第6話 2人っきりのテスト勉強?
授業参観を無事に終え、教科書とノートをカバンに詰め込む。
僕らの撮った写真は教室に馴染んでいたのだろうか、誰からも指摘されることはなかった。
――ジッ。
カバンのチャックを閉め、顔を上げると田中の姿はもうそこにはなかった。
「あすかぁ~」
甘ったるい声の方向を向くと、陽菜が眉間にしわを寄せ口を尖らせていた。
「どうした?」
陽菜は「ちょっとさぁ、助けてほしいの……」と、いつものように主語も目的語も曖昧な言い方をした。
田中たちとの会話なら面倒に感じるのに、陽菜のこういった言動はなぜか嫌じゃない。
むしろ、少しだけ嬉しいと思ってしまう。
「何を?」
「来週さあ、数学の小テストあるじゃん。わたし、2年生になってから数学全く分からなくなって困ってるの……」
「数学?陽菜は文系だろ?」
この間の帰り道で、陽菜は私立文系志望だと聞いていたため、数学ができなくて困っている理由が僕にはよく分からなかった。
僕らの学校はテストで赤点を取ってしまっても、補修や再テストで点さえ取れば進級はできる。
「違うの!わたし、指定校推薦狙ってるから。だから、全部の教科頑張らなきゃなの!」
「指定校推薦……それは大変なこった、それじゃあな」
僕は席を立ち、ドアへと向かった。
「ねえ!あすか!見捨てないでよぉ」
陽菜は、僕の服の袖とひっぱり頬っぺたを膨らませ訴えてきた。
「まあ今日は用事ないしいいけど」
いつもは田中と公園や河川敷でだべっているがその相手もいなかったので素直にそう答える。
「いいの!やったー!」
陽菜は満面の笑みをうかべ、拳を突き上げた。
「今日、サッカー部は?」
「授業参観のあとは、保護者会があるからどの部活も今日は休みでしょ?」
写真部の活動は、基本ないためこういう話題には疎い。
「そういえば俺の親も保護者会いくのかな?」
「あれ?聞いてないの?あすかのママとわたしのママ、今日保護者会の後一緒にご飯いくって」
「いや、聞いてないけど……」
そう言いながら、スマホを起動させると『今日遅くなるから夕ご飯自分で用意してね』というメッセージが母から送られてきていたのを確認した。
「じゃあ、図書館でやるか?」
「図書館しゃべってたら怒られるじゃん、あすかの家は?」
「まあ誰もいないし、いいか」
普通だったら同い年の女の子を家に入れるのを躊躇するのだろうが、幼稚園のころから中学まで陽菜はよく家に来ていたので特に何も思わなかった……。いや、見栄を張った。内心、少しだけ意識している自分がいた。
「あすかの家久しぶりだなー。高校生になってからは初めてだよね」
「まあ、そうだな」
「エロ本とか置いてないだろうね?」
「そんなもん買わないよ」
事実、そういったものを本で買ったことはない。そういうのは、全部スマホで済ませている。
「なーんだ、つまんないの」
「勉強しに来るんだよな?」
「そうだ、そうだ。ちゃんと数学の教科書とワーク持って帰んないと」
陽菜はロッカーの中から教科書とワークを取り出し、カバンへごそっと入れ込んだ。
今日の最後の授業が数学だったのになんでロッカーに教科書とワークがあるんだろうと不思議に思ったが、口には出さなかった。
◆◇◆◇
「あすかの部屋っていつもキレイだよね」
僕の部屋に入って陽菜はキョロキョロと僕の部屋を見渡した。
「隅まで見てもエロ本はないからな」
「ほんとかなぁ」
陽菜がそう言うと敷き詰まった本棚を物色し始めた。
「ちょいちょいちょい」
「何か面白そうな漫画ないかなー」
「勉強しに来たんだよな?」
何もないはずだが少し心配になったため、陽菜の背後に立った。
「ワンピースとか、ジョジョとか、ドラゴンボール……いつきても戦う漫画ばっかりだねー」
「そこら辺は、男の義務教育だからな」
中学の頃、最強漫画選手権とかを友達とよく開催していたのを思い出す。
いつも僕は、最強キャラクターとしてドラゴンボールのキャラクターを挙げていた。
だって、その気になれば惑星1つ滅ぼせるんだよ?そんな漫画他にある?
「あっ、これ……」
陽菜は、本棚の下段に手を伸ばし、縦長のある1冊の本を取り出す。
「これ、小学校の卒業アルバムじゃない?懐かし~」
「そんなもん、読んだら数学の勉強できなくなるぞ」
「まあまあ、5時になったらやり始めようよ」
机の上の時計に目をやると4時35分あたりを迎えていた。
ただ、〇時からとか決めても、結局ダラダラしちゃうんだよな。
陽菜は、ケースから卒業アルバムを取り出し最初のページを開いた。
「あれ?寄せ書き全然書いてもらってないじゃん。小学校のとき友達いなかったっけ?」
「いや、小学校卒業してもほとんど中学も同じになるやつばっかりだったから、わざわざ寄せ書き貰わなかったんだよ。多分、皆そうだったはず」
「いやいや、わたしもそうだったけど、卒アルには寄せ書き貰ってたよ~?」
「男女の差じゃないか?」
これは、男女の差ってことにしておこう。じゃないと、色々と辛い。
陽菜は、「そうなのかなー」と言いながらペラペラとページをめくる。
「早く結婚しそうなランキング……あれ?あすか1位じゃん」
ぼくは、陽菜の横からアルバムを覗きこんだ。
「全然記憶にないや」
「あすかモテてたんだねー」
「いや、モテてはないよ」
そうは言ったが小学校の頃は何人かの女の子から告白されたことはある。どこを好きになってくれたんだろう。
足が速かったから、とか?小学生の頃は足が速い奴がモテる、なんてネットで見た気がする。
「陽菜は小学生の頃どうだったんだよ」
陽菜と僕は、幼稚園の頃からの幼馴染であったが小学校では1回も同じクラスにならなかったため、陽菜とクラスメイトの人間関係みたいなものはよく分からなかった。
「わたしも……モテてはないかな」
回答の間とモテてはないという僕と同じ回答だったのが少し気になったが、僕が傷つきそうだったので追及するのはやめておいた。
陽菜は、卒業アルバムをパラパラとめくった。
「小学生の頃、運動会もリレーとかで活躍してたし、サッカーでもバンバン点決めてたし、あすか輝いてたよね……今とは違って」
「おい、一言余計だぞ」
全盛期は過去のもの、か……。それは、なかなか堪えるな。
「でもほんと、昔のあすかはかっこよかったよ……」
陽菜の何気ない一言がぼくに突き刺さった。少しの喜びとなんとも言えない黒い気持ちがお腹の中から染み渡る。
致命傷だ……。
救いを求めるように机の上に目を配ると、時計の針は5時10分過ぎを示していた。
「もう勉強しないと、指定校で大学いけないぞ」
「それは嫌だ。一般受験したくないもん」
理由はともあれ、陽菜は教科書とワークを広げ、机に向かった。
僕は黒いもやもやを抱えながら、ペンを動かす陽菜をぼーっと見つめていた。
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【あとがき】
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