何にでも魔法をぶっ放す少女vs因習村の祠

水母すい

本編

 王国の辺境に位置する小さな村、インシュー村。

 その村には古くから、とある言い伝えがあった。



「山奥にあるあの祠には、近づいてはならん」



 木々の生い茂る山の奥深くに存在する、小さな祠。

 その祠に近づくことを、村人たちはみな揃って忌避していた。大人たちは子供の頃から近づかないよう強く言いつけられ、また自らの子供にも同じように忠告する。



「あの祠には土地神様が祀られておる。もし万が一、壊すようなことがあれば……壊したものは土地神様に祟られ、村には災いが降りかかるであろう」



 村に残る、祠とそれに封じ込まれた土地神の伝承。

 村人たちはその因習に怯えながらも、なんとか平穏な暮らしができるように努力していた。土地神様に直接対処する方法がない以上、「関わらない」以外に彼らにできることはない。



「いいか、絶対にあの祠を壊してはならんぞ」


 

 インシュー村に住む村人たちは、互いに言いつけを守り続けることで——それが仮初かりそめのものと知りながら——平穏な日常を享受していた。


 

 あの少女が、来るまでは——。




        ◇◇◇

 


 

「村長、ご存知ですか。例の魔法使いの噂」


 ある日、若い男が村の長を務める老人に訊ねた。

 縁側で陽の光に当たっていた老人は茶を一口啜ると、湯呑みを静かに膝の上に置く。

 

 

「魔法使い? 知らんのぉ。名はなんという?」


「……彼女の名前はルイン。魔法使いの少女です」


「そんな小娘がどうして噂になっておる?」

 

「それが……彼女、巷でこう呼ばれているらしいんですよ」



 男は指でくいと眼鏡を持ち上げ、勿体ぶるように言った。




「——“何にでも魔法をぶっ放す少女”、と」




 そう大真面目に言ってのけた男に、村長は目を丸くする。



「……は? どういうことじゃ?」


「ですから、そのままの意味ですよ。彼女はやばい魔物でもいわくつきの建物でも、とりあえず容赦なく破壊魔法をぶっ放す頭のおかしい魔法使いだという噂が……!」


「ッ、なぁあああにぃいいいいいい!? んなもん、うちの祠の天敵じゃないかッ!!」


「そうです、だから今ここで話そうと思ったんですよ!」

 

 

 事態を理解して慌て始める村長をなだめつつ、男は気難しい顔で眉間を押さえた。「何にも魔法をぶっ放す」少女の性質と、壊されたら災いが起きる祠の相性はもはや最悪に近い。


 二者が交われば、碌でも無いことが起きる——。

 そんな確信を二人は覚えていた。



「彼女は最近、付近の町や村を転々としているようです……うちの村に来るのも時間の問題かと……」


「っ、そのような野蛮な娘をこの村に入れてはいかん! そんなことをすれば必ずや災いが……!」


「しかし村長、いきなり追い返すような真似をすれば逆に怪しまれます! ……彼女には祠の話を伏せて、村全体でもてなしをしつつ監視の目を張るというのが最善ではないでしょうか?」


「うむ……そうかもしれぬな」



 それから男と村長は会議を開いてルインへの対策を取り決め、すぐさま村民全体に伝達させた。そうしてインシュー村は持ち前の団結力により、何にでも魔法をぶっ放す少女——ルインを迎える準備を着々と進めていく。


 ルインが村を訪れたのは、その三日後のことだった。




         ◇



 

「初めまして! 私、魔法使いのルインと申します!」


 インシュー村を訪れたのは、蒼色の瞳をした少女だった。


 肩のあたりで切りそろえられた銀髪はふわりと風に揺れており、彼女のもつ柔らかな雰囲気によく調和している。村人たちの抱いていた野蛮なイメージとは程遠い、可憐な容姿であった。


 しかし村長は気を緩めることなく、自ら率先して彼女を出迎えた。



「よくぞおいでなさいました、冒険者様。見ての通り小さな村ですが、どうぞゆっくりしていってくださいな」

 

「はい! ありがとうございま——」


「——それはそうと冒険者様、長旅でおつかれでしょう? 小さな自慢なのですが、実はうちの村には温泉が湧き出ておりまして! これが疲労回復にも効果ありと評判でしてねぇ……!」


「ふぇ? そうなんですか……?」



 割り込んできた老婦の言葉に、ルインは思わず小首を傾げた。するとすかさず、体格のいい村男が彼女に媚びるような笑顔を見せて話を継ぐ。

 


「ええ! あ、入浴のあとはこちらでご夕食も用意しますよ! 村一番の料理上手な俺の女房が、腕によりをかけて作らせていただきます!! リクエストがあればどうぞ何なりと——!」


「あ、ありがとうございます……?」



 村人たちの厚意を無碍にできなかったルインは、流されるまま歓迎を受けた。一方、手厚いもてなしを建前として、村人たちは入れ替わりで彼女の一挙手一投足を監視する。


 すべては、祠からルインを遠ざけるため。

 村人たちは一丸となって作戦を実行した。




 ——しかし、その努力は虚しく。




「あった、これが例の『祠』かぁ〜!」


 村人たちが寝静まった夜、ルインは導かれるように祠のもとへたどり着いていた。山奥の道なき道の先にひっそりと、しかし濃厚に、祠は存在感を放っている。



(見張りの人たちはひとまず眠らせてきちゃったけど、なんだか申し訳ないなぁ……)



 ルインの泊まっていた小屋の見張り役はみな、彼女の催眠魔法によって眠らされていた。村中の監視の目を抜けて、ルインはここまで見つかることなくやってきていたのである。



「まあ、仕方ないか。これが今回の依頼なんだし……」



 そう独りごちて、ルインは杖を構えた。

 すると、彼女の決意を揺さぶるように現れたのは——




「その祠、壊すのかい? 嬢ちゃん」




 足音を消して現れたその人物に、ルインは振り向く。

 彼女の視線の先にいたのは、顎髭を生やした長身の男だった。長い茶髪はハーフアップでまとめられており、年齢は30代半ばといったところである。


 ルインは怪訝そうな目で、その男に訊ねた。



「……あなたは?」

 

「俺か? 俺ぁ別に大したモンじゃないさ。ただ……巷では『祠おじさん』って呼ばれる、しがない中年だ」


「祠……おじさん?」


「ああ。祠を壊しちまった者の前に現れ、そいつが生き延びる手助けをしたり……しなかったりする。それが俺の役目ってところだな」


「よくわかりませんけど……それなら私が祠壊したあとで出てくるべきだったんじゃ……?」


「まあ細けぇことは気にすんな」



 祠おじさんと名乗った男は気だるそうに切り株に腰を下ろすと、煙草に火をつけて吸い始めた。それから一度煙を吐いたあと、神妙な目つきで彼は口を開く。



「——で、壊すのか? その祠」

 


 しばらく間を置いて、ルインは頷いた。



「これが私の引き受けた依頼ですから」

 

「そうか。ったく、懲りないねぇギルドの連中も……」



 浅いため息をついて、男は頭を掻く。

 それから再び煙を吐き、慣れた口調で語り始めた。

 


「村を苦しめる祠の破壊と、封じられた土地神の討伐……。言葉にすりゃ簡単だが、これまで挑んできた冒険者たちはことごとく返り討ちに遭って、みんな仲良くお陀仏だ。その度に俺は尻拭い——もとい時間稼ぎとして、土地神様の怒りを鎮めるために祠を建て直してる。おかけで今の村でのあだ名は『一級祠建築士』だよ」


(祠おじさんじゃないんだ……)


「でもな、お嬢ちゃん。俺ぁ……あんたにならできるんじゃねぇかと思ってんだ」


「——!」


 

 ルインがはっとして顔を上げる。

 男は少し砕けた口調で、話を続けた。



「“何にでも魔法をぶっ放す少女”……。聞こえだけは物騒だが、そう呼ばれるほど無鉄砲にやばい依頼をこなしてもなお、こうして生きてられるのは……単純にあんたが魔法使いとしてこの上なく強いからだ。違うか?」


「いえ、強いだなんてそんな……私はただ本当に、人よりちょっとだけ勇気があるだけですよ」


「まあ、そう謙遜しなさんな。それもあんたの強さだ」



 男は煙草を地面に落とし、足で踏み消した。

 やがてルインも彼の意思を汲み取ったように、再び祠に向けて杖を構える。男には最初から、ルインを妨害する意思などなかったのだ。むしろ、今の彼の願いは——


 

「……最後にもう一度だけ言っておくが、それを壊せばあんたは死ぬまで土地神様に祟られる。自分の手で土地神様をなんとかしねぇ限り、あんたの人生に平穏はないだろうな」



 男は淡い期待を胸に、ルインに訊ねる。



「どうだ? 怖いか?」

 


 ルインは目を閉じた。

 そして最後に、華やかな笑みをこぼして、




「——いえ、全然!」




 光が溢れる。

 魔法陣から放たれたのは、黒い光だった。


 男は満足げに「だろうな」と呟き、その様を見守った。

 忌々しい祠が、木っ端微塵に砕け散る様を。




 


「さて、これで後戻りはできなくなったな」

 

 男は切り株から腰を上げ、満足げに微笑する。

 木でできた祠は跡形もなく消し炭となり、その場には大きなクレーターが残るのみとなった。ルインの破壊魔法は祠を壊すどころか、その付近の森まで抉りとってしまったのである。



「ずいぶんとまあ、派手にやってくれたじゃねぇか。こいつぁ土地神様もさぞお怒りになられるだろうさ」


「あっはは……それはまずいですね……」



 弱々しく苦笑いしてみせるルインだったが、その表情に恐怖はなかった。自らの行動に対して償いをする覚悟は、彼女の中で既にできているのだ。


 と、そんなルインの背後に。



 

『險ア縺輔s縺』


 


 歪な発音で放たれた、未知の言語。背筋に冷たいものを感じたルインが振り向くと、そこにはただ——「異形」としか形容できないモノが、音もなく佇んでいた。



『繧医¥繧らァ√?菴丞?繧貞」翫@縺ヲ縺上l縺溘↑縲∝ー丞ィ倥h』 

 


 体は無数の手と指が絡み合った形で構成され、体表には千を超える数の目玉がびっしりとへばりついている。発声器官は特に見当たらないが、謎多き言語だけははっきりとルインたちの耳に届いていた。



(これが、土地神……)


 

 脳内に流れ込む謎の言語に辟易しつつ、ルインはすかさず杖を構え直した。神の姿がどうであれ、ルインにとって倒すべき敵であることに変わりはない。



「いけそうか? お嬢ちゃん」


「いけそうっていうか……とりあえず、やってみます」


「ん、やってみな」



 ルインの決意が揺らぐことはない。

 彼女は神の放つオーラに圧倒されながらも、臆することなく杖を構えて正面から対峙した。やがてその魔法の名を唱え、辺り一帯が黒い光に包まれるまで——。


 


「——【とりあえずアポカ全部ぶっ壊す魔法リプサー】!」



 


 

        ◇◇◇

 




 

 明け方、少女の影は朝日のもとに消えていった。


 土地神の脅威は消え去り、「役目」を果たさずに済んだ顎鬚の男は、更地になった山奥で煙草を吹かしていた。清々しい晴れ間のもと、満足げに頬だけで笑みを見せる。


 

「な、なんじゃ!? あの娘、祠を壊したんか!?」



 やがてようやく事態を聞きつけたらしい村長が、息を切らしながら駆け寄ってきた。男はその顔を見ることなく、空を仰いだまま呟く。


 

「壊したよ。でももういいんだ、爺さん」


「は……? 何がじゃ?」

 

「土地神様の因習は終わった。この村はしばらく安泰だ」


「ほ、本当か!?」


「ああ。全部あのお嬢ちゃんのおかげだ」



 最後の一本を吸い終え、男は再び立ち上がった。

 青色の空の下、ルインの去った道を眺める。



「大した嬢ちゃんだったよ。祠も土地神もこの村の因習も……全部まとめてぶっ壊していった。“何にでも魔法をぶっ放す少女”の噂は、間違ってなかったみてぇだな」



 男は振り返り、呆然とした村長に微笑む。

 その表情は、まるで憑き物が落ちたように晴れやかだった。インシュー村の因習が終わった今、彼が気負うことは何一つなくなったのである。



「さて村長。これで晴れてこの村も再出発だ。そこで俺からひとつ、提案なんだが——」


「? なんじゃ?」

 


 男は苦笑を浮かべ、言った。


 

「……とりあえず、村の名前変えない?」


 

 

 

 

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