身に覚えのない敵意ほどビビるモノはないだろう。ぼっちも、そうだそうだと言っています。


 突然の展開に頭が追いつかない。吹き飛ばされたキラリ、現れたマホ。すべてが目まぐるしく移り変わる状況に、俺の思考は止まりそうになる。それでも、俺は彼女の名前を呼んだ。


「マホ……どうしてお前がここに」

「決まってるでしょ」


 俺の方を一瞥することなく、マホは倒れたキラリを鋭い目で見据えたまま静かに答える。


「――アンタを助けにきたのよ」


 その一言に、胸の奥が熱くなる。背中に頼もしさを感じて、思わず安堵の溜息が漏れそうになる。

 彼女の言葉はとてもありがたいし、ぶっちゃけ『勝ったッ! 第一章完!』と叫んでやりたいぐらい安心感が半端ない。さすがマホさんこれが黎明院の力。

 だがしかし、キラリの姿をしたあのバケモノは『魔法少女を皆殺しにする』と言っていた。それはつまり。


「マホ。お前は狙われている」

「バカね。それはアンタもじゃない」


 マホは一瞬だけ深く息を吐いた。


「アンタたちの話は少し聞いてたわ。アイツには何か人の認識を操る力があるって。川田キラリの存在をいつ乗っ取ったのか……大方想像はつくけど、仮にあの女が川田キラリだけでなく、アンタと入れ替わっても誰にも気づかれなければ、それはきっと大きな被害を生むことになる」


 マホの言葉には確信と警戒心が滲んでおり、冷静に分析しているのが分かる。

 なるほどなるほど……あれ?


「………いや、俺と入れ替わっても別に大した被害は生まれないと思うんだが」

「は?」


 マホがこちらを振り返ると、その鋭い赤い瞳が呆れたように俺を射抜いた。

 え、俺おかしいこと言ってる? こんなぼっちが別に入れ替わっても誰も気にしないと思うんだが。

 いや、誰にも注目されない存在だからこそ、闇討ちしやすいということなのか? いやいやそれだったら俺に化けずとも普通に襲撃すればいいだろ。

 なんでキラリちゃんが俺に化けようとしたのかまったくわからん。

 そんなことを考えているとマホがジト目で俺を見ていた。


「助けに入ったのは失敗だった……? もう少しあの女を泳がせればよかったわ……」


 あれ? 何か怒ってる? なして?

 なぜか不機嫌そうなマホの態度に動揺する俺だったが、その空気を裂くように再び声が響いた。


「――あぁ、面白い。面白いわ!」

「……!」


 高らかな笑い声が公園に響く。

 マホに吹き飛ばされ、地面に倒れていたキラリが立ち上がっていた。マホは即座に警戒の姿勢を取り、キラリを睨みつける。


「黎明院マホ、あなたの登場でワタシの計画が少し狂っちゃった。でも、それも含めて楽しい。こんな面白い展開、滅多にないもの」


 まるで舞台の脚本が思いがけず素晴らしい展開を迎えたかのような口ぶり。しかし、その声音には明らかに『人間』のものとは異なる響きがあった。

 何重にも重なった声。低音と高音が交錯し、不協和音を奏でるような、そんな不気味な響きだった。


「……一撃で気絶させるつもりでやったんだけど、頑丈じゃない」

「当然よ。――だってワタシ、人間じゃないから」


 キラリはニヤリと微笑むと、ゆっくりとその手を掲げた。


 ——次の瞬間。


 彼女の肌が、砕けた。


 まるで陶器の仮面が割れるように、顔や全身の表面に無数のヒビが走る。そこから滴り落ちるのは紫色の光。

 キラリの体が不気味な光を放ち始めると、まるで蝉の抜け殻のように『川田キラリ』の肉体を脱ぎ捨てた。


 剥がれ落ちる仮面と鎧の下から彼女の正体があらわになる——


 くすんだ白い髪が風になびき、灰色の肌が夕日に照らされて不気味に輝いている。

 漆黒の瞳には人間味のかけらもない。背中には二対のコウモリのような翼が生え、女性用の下着だけを身に着けたかのような露出度の高い黒い装束に身を包んでいた。

 そして、両手には人間のものとは思えないほど鋭利で長い爪が伸びている。


 ――その姿は、まさに悪魔そのものだった。


「……簡単に正体を明かすのね」

「ええ、もう隠す必要はないから、なんせここにはワタシのターゲットが二人ともいるんだもの」


 ほえーマホもこんなやべーやつに狙われてるとか大変だわ…………待て、今『二人』って言った?

 それってもしかして俺も含んでる……よね?

 え、もう入れ替わる必要がないなら、俺は見逃してくれてもよくないですか?


「魔法少女のエース、黎明院マホ。アナタがいなければ魔法少女は単なる魔法が使えるだけの寄せ集めの集団。アナタを殺せば簡単に瓦解させることができる」


 そうだな。マホを狙う理由はわかる。でも俺は?

 キラリは俺に視線を向ける。その瞳には底知れぬ憎悪が渦巻いていた。


「そして、現実アオハル。アナタだけは絶対にここで殺す」


 ね、ねぇ、なんでこんな殺意高め? 俺なんかした? 俺とのデートそんなにつまらなかった……?


「させると思う?」


 マホが俺をかばうように一歩前に出る。

 ま、マホたそ……!


「逆に聞くけど、アナタは守れるのかしら」

「アンタが妙な真似をする前に消せばいいだけよ」

「そうね」


 キラリの挑発するかのような口ぶりを受けてか、マホの全身から赤い魔力が放たれ、威圧的な雰囲気が辺りに満ちる。


「もう一度言うけどアンタが消えるのよ。この国の平穏を脅かす害敵は私が倒す」


 マホは右手を彼女に向ける。

 その手のひらから赤い炎が舞い上がる。その炎は、まるで生きているかのように蠢いていた。


「フフ——そう簡単に行くかしら」

「……!?」


 キラリが不気味に笑うと、その目が鋭く光り始めた。漆黒だった瞳が緑色に輝き始める。


「『黎明院マホはワタシを親友と見る』」

「——ッ!」


 その瞬間、マホの手から炎が大きく揺らめいた。彼女の表情が苦しげに歪む。まるで自分の意思とは反対のことをしているかのようだ。そして、ついには彼女の手から炎が完全に焼失した。

 なんだ、一体どうなっている? これがキラリの言っていた『認識改竄』の力なのか?


「あら、ワタシのこと攻撃できない? もしかしてワタシのこと許してくれた? さすが『親友』ね」

「なによこれは……ッ!」


 キラリが嘲るように笑い、紫色の銃をマホに向ける。銃口が不吉な紫色の光を放ち始めた。


「あんたのその銃……ッ!」

「さすがに魔法少女にはわかるか。この銃は魔導式。つまり魔道具。銃だから魔導兵器ね」


 魔導兵器――。その言葉に聞き覚えがある。確か、一部を除いて製造が法によって禁止されているはずだ。その理由は……。


「『人』を媒体にした兵器だから、でしょ。アオハルサマ?」

「……!」


 そうだ、その通りだ。魔道具は魔力をエネルギーとして起動する道具。その魔力は人間にしか存在せず、人間から分離することもできない。つまり、魔道具を製造するときは、魔力をもつ『人間』そのものを媒体にしなければならない。


 かつて、魔力の存在が廃れる前、ある国が魔力を軍事利用し覇権を狙おうとした。そこでは人間の魔力を非人道的に回収し、軍事国家を設立。魔力を多量に持つ人間はそれこそ奴隷のような扱いを受けたという。


 魔力は人間にとって生命エネルギーそのもの、いわば血液だ。それを限界まで吸い取られれば、人は死に至る。魔力が希薄になった現代の人間であればなおさらだ。


 だからこそ、魔道具は『テイマーカード』のような使用者本人の魔力を込めて使う場合は問題ないが、彼女が持つそれは充填式のもの。つまり、事前に誰かの魔力をつぎ込んでいることになる。ましてや彼女のそれは『兵器』だ。

 当時の軍事国家が滅んでから、魔力を用いた魔導兵器は極僅かな例外を除いて、そのほとんどの製造が禁止されていた。


「しかも、その魔導兵器……結構な魔力を使うみたいじゃない。普通の人間の魔力じゃ十人や二十人じゃ足りないわ……」

「ええ、その通りよ。だから魔力をいっぱいもってる人たちに手伝ってもらったの」

「まさか、あんた……ッ!!」


 マホの目が鋭くなり、ギリと歯を強く噛みしめる音が聞こえるほどに口元が固く結ばれる。


「そう——魔法少女ちゃんに手伝ってもらったわ」


 その言葉に、場の空気が凍り付いた。


 ちょっと待て。それってどういうことだ……。

 さっきから衝撃的すぎる情報が多すぎてもはや処理が追いつかない。思考を止めたくなるほどだ。

 でも今は――


「安心して、アナタもすぐに会えるわ。マホちゃん」

「く、ぅう……ッ!」


 マホは何とかしてキラリに攻撃をしようとするが、、『認識改竄』の力に阻まれているようだ。

 キラリの魔導銃の銃口が紫色に輝き始める。昨日、タマネが見せてくれた退魔弾の輝きと比べるとあまりにも暗く、濃い。


「バイバイ、マホちゃん」


 俺は——。


「アオハルっ!」


 居てもたってもいられず、動けないマホの前に飛び出した。

 マホの悲鳴が耳に届く。だが、もう後には引けない。


「いいわ、先にアナタから殺してあげるわっ!」


 頬が興奮で紅潮し、荒い息を吐きながら引き金を引く。

 銃口から紫色に輝く銃弾が発射される。


「アオハル——だめぇええええええええええ!!」


 マホの絶叫が響き渡る。だが俺はそれを無視し、両手を大きく広げてマホの前に立ちはだかる。

 そして、俺の心臓めがけて放たれた銃弾が、胸を貫く。


 一瞬の静寂。


 ――銃弾がコロリと地面に落ちた。


「はぁ!?」


 キラリの表情が歪み、驚愕の声を上げる。

 俺は無傷だった。銃弾は心臓を貫かず、ただ制服を傷つけただけである。


「アオ、ハル……?」


 背後からマホの戸惑う声が聞こえる。そういえば『無限防御』について教えていなかったっけ?

 だが今は、目の前の相手に集中しなければ。


「いったい……何が、起こったというの……?」


 キラリは何が起きたのか理解できていないようだ。目を白黒させながら、俺を凝視している。しかし、すぐにその表情が憎悪に満ちたものへと変わる。


「ふ、ふふ……っ。やっぱりアナタは異常だわ。ワタシの『認識改竄』をことごとく無効にして、鉄を簡単に貫く魔導銃すらも防御して……アナタいったい何者なのよ!?」

「……ただのしがない男子高校生だ」


 ……無効とは何ぞや? 俺に何かしようとしていたってことか?

 それはさておき、とりあえず俺はキラリに撃たれた意趣返しのつもりで言い返す。それは効果的だったようで、悪魔の表情が一瞬で歪んだ。


「ふ、ふふふふふ——絶対に許さないッ!! このワタシの――ディーヴァの力を、よくも、よくもォォ!!」


 キラリ――ディーヴァと名乗ったその存在は、怒りに我を忘れたかのように叫んだ。

 え、あ、あれ? 怒りすぎじゃね。なんでこんなに怒ってるのよ……さっきから殺意強すぎ……。

 そして、ディーヴァは手に赤い魔力の玉を作り上げると、それを地面に叩きつけた。

 轟音と共に、黒煙が公園全体を包み込む。


「キサマらを殺してやる。覚悟しろ」


 どこからともなく響くディーヴァの声。その言葉が消えると同時に、黒煙も晴れていく。

 ディーヴァの姿はもうそこにはなかった。

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