少し冒険をしてみるか)

 聞いたことのない肉料理を適当に頼む。

 デカい肉の塊にソースがかけられている。

 豪快な料理の見た目通りで、それなりの味付けだ。


「肉は旨いんだけどな」

 味付けが淡泊なのだ。

「主様、昼間のおーどぶるの方が美味しかったです」

「そうなのですー」

 不満そうな顔のミラとサラ。あれは有名店の味だからね、仕方ないよ。


 二人の文句を聞いて、ガハハと笑う冒険者たち。

 彼らもそう思っているようだ。

「なんだいアンタら。その分、酒はイケるだろうよ」

 と、カウンターから声がする。まずい、女将さんに聞かれたようだ。

「すみません」と僕は謝る。


「ハハ、気にしなさんな。アタシは料理があんまり得意じゃないからねえ」

 と宿屋の女将にあるまじきことを言う。

「アタシも元冒険者でね。引退した後、旦那と一緒に店を構えたのさ」

「そうなんですか」

「亡くなった旦那は、料理の腕前は確かだったよ。料理に釣られて嫁に来たようなもんさ」

 と女将さんは大げさに方をすくめて見せた。

まあ料理はイマイチだけど、酒は旨い。

 居酒屋としてはそれなりに良い店だ。

 僕と一緒に酒を頼もうとするミラとサラ。二人には、オレンジジュースがあったのでそれを頼んだ。


 冒険者たちの話し声が聞こえる。

 酒場は社交場、情報をやり取りする場所でもある。

 僕は彼らの話し声に耳をかたむける。


 夕方の僕の噂話とか、近くの森で魔物が出たとか、特産品が高騰しているとか、色々な噂話が聞こえてくる。

 そう言えば、と赤ら顔の男の声が聞こえてきた。

『今年の歌姫は誰なんだろう』

『やっぱり帝都の歌姫で決定じゃないか』

『この街のシスターにも、歌の上手い子がいるぜ』

『ああ、南の教会の子か、北の教会のシスターも上手だが、あの子も良いよな』

『だけど、あの子は――』


 この街の歌姫。教会のシスターに歌が上手な子がいるという。

 NHKのど自慢みたいなものだろうか。結構大きな大会らしい。

 魔物たちを鎮めるチカラのある、歌姫の歌。

「歌姫の選抜か」

 僕は、その歌の上手いシスターに興味を覚えた。

 寝るにはまだ早い。暇つぶしに教会へと向かうとしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る