天賦寶屍上

「ドッペルゲンガーって出会ったら、死ぬんじゃなかったっけ?」

「……そうだよ。」

「じゃあ、私、死ぬの?」

「……。」

「なんで、そこで黙るのよ! 


 嘘でも、大丈夫って言ってよ!」

「いや、ごめん、ごめん……。」


 里美はどこか上の空の様子で、黙っていた。さっきから里美は何かを言いたげな様子だ。  


____________________________________________________________



 学校で私の分身が現れた出来事は、弓道部や剣道部以外でも起こっていた。


 野球部やテニス部、柔道部等、あらゆる部活に私とうり二つの人物が現れたらしい。皆、口をそろえて、部活に入って欲しいと言われた。学校を歩けば、私の分身が何かをしている。


 皆に必要とされて、褒められる感覚は、心地よかった。しかし、それよりも、見知らぬ自分の分身が出歩いていることが嫌だった。私は入学式以来の激しい部活勧誘から抜け出して、今、里美と一緒に帰り道を歩いている。


「ねえ、百夜(ももよ)。


 ……落ち着いて聞いてね。


 今夜、あなたはあなたの分身に殺される。」


 里美は真面目な表情でそう言った。


「……かもしれない。」

「どういうこと?」

「……この町の偉人って誰がいる?」


 唐突な質問だった。私は小学校の特別授業で覚えた名前を思い返す。


「……確か、戦前に日本で初めてノーベル賞を取った夜長圭一とか、初代横綱の陰山海電とか、戦国武将の宵月政明とか、色々いたはずだよ。」

「そう。


 この地域は歴史に名を遺す偉人がたくさんいるの。他の地域は歴史に名を遺す偉人が1人でもいたらいい方なのに、私たちが住むこの地域は、両手じゃ足りない程の人数の歴史の偉人がいる。


 これって、かなり異常だとは思わない?


 それだけじゃない。この地域の偉人の誕生した年を調べてみると、ちょうど100年毎に生まれているの。これは文献が残っている限り、1600年前の古墳時代からずっと続いているの。偉人がたくさん生まれるだけなら、まだ、偶然で片付けられたのたわ。でも、誕生年がちょうど100年毎なのは、おかしい。」

「それと、私が分身に殺されることと何の関係あるの?」

「そうね、そこを話していくわ。


 今言った100年ごとにこの地域に生まれる偉人は、頭が良かったり、相撲が強かったり、戦が強かったりと、偉人の特徴はみな違うのだけれど、いくつか共通点があるの。


 まず一つは、皆、生まれた頃から才能に溢れ出た人物じゃなかったってこと。


 ノーベル賞を取った夜長圭一は、特段賢い生徒ではなかった。実際、勉強は得意ではなく、工業高校に進学したらしい。でも、ある日を境に、突然、工業高校を退学し、大学に進学したそう。そのまま、在学中にノーベル賞の授賞理由になる研究を発表、そして、数々の新発見をして、日本のアインシュタインと言われるようになった。


 中では、アインシュタインを超えていたという学者もいるくらいね。そんな世界中に名の知れた夜長圭一がいたから、この地域は戦争中に、空襲を受けなかったと言われているわ。


 横綱の海電も、小さい頃は病弱で、体もそこまで大きくなかった。だが、これもある日を境に、突然、力が強くなり、生涯一敗もすることなかった最強の横綱となった。戦国武将の宵月政明も元々下級武士の生まれで、あまり強くもなかった。だが、ある日を境に、1人で1000人分の戦力と言われるほどの最強の武将になった。」

「……うん。」

「そして、ここが大事な共通点。それらの偉人が覚醒した日の前に、必ず、その人たちのドッペルゲンガーがたくさん現れるってこと。


 戦国武将の宵月政明や相撲取りの海電の伝承に、彼らの分身が現れたことが記されているし、ノーベル賞の夜長圭一にも、分身が現れた話がある。ちょうど私のひいおじいちゃんと同級生だったから、夜長圭一の分身に出会った話を聞いたことがあるの。


 ひいおじいちゃんから聞いた話によると、夜長圭一はスポーツも勉強も、特技もなく、目立たない人だったらしいの。だから、ひいおじいちゃんと夜長圭一は仲は良くなかった。そして、ひいおじいちゃんは野球部に所属していたの。


 で、ある日、いつも通り、ひいおじいちゃんが野球の部員じゃない夜長圭一がマウンドにずかずかと入ってきて、野球ボールを手に取ると、そのまま野球ボールを投げたの。その投げた野球ボールは目にもとまらぬ速さで飛ばされて、投げた先にあった木にめり込んだらしいの。


 そして、そのまま、無言で夜長圭一は立ち去った。その後、ひいおじいちゃんは夜長圭一を探すと、教室で寝ていたの。ひいおじいちゃんが夜長圭一を起こして、野球のことを聞くと、そんなことは知らない、僕はずっと教室で寝ていたと言い張っていたらしいの。」

「それって、今の私と同じじゃないの?」

「そう、今の百夜の状況と同じ。


 そして、ここからが大事。そんなことがあった次の日、ひいおじいちゃんが夜長圭一に話しかけると、その人は夜長圭一じゃなかった。」

「……どういうこと?」

「確かに、姿形は全く変わらず、夜長圭一だった。ずっと喋ってみると、声も記憶も全く変わらなかった。だけど、もう、昨日の夜長圭一じゃないと分かったらしいの。


 なぜかと言うと、その時の夜長圭一の目が全く違うと分かったから。


 その目は何か普通の人間とは違う、恐ろしいものを感じたそうよ。そして、ひいおじいちゃんはそんな目をした人間は、夜長圭一以外に、たった1人しか見たことがないらしいの。」

「そんな目をした人って?」

「ひいおじいちゃんの子供、つまり、私のおじいちゃん。」

「?」

「正しく言えば、戦争が終わって、戦地から帰ってきたおじいちゃんの目。」

「……それってつまり、


 人を殺した人の目ってこと?」


 里美は小さくうなづき、話を続けた。


「そして、ひいおじいちゃんは話の最後に、こう言ってた。本当の夜長圭一は、夜長圭一のドッペルゲンガーによって殺されたんだと。


 そして、私があの時話していたのは、夜長圭一のふりをしたドッペルゲンガーなんだって。」

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