大豆、私の好きな食べ物です


「……『異能』を使うなら一言くれ」

「ハルだってゴーストを察知してた」


 タマネが『異能』の力を使って、ゴーストを退治した。

 そこで彼女は俺がゴーストの存在を察知していたらしいことを言っていたが、全く心当たりがない。まぁ、それほど気にすることでもないか。


 ところで異能とは、魔法とは異なる超常的な力のことを指し、その力を使う者のことを異能使いスキルホルダーと呼ぶ。

 魔法との違いは、あちらが火・風・水・土の四大元素をもとにしているのに対して、異能はその名の通り超常的な力で、非常に多種多様かつ特別に珍しい力が多い。


 どちらが優れているかは状況に寄りけりだが、魔法は仲間と連携を取りやすい。

 一方で異能はその保有者の数自体が非常に少なく、特に魔法使い……というより魔法少女よりも希少であるため、一人一人がユニークな能力をもっており対策が難しいという特徴がある。


 そして俺が知る限り、タマネは異能使いの中でも最も特異な力をもつ少女だ。


「それに火薬は使ってない。音は小さくしてる」

「…………」


 そんな近所迷惑的な意味で言ってるんじゃねえよ! 無言で銃を向けられる俺の身にもなってください!


 ……と、それはさておき。 タマネの異能とは『口にした言葉に応じた現象を具現化または変化させる』というものである。


『銃』とつぶやいたタマネの手にどこからともなくハンドガンが現れたように。

『ペン』と言えば黒色のボールペンが出たり、『イワシ』と言えばピッチピチの新鮮なイワシが誕生したりする。


 これらは彼女の想像に基づいて創り出されるらしいが、基本的には何でもありの異能だ。

 俺が知る限り、他の異能使いでも彼女ほど自由度の高い異能をもつ者はいないだろう。

 さらに――


「ハル」


 俺がタマネのことで思索をめぐらせていたときだった。彼女は俺に声をかけて。


「撃つ」

「は?」


 パシュ――俺が何かを言う前に『退魔』の効果を付与した弾を銃に込めて発射した。

 紫色の弾丸は、再び俺の真横を通り、後ろにいた別の『ゴースト』に直撃した。


「…………」


 助けてくれたこと自体はありがたい。それに、さっきとは違って今回は『撃つ』と一言くれた……けどなァ! もうちょっと間というものをくださいな! 間髪入れずに撃ってんじゃねえよ!


 タマネは俺の顔をジッと見つめると、ふっと肩の力を抜く。すると、彼女の右手にあったハンドガンがポンと耳障りの良い音と共に消えた。

 どうやらゴーストの危機は去ったらしい……俺はまったく気がつかなかったが。


 もうお分かりかもしれないが、タマネの異能はモノを創造するだけでなく、性質を変化させたり、特性を付与したりすることも可能だ。

 つい先ほどタマネの銃弾によって倒されたゴーストは、本来であれば殴打や投擲などの物理攻撃が一切通じないモンスターなのだが、タマネが弾丸に『退魔』の効果を与えたことでゴーストの弱点を突いたのである。


「ハルは魔物によく襲われるから。気をつけて」

「……ああ」


 色々と言いたいことはあるが素直に頭を下げる。彼女の言う通り、俺は小さい頃から魔物によく狙われる。

 とはいっても、何か特別な理由があるというわけではなく、なんか『おいしく見える』からだと、魔物に詳しい少女に教えてもらった……不幸だー!

 しかし、こうやってタマネに振り回されるのも懐かしいものがある。疲れもあるがそれ以上に嬉しさもある。


 ――まぁ、タマネが何を考えているかは全然分からないんだけどね!


「お前は変わらないな」


 そんな妙に高いテンションだったからだろうか、特に意図もなく無意識に言葉が出てしまった。


「ハル」

「ん?」

「私は変わった」

「……は?」


 タマネはいつもの無表情のままこちらを見て、サファイアのような瞳をわずかに細め、首元のマフラーに手を当てながら言った。

 ……そういえば、タマネはたまにこうして感情を少し見せるときがあるんだった。


「背が伸びた」

「……そうだな」


 たしかに伸びた。というか高校生になったんだから伸びてないはずがないだろう。しかし、どうやらタマネはまだ不服なようで言葉を続ける。


「年齢も上がった」

「高校生だからな」

「体重も増えた」

「……それは嬉しいのか?」


 タマネは首を横に振る。まぁ、何か特別な理由がなければ、体重が増えて喜ぶ女性は少ないだろうし、あまり嬉しくないだろう。


 ……それにしてもタマネはいったい何が言いたいんだ?


 会話の流れとしては、俺に『変わったな』と言わせたいという感じがするが……俺なんかの言葉が彼女に何か影響を与えると思えないし、さすがに自意識過剰だろう。きっと俺の考えなんて及ばない別の目的があるに違いない。

 タマネは言葉を区切り、しばし沈黙して……


「……胸も大きくなった」

「――それは嘘だろ」


(あ、やべ)


 思わず突っ込んでしまった。タマネの胸は、制服越しでも全く膨らんでいない。そんな状態で『大きくなった』とは口が裂けても言えないでしょ……。

 まぁ、アカツキ学園の制服は初等部・中等部・高等部でそれぞれ異なるが、高等部の制服はブレザータイプであるため着痩せすることが多い。


 ――が、しかし、タマネの胸はブレザーおよびマフラー越しでもわずかな膨らみもなく、現役高校生で性欲いっぱいの俺から見ても残念と言わざるを得ない「銃」――え、


「……なぜ俺に銃を向ける」


 タマネはハンドガンの銃口を俺に向けていた。いつもの無表情のまま、しかしどこか……いや、かなりの怒りの気配をちらつかせて……。


「大きくなった」


 ……そういえばそうだった。タマネは感情の表現が少ないが、俺と二人きりのときには、こうやって無表情ながらも感情の色が見え隠れして――って、もしかしなくても今の俺の状態はかなり危険なのではないだろうか……? 

 心なしかタマネの語気も強くなっている気がするし。


「……私は変わった。胸も大きくなった」

「前半はたしかにそうだろう。だが、後半は――」

「ハルも触ってみればわかる。……触って」


 ……なんだと!?

 俺の高校生としての本能が揺さぶられた。


『胸、触っていいよ』と言われて『NO』と答えられる健全な男子高校生はどれほどいるだろうか。いや、いるはずがない(反語)


 なぜなら男子高校生はみんな女の子の胸を揉む妄想を常日頃からしているからだ。男の子にとって女性の胸は聖遺物にも等しい崇拝の対象なのだ。

 だから『いいんですか!? 本当に触ってもいいんですか!? 是非とも触らせてほしいです!』……と鼻息荒く言いたくなるが――唇をかみしめて、なんとか俺の荒ぶる性的欲求を抑えようとしていた、その時。


 ……ぴとっ、もにゅ、もにゅ。


 こ、このブレザーの質感とそれ越しでもわかるマシュマロのような柔らかさは――ッ!?

 気づくと、タマネが俺の手をそっと引き寄せ、マフラーをずらしながらその胸に手を押し当てた。

 なるほど、これは――


「大きくなった、でしょ?」

「ああ、たしかに大きくなったな」


 昔は本物のぺったんこだったんだが、今はたしかにわずかな膨らみを感じるほどには成長している。

 タマネから漏れ出ていた怒りのオーラが収まったように見えた。

 そこで俺はほっと安堵した――――それがまずかった。

 思わず、普段なら絶対に言わない余計なことをつぶやいてしまった。


「しかしその年の平均的な胸のサイズからすると、タマネのはちょっと小さい――」


 パシュ――!!


「ッ!?」


 タマネのハンドガンが火を噴いた。銃口から発砲された弾が俺の額に直撃して、衝撃が走った。


 痛みは……ない。


 この異世界に転生する前にもらった自動防衛能力『無限防御』が作用したらしい……と思っていたのだが、


「豆……?」


 俺の額からコロリと落ちてきて手のひらに乗ったのは、節分の時に使うような小石サイズの大豆だった。


「えい、えい」


 パシュ、パシュ……ぺち、ぺち。


 無感情な掛け声とともにタマネが引き金を二回引くと、俺の額に大豆が二個ぶつかった……無論、少しの衝撃はあるが痛みなどあるはずがない。

 タマネはハンドガンを顔の前に持ち、ちょっと得意げな様子で言った。


「大豆は、栄養豊富。畑の肉と呼ばれるほどタンパク質が豊富な食べ物。タンパク質は人間が生きるために欠かせない成分。体力や肉体の成長にも役に立つ。ハルも毎日大豆を食べるべき」


 あはん、すんごい饒舌。

 そういえばタマネは大の大豆好きだったことを忘れていた。

 無表情でありながら熱をもって大豆について語るタマネに、俺は「……ああ、そうだな」と死んだ目で答えるのであった。


 ――やはり、俺が彼女を『友達』と呼ぶには彼女のことを理解できていなさすぎる。


 俺は改めて痛感した。


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