デートの終わりと、そのフォロー
その後、夕刻。
全身水浸しになってしまい、二人して売店で買ったシャツを身に着けている。
意図せず出来上がったペアルックではあるが、プリントされている生き物はブロブフィッシュ。バカップルというよりかは、喜劇団の一種を思わせる。
何よりベタベタに塩臭いということもあって、当初予定のディナーがおじゃんになってしまった。自然と解散する流れになってしまい、売店のカッパを買わなかったことが悔やまれる。
「ぐぬぬ……」
「…………」
「うぐぐ……ぎぎぎ……」
「…………」
「むきぃぃぃぃ……うきぃぃぃぃぃ……」
「…………」
並んで歩く二人は対象的であった。
それでも涼しい顔の雪人と、あらかさまに苦渋に満ち溢れたマコト。一応雪人に聞こえないように努めてはいるが、しっかりと苦悶の声は漏れている。
「八尾さん」
そんな中、不意に雪人が零した。
本日一日ほとんど相槌ばかりで、自ら切ることのなかった口火を。
「恥ずかしながら――言うべきことが見つからないのです」
「え?」
「決してそのように思っているわけではありません」
「はい?」
が、その意味がマコトにはさっぱり分からない。
一体全体、脈絡もなく、何を言い出すものかと。
「あの?」
「…………」
「さっきのは、一体どういう……?」
「…………」
聞き返してみても、すっと目を逸らされてしまう。
本当に変な男だとマコトは思った。
「……この辺りですね。今日はありがとうございました」
そうこうしている間に、終点に辿り着いてしまう。
駅の改札口だ。互いに同じ駅からでありながら、ホームは逆方向になっている。
そうやって別れてまた今度。夕焼けこやけでまたあした。
マコトからすれば失敗だらけのデートであり、挽回の機会が欲しいところである。
――あ、そういえば。
故にマコトは思い出す。
ミコトから言われた『3S』。それをまだコンプリートしていないではないかと。
「雪人さん!」
すかさずマコトが呼びかけて、改札にICカードを向けようとしていた雪人が振り返る。
「えぇと――」
が、そこまでであり、続く言葉が思い浮かばない。
っていうか何を褒めればいい? 何か褒めるとこあった? とマコトは思い悩む。
「あの……ですね」
「…………」
「その、ですね……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
そうしてまたしても沈黙。
ブロブフィッシュTシャツを着た男女が、数歩分の距離から無表情で見つめ合う様は、ロマンチックというよりかはシュールレアリスム。
――ええぃまどろっこしい。もう何でもええわ。とりあえず褒めときゃええんやろ。
結局マコトは考えることを諦め、タスクをこなすことを決めた。
その結果、
「すごい! ちゃんと二本の足で歩けてますわね!!」
そんな言葉が飛び出した。
「流石ですわ! 人の言葉を喋れるだなんて!!」
続けざまにもう一言。
それも心から称えるように、満面の笑みを浮かべながらだ。
「素晴らしい! 少なくとも虫けらには真似出来ないことですわ!!」
連続して更にもう一言。
これにて『3S』は達成したと、マコトは満足げに胸を張る。
これだけ褒めちぎってやったのだ。さぁさぁ喜べ喜べ。好きなだけ照れろ。そうしてうちに篭絡されるがいい。
そんな風に思いながら、チラリと彼の反応を窺うと――
「…………は?」
「え?」
「いや…………はい?」
「え?」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
残当。
雪人は呆気に取られた様子で、そんな雪人の反応にマコトも言葉を失う。
それは紫雲の空が点々と伸びるマジックアワー。互いを包み込む無言の時間は、今日一番の長さとなった。
***
「正座」
それから小一時間後。
自宅アパートにて、マコトは畳に居直る。事の顛末を話して、青筋を立てたミコトから指示である。
「なんやねん。二本の足とか、言葉が喋れるとか、どういうつもりで口にしとんねん」
「いやだから、ミコトが褒めろて言うたから」
「皮肉にしか聞こえんわ。それどころか皮肉以下の何かやろ。ってかおねえは嬉しいと思う? 普通にご飯食べてるだけでエラいとか、寝てるだけですごいとか言われて」
「せやかてあの男、褒めるとこがなんもあらへんもん」
「にしたってもうちょいあるやろがい!! お世辞とかあるやんか!!」
「せやかてミコト」
「せやかてせやかてちゃうわ!! あんだけ言うたのに、なんでおねえはそうなるん!?」
「ひぃっ!! ちょ、やめっ! 尻尾を引っ張るのはあかんて!! かんにん、かんにんやっ!!」
癇癪を起こすミコトに、マコトはすっかりタジタジだった。
そこにはどうして怒っているのか理解していない面も大きく、なんなら妹に反抗期が来たのでは? なんてことすら考えている有り様である。
「もうっ! 普段はそうやないやん!」
ミコトは耳を前方に倒しながら言う。
「仕事しとる時とかみたいに、あんな風にすればええんよ!!」
「え? スーパーの時みたいに?」
「そうや! あんなに愛想ようしとるやんか!!」
「や、そら仕事やし。それに」
「それに?」
マコトはポリポリと頬を掻きながら答える。
「人間の仕事はチマチマしとるし、妖狐バレせんように変化も切らせへん。だから仕事中は故郷のこととか、これからどうするかとか、ほとんど考えられへんねんけど……そんなにうち、愛想ようしてたか?」
「…………はぁ」
マコトのありのままの回答に、ミコトは疲れたような息を吐く。
或いは毒気を抜かれたかのようだった。もう怒ることが馬鹿馬鹿しいと、そう言わんばかりに。
「まぁ……そこがおねえのいいとこなんやけど」
「ん? なんか言ったか」
「なんでもない!」
ゴニョゴニョと呟いていた言葉は上手く聞き取れない。
「それはそうと、ちゃんと後でフォローするんやで? おねえは男心ってもんを知らんから」
「人間の雄の心なんざ知るか。そないなこと言うて、ミコトかて同じやろ」
「おねえよりかは知っとるよ。ちゃんと勉強してるんやし」
と、ミコトはコミックを手に取る。部屋にこもりがちな彼女を気遣って与えたものだ。なんでも若者に人気の少女漫画ということだが、マコトはその中身を知らない。
今もテレビで流れているメロドラマといい、名前も知らない人気俳優のポスターといい、殺風景な部屋にかろうじての人間性を彩っているのは、ミコトの趣味に寄るものである。
が、得てしてそういうのを耳年増という。
言ったら怒られそうな気がするので、マコトは敢えて口にはしないが。
「まぁでも――」
仮暮らしの退屈さを埋めるものがあるのはいい。不遇な暮らしをさせている後ろめたさもある。
「お前の言う通りかもしれんな。メールでフォローしとくわ」
「いや今時メールて。アプリいれーや」
「アプリてなんや。職場のみんなはコレやで」
「……もうなんでもええけどさ」
呆れるミコトを前に、マコトは最近になってようやく覚えたガラケーを操作する。『今日は申し訳ありませんでした』から始まる、うやうやしい文面を綴る。
――ピコン。
するとどうだ?
すぐに返信があった。
『いえ、楽しかったです』
その一言だけ。
相変わらず淡泊で何を考えているのか分からないと、顔をしかめるマコトではあったが、
「即返信……!」
その画面を後ろから覗いていたミコトは違った。
キラキラと目を輝かせ、自分のことでもないのに頬を赤らめている。
――人間っちゅーもんはよう分からん。あと年頃の娘っちゅーもんも。
マコトはそんなことを思いながら、低い天井に向かって頭を掲げた。
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