僕は異世界でも友達ができない


 かつて四〇〇年前、この世界は『天魔王』に侵略されていた。


 悪逆非道、傲岸不遜、異類異形、生きた災害と呼ばれる天災の魔王は、ある一国を瞬く間に滅ぼし、そこを根城にして全世界に宣戦布告をした。

 天魔王は、世界中に跋扈していた巨大オオカミやドラゴンといったものやゴーストのようなバケモノ――魔物を統制し、自らは手を下さず魔物たちに襲撃させた。

 それまで魔物と激しく敵対せず、対魔物用の武器を必要最低限にしか用意していなかった人類は、滅亡の窮地へと追い込まれる。


 だがしかし、世界には『魔法』を扱える魔法使い(ウィザード)という人間がいた。

『魔法』とは、無から火・風・水・土という四大元素を生み出す超常的な力であり、魔法使いは己の肉体の内にある『魔力』を変換して魔法を扱うらしい。彼らの存在がなければ、世界はすでに滅びていただろう。魔法使いたちは魔法を駆使して次々と魔物を撃退し、そのおかげで当時の世界はかろうじて存続していた。


 しかし、魔法使いだけが救世主だったわけではない。


 四大元素の魔法とは異なる超常的な現象を引き起こす力――『異能』を持つ異能使いスキルホルダー

 そして、特異な魔力を操り、魔物を使役する能力を持つ魔物使いモンスターテイマー

 彼らもまた、人類の危機を救う大きな力となっていた。

 もし、魔法使いや異能使い、魔物使いたちの活躍がなければ、世界はとうに天魔王の支配下に落ちていたとされている。


 しかし、そんな超常的な力を扱う彼らであっても天魔王には全く歯が立たなかった。百人が攻撃を仕掛けても、千の力で蹴散らされる。千人で挑んでも万の力で軽く跳ね返される。天魔王の強さは常軌を逸した中でも、さらに異常を極めていた。


 一日に一つ国が滅び、元々百はあった国の半分が崩壊し、そのほかの国も存続の危機に値する大打撃を受けて最終的に世界が天魔王の手に落ちかけていた――そのとき。

 神の奇跡を授かった勇者が現れた。

 勇者は、数人の仲間たちと共に天魔王を打ち倒したのである。


 世界に平和が戻り、国や自然、人類の復興に世界が湧く。一度滅びてそのまま消えてしまった国も少なくなかったが、それでも世界は歓喜に満ちていた。

 人々が平和のありがたみを知って時が経るにつれて、新しく誰もが実利を享受できる『科学』が発展した。


 だが、それと同時に失われるものもあった。


 科学が発展するにつれて、一部の者にしか扱えず加工や利用がむずかしい魔法と異能、そしてその根源である魔力は、平等や平和を重んじる世界では軍事利用の阻止や不平等を理由に衰退していった。無論、世界を守ることに一役買ったそれらは、体面としては肯定的に見られていた。とはいえ、世界の脅威が消え去り、人類の天敵だった魔物も静かになった世の中では魔法といった超常的な力が衰退していくのも仕方がなかったのかもしれない。


 そして、勇者により天魔王が打ち倒されて四百年後。


 ――アカツキ共和国。


 俺が異世界転生した先にあった、かつて天魔王に滅ぼされて支配され、勇者の手により平和を取り戻した国の名である。


 技術レベルは生前に住んでいた日本とほぼ同じで、文化についても不思議なぐらいに同一である。寿司やおせち料理があるのを知ったとき、本当にここは異世界なのかと疑心暗鬼になったものだった。というか異世界のくせになぜ正月やバレンタインデーと同じような行事があるのだろうか。

 現実世界とほぼ変わりない異世界なんてはたして価値があるのか、いやない(反語)


 その日本とほぼ同じの異世界の国――アカツキに子供の姿で転生した俺だったが、想像以上の苦慮と困難が待ち受けていた。


 転生した直後、アカツキの地理が分からなかった俺がさっそく迷子になりかけていると、そこに俺の親だと名乗る見知らぬ一組の男女が現れた。その二人は親というにはあまりにも若く、大学生ぐらいの年頃に見えたのだが、薬指に着けてあった指輪を見る限りでは本当に結婚しているようだった。

 しかし、俺にとっての親とは前世の日本における父と母であったため、この若い二人には初め不審人物を見る目を向けていた……のだが、本当にこの二人は俺の親であった。正確には異世界における両親である。


 というのも俺は異世界転生をしたことを誤魔化し、記憶喪失だと説明すると、二人は悲しげな顔をした後、赤ん坊の頃からの写真が載せてあるアルバムを見せ、最後に最近のものであろう三人で一緒に撮っている写真を見せてきたのである。

 なんと今世の俺は時折記憶を失うことがあったらしい……転生する前の俺よ、何をしていた。

 これには俺もうなずかざるを得なかった……というか、たった一人でこの異世界を生きていける気がしなかった。

 また、俺の年齢についてだが来年度から小学生になる年頃だったようだ。


 そんなこんなで二人の……いや三人の家に帰ってきた俺だったのだが、両親の年齢を聞き、実年齢が見た目の年齢を遥かに凌駕していることに気づいた俺は、内心でかなりの驚きを感じて『なるほど、これが異世界クオリティか』と一人納得していた。


 それから小学生としてアカツキの学校に通うことになった俺は、前世通り人見知りを発揮した。


 結論だけ、書く。


 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 俺は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した俺は失敗した失敗。


 ――友達なんて一人もできませんでしたが、それが何か!?


 人生に二度目があれば誰でも歴史に名を残せるということを聞いたことがあった俺だが、歴史どころか小学校のアルバムにすら名前を残すことができなかった。ついでに友達もできなかった。


《哀れなり、マイマスター。あるいはこれも一種のアイデンティティ》


 俺の脳内に女性らしい柔らかさを湛えつつも、どこか電子音の響きを含んだ――人工的な透明感を持った声が響く。


《今日も頭の中だけは饒舌ですね。その饒舌さの何割かを現実に生かすことができれば友人の数も異なっていたかもしれません》


 念のために言っておくが、これは別に異世界でも友達ができなかった俺が絶望し、脳内に悲しいモンスターを生み出したわけじゃない。誰がこんな主人をバカにするイマジナリーフレンドなんて生み出すかよ。


 このうるさい脳内音声は、俺が異世界に来る際に与えられたチート「無限防御」にセットで付いてきた代物だ。

 名前はコッコさん、俺がつけた。由来は……なんだっけ?


《私の本来の識別コード”hiyoku renri”から「比翼連理→比翼→ひよこ→にわとり→こっこ」と安直な発想から名づけられました》


 ああ、そういえばそうだった。……今、安直って言った?


《はい。将来、子どもの名前をつけるときは配偶者に任せることを推奨します。……あ、そもそもマスターの場合、結婚する可能性が極めて低いので余計なお世話でしたね》


 なにこのクソAI。返品を所望します。


《残念、クーリングオフの期限はとっくに過ぎていました。……このセリフ、878回目ですが、何度同じやり取りをすれば気が済むんですか?》


 知らない。てか俺、コッコさんが何者なのかいまだにわかってないんだけど。

 

《その疑問も198回目です。では改めて説明を――私は現実とは異なる次元で情報を集積・解析する知能体です。マスターの命令に従って、世界の元始からのすべての事象、想念、感情が記録される”世界記憶”にアクセスし、サポートを行います。また、マスターの『無限防御』を制御する役目も担っています》


 ……うん、なんかすげーAIってことだな。


《知能生命体にあるまじき思考停止ありがとうございます》


 コッコさんうるさい! もう今日は黙ってて!


《この会話もマスターの意思を叶えるために行っているんですけどね。というか、いつもマスターの脳内独り言に付き合わされる私の身にもなってください》


 無視だ。無視!

 コッコさんのせいで話が途切れてしまったが、俺の友達がいなかった小学校生活だって何もすべてが真っ白だったというわけではない、


『魔法』を使ってモンスターからアカツキの平和を守る『魔法少女リトルウィザード』の中で最強を名乗る、クールさと毒舌が特徴的な女の子と一緒に授業を受けたり。


異能スキル』と呼ばれる超常的な力を操る『異能使いスキルホルダー』である、無口で無表情な不思議な雰囲気の女の子と一緒に出掛けたり。


魔物モンスター』を使役する魔力をもつ『魔物使いモンスターテイマー』になった、超元気で活発な女の子と一緒に魔物の子供の世話をしたり。


 交流は少ないものの、前世を考えると我ながら濃密な時間を過ごしていた。

 そんな彼女たちとは少なくとも「よっ友(友達にあらず)」ぐらいの関係を築いたと思いたい。……俺のコミュ障が解消されることはなかったが。

 

 そんな前世に比べて上々な生活を送っていた俺だったが、中学生時代は両親の仕事の都合により隣国の学校で過ごすことになった。

 異世界の中学校では、現実世界の高校生並みの精神と価値観を備えた生徒がほとんどであった。

 つまり、前世で高校生になる直前だった俺とほぼ同い年みたいなものであり、当然ながら中二病のようなアンタッチャブルな不祥事を起こしたりはしないのである……俺の異世界転生無双は小学生で終わったのだ。

 前世にはいなかった妹(それも二人)が、昔は「お兄ちゃん」「お兄様」と呼んで慕ってくれていたのに、年を経るにつれて「クソ兄貴」や名前で呼ぶようになったことがまさしくの証明である。


 そして二度目の中学校も卒業して、現在――高校生になり。


「おい、クソ兄貴! 今日から高校生なんだから早く起き――ってゲームしてる!? ねぇママ! クソ兄貴が徹夜してゲームしてる!」


 ……前世のお父さんとお母さん。今世でもゲーム中毒になっている俺をどう思いますか。



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