恋に恋してる~幼なじみに片想い、美少女からの片想われ~

日咲さき

第1話 僕には自信がない

《愛されるより愛したい》

 

 そんなことを思える人間は、大抵自分に自信を持っている。

 スポーツで己の力を誇示できたり、人から惹かれる外見を持ち合わせている。

 

 僕“鷹司飛鳥たかつかさあすか”にはそんな能力や要素はない。

 

 女の子は自分を守ってくれそうな相手に惹かれると聞くけれど、僕は人混みに紛れれば見失ってしまうほど、小さな体格をしている。

 明るい性格でもなければ、人を笑わせられるようなトークスキルも持ち合わせていない。

 

 不良品をわざわざ売り込むお店はないと思うが、こんな人間を他人に売り込んで……他人を愛してしまっていいのだろうか。

 

「あすかはさ、数学の宿題終わった?」

 僕が横を向く前に担任の深澤がこちらに目を向けた。本人は小さい声で喋っているつもりなのだろうが、他のクラスメイトは黙って深澤の話を聞いていたため、僕らに目が集まっている気配を感じた。

 

「私、本当に数学が嫌い。因数?を分解する意味も分からないし」

 西園寺陽菜さいおんじひなは、そんな気配にも負けることなく声をかけ続けてくる。

 まあ、因数分解は、因数を分解するのではなく、因数に分解するが正しい表現だと思うけど。


 僕は陽菜に顔を向け口元に人差し指をたてて返事をした。


「西園寺!お前は顧問の授業の時もそうやってしゃべってるのか?」

 教壇へ目を返すと深澤は、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「すみませーん」

 そう一言、陽菜が告げると深澤は週末に行われる授業参観の話を続けた。

 陽菜の方を見ると、足が飛んできた。

 

 ――ゴン。

「いっ」

 僕の机と陽菜の足が鈍い音を奏でた。


 

 帰りのホームルームが終わり教室を出ようと立ち上がったところ、陽菜に腕をつかまれた。

 

「なんだよ」

 不意に行動を妨げられたため、強く声を発してしまった。

 

「なんだよじゃないよ!あすかのせいで先生に怒られちゃったじゃん!」

 僕の2倍の声量で責任を追及された。

 陽菜は眉をひそめていたが、瞳はビー玉のように大きく、澄んでいた

 

「いや、俺のせいじゃないだろ」

「んもう。昔はいつも私の味方してくれてたのに。まあ、いいや。明日、数学の宿題うつさせてね」


 そう陽菜が言うと、サッカーボールの入った袋を持ち上げ教室から去っていった。


 中学入学時まで陽菜は、僕と同じサッカークラブ、部活動でプレイヤーとして活動をしていたが、中学1年の夏以降はマネージャーとしてフィールドを走り回る選手を支えている。


 

「また、夫婦喧嘩かいなー」

 エセ関西弁が前から飛んでくる。

 

「うるさいな」

 さっき陽菜が作っていた表情を思い浮かべながら返答する。

 

「いいよなー。俺も陽菜ちゃんみたいなかわいい娘とイチャイチャしたいよー」

 

 この猿は田中駿太たなかしゅんたと名付けられている。

 高校に入学してから2年間クラスメイトで席も近く、部活動も同じなためよく話す。仲も多分いい。

 ただ、女の子には目がないため、こいつのことは心の中で猿と呼んでいる。

 

「別にイチャイチャはしてないだろ」

 

 確かに、陽菜は可愛い。幼稚園の頃からの付き合いだがその頃から顔はあまり変わらず、幼さを残している。

 顔立ち通り、陽菜はいつも元気いっぱいで、短い髪を風になびかせながら、グラウンドを駆け回っている。

 カラダはキュッと締まっているが、出るとこは出ていない。身長はこの間やっと僕より小さくなった。

 陽菜は守ってあげたくなるような可愛らしい雰囲気を持っている。

 小動物のようにくるくると変わる表情を見ているとつい、目を奪われてしまう。

 

「いつまでもこのままだと、陽菜は近衛先輩に取られちゃうんじゃないか?」

「別にどうでもいいよ」

 

 猿を残し教室をあとにした。


 

 先ほどの田中の言葉が胸に重く響いた。

 近衛先輩は中学時代からの先輩だ。

 中学では同じサッカー部に所属していたがまともにボールを奪えたことはなかった。

 突破力、決定力、フィジカル、サッカーに関わる全ての能力で僕が先輩を上回っていた要素は1つもなかった。


 近衛先輩との実力差をまざまざと見せつけられ、自分が情けなくなった。

 膝の痛みは、そんな自分から逃げるための、都合の良い言い訳だった。

 そして、サッカーを引退してから陽菜と関わる時間も少なくなっていった。

 

 圧倒的な存在感を発揮する近衛先輩が陽菜の近くにいて、陽菜もそんな近衛先輩に憧れていて、それで自分の居場所がなくなってしまったような気がして……。


 

 それでも、逃げ出した僕の心は、今も陽菜だけを見つめている。




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【あとがき】

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