第16話



 私は、自分が「何者か」を探そうと思ってた。


 この旅館に来て働こうと思ったのは、ある意味、自分探しに来たと言っても過言じゃない。


 親父はあんなだし、母親はパチンコに入り浸って、ろくに帰ってきやしない。


 なんで自分が生まれてきたのか、時々考えることがあった。



 勉強して“いい学校”に入れば、将来が明るくなる。



 そんな漠然とした言葉に促されるように、一日中机に向かった。


 朝も夜も、自分が何をしたいのかも、よくわからないまま。



 家を出たいと思い始めたのは、中3の頃だった。


 全国でも有数の難関私立中学、桜蔭中学校。


 東京大学への進学者数日本一を誇る名門女子校に入っていた私は、そのまま桜蔭学園高校に進学するのが既定のルートだった。



 だけど、嫌だった。



 親父だけじゃなく、周りは猛反対だった。


 せっかく桜蔭中学に入学できたのに、高校に行かないなんて、“勿体なさすぎる”って。


 たまたまネットで見つけたんだ。


 家族との思い出は少ないけど、姫乃温泉に来た時のことは、よく覚えてた。


 親父は九州生まれで、実家のある日南市への帰郷の道中だった。


 空港からすぐ近くにあるこの場所には、若い頃に親父がよく来ていたそうだった。



 『住み込みバイト生、募集』



 スマホ画面に釘付けになった。


 その文字を見た時、すぐに電話したいと思った。


 思いつきでしかなかったんだ。


 「住み込み」っていう内容もよくわかってなかった。


 宮崎県が、どこにあるかも。



 佐知子さんは、親父のことを知ってた。


 突然訪問した私に、優しい声色で「上がって」と言ってくれた。


 それからだった。


 何も持っていなかった私に、1人で生きていく術を教えてくれたのは。

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