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 わたしが公園につくと、智哉はブランコを漕いでいた。

「お待たせ」

 わたしはそう言うと、智哉の隣のブランコに腰掛けた。

「悪いな。突然呼び出して」

「いいよ。いつものことでしょう」

 わたしがそう言うと、智哉は何も答えなかった。

 しばらくの間、静かな夜の公園に、ブランコの音だけが響いていた。

「最近どうだ?」

「どうって何が?」

「いろいろだよ」

「いろいろってなによ?」

「そうだなあ、恋……だったり?」

 智哉はそう言うと、わたしに視線を向けた。

「あんたの知ってる通り。大学卒業を近くに控えた今も、まだ誰とも付き合ったことない。あんたこそ、どうなの?」

「俺も相変わらずだよ。部活が忙しかったしな……」

「……あの智哉が、短距離走で県大会までいったんだよね」

「なんだよ。だよね、って。間違いなく出場したんだ。まあ、そこまでだったけどな……」

 智哉はそう言うと、目を細め、夜空を見上げた。県大会に出場したときのことを思い返すかのように。

 わたしが走ることをやめた後も、智哉は走り続けた。雨の日も。風の日も。雪の日も。

 わたしは、すぐに飽きるだろう、と思っていたが、智哉が走ることをやめることはなかった。

 いつだったか、わたしは、智哉に訊いたことがある。

「どうして、そんなに走るの?」

 わたしがそう訊くと、智哉は、はにかみながら言った。

「加恋ちゃんに、いつか追いつきたいから」

 姉に追いつくというのが、どういう意味で追いつきたいのか、そのときのわたしにはハッキリと分からなかった。

 わたしは、智哉の顔をそっと盗み見た。

 浅黒い肌に、通った鼻筋。それに、引き締まった体。

 わたしが知っている限り、智哉に告白をした女子は二桁はゆうにこえている。

 智哉は、その告白のどれにも、首を縦に振らなかった。

 好きな人がいるから、と言う理由で。

 もちろん、その好きな人というのは、姉の加恋のことだ。

 智哉の気持ちが揺らいだことは一度もない。わたしといるときも、話題はいつも加恋のことだった。

 わたしが智哉を好きになったきっかけは、姉への嫉妬心だったかもしれない。

 でも、好きになったきっかけなんて今となっては、もうどうでもいい。

 今、智哉の一番近くにいるのは、わたしだ。

「ねえ……」

 わたしはブランコから降り、手を後ろで組んでから言った。

「うん? どうした?」

 智哉もブランコを漕ぐのをやめた。

「ずっと、ききたかったんだけど、お姉ちゃんのこと、いつから好きだったの?」

 ややあって、智哉が答えた。

「小学生の頃からだよ」

 智哉はそう言うと、視線を空に向けた。

 ふいに、生温い風が、一筋吹きつけた。

 風が、わたしの髪を、おどらせる。

 わたしは、とっさに頭を押さえた。

 智哉を見やると、寂しそうな、それでいて愁いを帯びた目をしている。

 わたしは、智哉の横顔を見ながら、智哉との日々を思い返した。

 そんな、わたしたちを、月だけが見ていた。

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