桜庭 栞の恋愛勉強

犬小屋

第1話 クラスの陰キャの彼氏役になった

 現在の時刻は16時25分。窓の外には桜が舞っている。


 今日、俺はクラスの女子に呼び出されていた。


 奴の名は桜庭 さくらば しおり。暇さえあればオリジナルの小説を書いている不思議な奴だ。昼休みや授業の合間はひっきりなしに机を睨みつけている。それは高二になった今でも変わっていない。


 肩にかかったボブカットと四角い眼鏡がトレードマークで、笑うと結構可愛いのだが、あまり人と話さないのが玉に瑕だ。


 さて、俺は何故呼び出されたのだろうか。桜庭とは話すとしても1週間に1回程度だし、部活や委員会で接点がある訳でもない。そんなことに思いを馳せていると、気付けば長針は真下を指していた。


 時刻は16時30分。そろそろ――


「あ、相原・・くん。ごめんね、待たせちゃったね」


「いや、俺も今来たところだよ」


 桜庭はこぢんまりとした動きでドアを開けると、長い前髪を揺らしながら教室に入る。


 俺が呼び出しの理由を尋ねると、彼女は話し始めた。


「相原くん。わ、私が小説を書いてるのは知ってるよね」


「もちろん」


 桜庭は相変わらずおっとりとした喋り方で俺に語りかける。


「それでね、最近恋愛ものに挑戦してるんだけど、恋とか、デートとかしたことないから、なかなか上手に表現出来なくて……」


 そこまで言うと、桜庭はポッと頬を赤らめた。


「それで……その。あ、相原くんに、私の……か、彼氏役になって、私に恋愛を、お、教えてくれないかなぁ……って」


 真剣な眼差しでそう言った桜庭に、俺は思わず吹き出してしまいそうになったつまり、俺を使って恋愛経験を積ませて欲しいと、こんな話があるだろうか。


「なんで俺を選んだんだ?」


「それは、ちゃんと話した事がある男子が、相原くんしかいなかったし……。相原くんはクラスでいつも明るいから、恋愛経験もありそうだから」


 なるほど、それなら確かに筋は通っているな。――この提案自体は意味が分からないが。


「それで、彼氏役ってのは具体的に何をすればいいんだ?」


 桜庭は少し口ごもった後、目を伏せながら口を開いた。


「私と、お出かけしたり……下校したり……かな?」


 俺は考える。正直、聞いてすぐの時は断ろうと思っていたが、やっぱり受けてみても良いかもしれない。部活は週に2回しか無いし、委員会も草花に水をかければ終わるから、放課後は結構暇だ。


 そして何よりも、桜庭は結構かわいい。


「分かった。彼氏役、やってみることにするよ」


 そう告げると、桜庭は分かりやすく目を見開いた。


「じゃ、じゃあ、これからよろしくね。相原く――」

「ちょっと待ってくれ」


 俺は早口になった桜庭に被せて話を止める。恋愛を学ぶならまずはここからだ。


「俺らは一応恋人同士なんだろ?、苗字じゃなくて名前で呼び合わないか?」


「そ、そうだね。そうしよっか」


 桜庭は少し驚いたあと、メモ帳に何かを描き始めた。覗いてみると、『恋人同士は名前で呼び合う』と書いてある。

 

「じゃあ、改めてよろしく、蓮くん」


「こちらこそよろしく、栞」


 こうして俺と桜庭――いや、栞との奇妙な学校生活が始まった。

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