第2話 あすか、大好きっ

「飛鳥、おいてくなよー」

 

 猿こと田中駿太たなかしゅんたが後ろから追いかけてくる。

 

「なんだよ」

「写真部、覗いていかないか?」

「まあ、特段やることないし久しぶりに行くか」

 

 部室は、教室のある校舎とは渡り廊下で繋がっていない。だから、行くまでが少し面倒なのである。

 

「今日は、美月みつきちゃんいるかな?」

「お前って女の子のことしか考えてないよな」

「そんなことねぇよ!俺だって結構色んなこと考えながら生きてるんだぜ!」

「たとえば?」

「そうだな、んー、世界平和とか?」

「……」

 

 目の前の桜から花びらが散っていった。


 ◆◇◆◇

 

 ――ガッ。

 ドアを開けようとするが、鍵がかかっていた。

「田中、鍵とってこいよ」

「なんでやねん」

 エセ関西弁が廊下に響く。

 

「部室行こうって言ったのお前だろ。」

「しゃーないな。鍵とってくるから、帰るなよ」

 返事をせずに、スマホに目を落とした。


 

 写真部は、三年生が受験で抜けて、一年生もまだ顔を出さないから、ほとんど活動していない。

 僕も田中も幽霊部員みたいなものだ。

 そのため、部室にはほとんど誰も来ないのである。

 かくいう僕も、部活に対して、そして写真に対してそんなに熱心という訳ではないので部室にそこまで足を運ばない。

 写真部に入部した理由も、運動部以外で何かしら楽な部活に入ろうと思ったからである。

 一方で田中は1年の夏まではどの部にも所属していなかったが、美月ちゃん……一条さん目当てで写真部に入部をした。

 

 

 階段の方からダンダンダン!と駆け上がる音が聞こえた。

 

「またせたな!」

「むしろ、早すぎるわ。走っただろ」

「美月ちゃんと飛鳥が2人っきりになってたら嫌だなおもて」

 

 女の子のためなら素直に行動できるこの猿を少し羨ましく思う。

 

「んで、何するの?」

「陽菜ちゃんから頼まれてただろ?数学の宿題。一緒にやろうぜ」

「お前も、俺の宿題写したいだけだろ」

「ばれた?」

「まあ、いいよ。別に」


 ◆◇◆◇

 

 それから部室には誰も訪れず、数学の宿題を終えた。

 猿は、見たいアニメがあるからと先に帰ってしまった。自分の欲望に忠実なやつである。


 

「あすかー!」

 

 振り返ると陽菜が手をぶんぶんと横に振りながら追いかけてきていた。胸の鼓動が少し早くなった。

 

「サッカー部終わったん?」

「明日から公式戦なんだ!それで今日は早く終わったの」

 

 陽菜と下校するのは久しぶりだった。僕と陽菜の家は歩いて5分もかからない程度なので必然的に帰り道は重なる。

 

「あすかは、今日写真部あったの?」

「いや、部室に寄って田中と一緒に数学の宿題を終わらせてた」

「そうなんだー。あっ、数学の宿題写させてよね」

 

 陽菜は僕の前に回り込み、ニヤッと笑った。

 

「自分でやらないと意味ないよ」

「いいもーん。私、文系だし」

「いや、俺も文系なんだけど」

 

 理系大学生はそこらのブラック企業より大変だという噂を聞いたことがある。

 僕は、かねてより猫のような生活をすることを夢見ているため文系の大学を志望している。

 

「でも、あすか数学の成績もいいよね?」

「国公立に行きたいからな」

 

 親にも申し訳ないので、猫になる費用はできるだけ抑えたい。

 

「そうなんだ。私は私立文系だから、大学生になったら離ればなれだね。悲しいな」

 

 (悲しいの?)とは聞けず、返答に困った僕は口を閉じた。


 

 陽菜の家には小さな門がある。門の内側には庭があり、そこには名前の知らない花がいくつかあった。

 

「数学の宿題は、明日でいいか?」

「うん!いつもありがと。あすか、大好きっ」

「おう、じゃあな」

 陽菜がドアを閉める前に僕は帰路に着いた。


 陽菜の『大好き』は、挨拶みたいなものだ。

 だから、その言葉が男として好きだという意味ではないということはよく分かっていた。

 

 夕焼けが目に染みた。僕は、地平線に落ちゆく太陽へ向かって足を速めた。





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【あとがき】

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