『ぼっち取扱説明書』定価10円で販売中!
キラリちゃんに手を引かれ、買い物に付き合わされた俺は、現在、ショッピングモール外にある公衆トイレの横に設置されたベンチに腰掛けていた。お手洗いに行ったキラリちゃん待ちである。
「はぁ……」
……疲れた。
自然と漏れるため息に、自分の疲労感がよくわかる。
女の子の買い物に付き合うというのは、ここまで体力を奪われるものだったのか。前世で見たアニメで「買い物デートは男泣かせ」なんてセリフを耳にしたことがあったが、これがそのリアル版というやつなのだろうか。実感するのは、ほとんど初めてのことばかりだ。
それにしても俺はなぜ買い物に付き合わされているのだろう。
しかも、ショッピングとは名ばかりで、キラリちゃんは数十軒の店を見て回りながら、一つも物を買うことなく終わっている。
ふと空を見上げると、太陽はとっくに昼を越え、今は夕陽のオレンジ色が街全体を染め上げていた。その光景は美しいはずなのに、俺の疲弊した心にはほとんど届かない。……いや、ほんともうしんどい。そろそろ吐きそう。
誰かと一緒に出掛けることがこんなにもしんどいとは……俺には一生彼女なんてできないのかもしれない。
《かといって独りぼっちだと寂しくなって死んじゃうウサギみたいな存在がマスターじゃないですか》
ねぇ、知ってる? ウサギは寂しくなると死んでしまうっていう話、あれ都市伝説なんだってさ。
《そうですね。でも、マスターほどのぼっちも都市伝説みたいなものなので、お似合いじゃないですか?》
……ねぇ、それってどういう意味? もしかして俺みたいなぼっちは現実ではありえないって言ってる? 前世含めて30年間、生まれてから一度も友達ができたことがない人間はフィクションだけの存在だと思ってる?
《それがフィクションじゃなければ何と言うんですか。夢の中の存在なんですか?》
ところがどっこい、夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!
《それ、自分で言ってて悲しくなりません?》
……いいもん、コッコさんといっぱい話すから。結婚できなくてもコッコさんと話せるなら寂しくないし……
《――平素より『hiyoku renri』をご利用いただき、誠にありがとうございます。この度をもちまして、本サービスを終了させていただきます。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます――》
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。お金ならいくらでも払うので、その前世のソシャゲ絶頂期に死ぬほど見たサービス終了の定型文やめてください。
《チッ、仕方ねーな。じゃあ今度から週一で小説読めよ。ミステリー系な》
あっ、なんかDV気質のコッコさんもありかも……。
ていうか、コッコさん小説好きだね。そんなに読みたいなら『世界記憶』ってやつから直接持ってくればいいのに。それともできない的な?
《いえ、可能ですよ。ただ、世界記憶から情報をもってくると、いっぺんにまとめてインプットしちゃうので、導入から山場、結末まで一気に入ってきてメチャクチャ味気ないんですよね。なので、マスターの目と脳を通して見ないと面白くないんですよ》
ほえー、そういうもんなのか。
AIが「面白い」とか言う時点で感情持ってて怖いけど、ミステリー小説か……マンガじゃだめ?
《活字を読めば、言葉をたくさん知れて、コミュニケーションがうまくとれるようになるかもしれませんよ》
はいはい、そうやって俺が友達をつくるためという言い分なら、なんでもやると思っているんだろ。もう騙されないからな。コッコさんが前にその手法で少女マンガとか演劇とかを見させたことは忘れてないぞ。
《それで趣味が増えたんだから良いことじゃないですか。人と話すときの話題のタネになりますよ》
くっ、正論だから言い返せねぇ……!
《まあ、新しいものをちゃんと見てくれるなら、小説じゃなくてもいいですよ。というか、最近見ている物語が結構面白いですしね》
あれ? 最近なにか面白いやつあったっけ? ゲーム?
《いえ、ドラマですね。前世でもぼっちだった男が異世界でもぼっちになっているという話です》
……なんか、随分と身に覚えのある物語だね。
《はい。物語は基本的に主人公の視点で進むんですけど、その主人公が基本的にバカなことしか考えてないので、周囲との認識に差があるのが面白いんですよ》
ほーん、一瞬俺のことかと思ったけど、俺は自他共に認めるぼっちだから関係ないか。前世含めて30年間人間観察だけは怠らなかった俺が自分への評価を間違えるわけないしな。
《そうそう、そういうところです。すんごくバカっぽい》
……ん? は? どういう意味? ちょっと待って、今俺にバカって言ったか?
コッコさんの発言に少しだけムキになって言い返してやろうと思っていると。
俺の思考を遮るように、パタパタと軽快な足音が近づいてきた。
「おっまたせしました……って目つきヤバっ!? そんなに闇をまとってどうしたんですか?」
軽やかな声とともにキラリちゃんが戻ってきていた。
「……いや、なんでもない」
腰掛けていたベンチから立ち上がって迎えようとすると、キラリちゃんが片手を差し出していた。
その仕草があまりに自然で、思わずその手を取ってしまう。
「……」
「ふふ、どうぞ?」
柔らかく微笑むキラリちゃん。
……あ、悪女や。この子は数多のぼっちたちを勘違いさせてきた魔性の女や……。
そんなことを思いながらも、俺はキラリちゃんの小さな手に引かれ、なんとなく立ち上がった。
……いや、それにしても。最近の子はどうしてこうも距離が近いんだろうか? 自分では気づいてないのかもしれないけど、これは危うい。
俺みたいなぼっち男に、こうして手を差し出せば勘違いされてしまう可能性もある。
俺が前世でもぼっちの経験を積んでいたから大丈夫だったけど、かなり危険だとアオハルは思います!
そして、たしかに俺は高校に入るにあたって、「友達をつくる」と固く決意したが――昼食を一緒にとるとか、デートとか、誘ってくれるのはありがたいが、こうも劇的なイベントが連続で続くと、正直心が追いつかない。
マサムネもキラリちゃんも、もうちょっと緩やかに、俺に合わせて距離を詰めてきてほしい。いっそ、コッコさん作の『現実アオハル取扱説明書』を渡すから一度目を通してほしい。
……それにしても、こうしてキラリちゃんと出掛けているという事実がいまだに信じられない。自分の人生のどこに、こんなイベントが発生するフラグが立っていたのだろうか?
「なぁ、キラリ。どうして俺を――」
『誘ったんだ?』とそう聞こうとしたところで、彼女の人差し指が俺の唇に触れた。その指は驚くほど細く、男の俺の指と比べて小さく、軽かった。
「ちょっと向こうの公園で話しませんか?」
キラリちゃんは、俺の口元を押さえたそのままの指を軽く下ろしながら、ふんわりと微笑んだ。その笑顔には、無邪気さと包容力が混じっているような、不思議な魅力があった。
「アオハルさまが聞きたいこと、答えますから」
そう言いながら、彼女は俺の唇に触れていた指先で、少し遠くの場所にある公園を示した。言葉だけでなく、その仕草ひとつひとつが自然すぎて、まるで舞台の演出のようだった。
俺はその雰囲気に飲み込まれ、彼女に主導権を握られていることすら気づかないまま、素直に頷いていた。
彼女の小さな背中が、少しずつ先へ進んでいく。その後ろ姿を見ながら、俺はふと一つの予感を抱いた。
きっとマサムネとキラリちゃんは転校したばかりにもかかわらず、誰にも話しかけてもらえずに、ぼっちになりかけている俺を見かねて相手をしてくれているのかもしれない。
つまり、今回のキラリちゃんとのデートは、ひょっとすると――……いや、よそう。俺の勝手な推測で皆を混乱させたくない。
《『皆』って誰ですか?》
さぁ? 俺の心の中にいる未来の友人とかじゃない?
俺は頭を軽く振って思考を打ち切ると彼女の後に続くのであった。
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