蛇神さまの贄嫁は肉食系につき。

糸(水守糸子)

《表》

 わたくしの旦那さま。

 あなたはもうお忘れでしょう。

 かつて、弱っているわたくしをたすけてくださったこと。

 家族を持たないわたくしに、安らげる場所を与えてくださったこと。

 

 バケモノだったわたくしに、《愛》を教えてくださったこと――……



「あるじ、ほんとうにこの神社なのか?」

「うーん、龍が淵神社ならここで合っているはずなんだけど」

「信用ならんなー。あるじは方向音痴だから」


 半分の月がぽっかり輝く帝都郊外の空の下。

 銀色の薄が波のように揺れるなか、ひとりの青年と右に大きな白い山犬、左に黒い子犬が、崩れかけた神社の鳥居のまえで立ち尽くしていた。


「どう見ても、廃社のようだが?」

「でもにいさま、あちらからひとの声が聴こえますよ」


 黒い子犬のほうが尖った耳をぴんと立てて、白い山犬に言った。

 耳を澄ませば、色褪せた鳥居の奥から、微かだが何者かの話し声がしている。

 視線を交わし合った彼らがちかづいていくと、やはり同じく崩れた社の横に、干上がった池の窪地が見えた。

 あたりは妙に明るい。何人かの人間が松明を掲げているようだ。

 池のほとりに集まった十数人ほどのひとの輪の中心には、白い嫁入り装束を着せられた少女が座らされている。

 細い雨のような艶やかな黒髪が少女の背に流れていた。歳は十六、七だろうか。目隠しをされ、腕を後ろで縛られている。そして彼女の背には、今まさにその命を奪おうとするかのごとく、鉈を構えた男が立っていた。


「おやおや」

「まあまあ」


 白い山犬と黒い子犬は青年の右と左から、愉快がるような声を上げる。


「どんぴしゃり、悪趣味そうな儀式のまっただなかではないか」

「あるじさま、どうされます?」

「――だ、誰だ、おまえら!?」


 儀式の場に突如乱入してきた青年と二頭の犬に、男たちが目を剥く。おのおの武器を構えたが、すぐに肩透かしを食らったようすで余裕を取り戻した。

 月の下に立っているのは、あまり屈強そうではない青年がひとりだ。

 長い黒髪を後ろでくくり、灰白の着物に鱗紋の深緑の羽織をかけている。眸の色は月に似た琥珀色。

 お付きの者といえば犬が二頭だけで、武器は携帯していない。対する男たちは皆手に鋤や鉈を持っていた。これで喧嘩をしようとするほうが無謀だろう。


「お取込み中、失礼します。わたしは帝都で神やあやかし専門の薬屋をしているめぐると申しまして――こっちはお守役もどきの右狛みぎこま左狛ひだりこま


 丁寧に青年は答えた。

 男たちの視線は鋭くなるばかりだ。


「訳あって贄の少女を保護しにきました。どうか武器は置いて、彼女をわたしたちに預けてはくれませんか」

「馬鹿なことを言うな。これは我々の贄だ! 龍神さまに捧げて、雨を降らしてもらうために連れてきた!」

「いまの彼はそんなたいそうなことはできないから、お互い無駄はやめません?」

「知ったふうな口を――」

を勝手に捧げられても困るでしょうに」


 肩をすくめると、「交渉決裂」と廻は左右に控える犬たちを振り返った。


「あとはよろしく。右狛、左狛」

「はいはい、あるじ」

「ようございますよ、あるじさま」


 廻が犬たちの背を軽く叩くと、とたんに鞠が跳ねるように、白い山犬と黒い子犬は男たちのもとへ翔ける。さながら白い風と黒い風だ。十数人はいた男たちはあっという間になぎ倒され、廻にちかづくことさえできない。

 二頭に荒事を任せた廻は、池のほとりに座らされた少女のほうへ向かった。膝をついてかがみ、「もう大丈夫だよ」とふるえている少女に声をかける。

 目隠しを解いてやると、柘榴石のようにうつくしい赤の眸が彼を映した。

 十六、七歳の可憐な少女だ。膚は透け入るように白く、波打つ長い黒髪が背に流れている。

 状況がよくわからなかったようすで、二、三度まぶしそうに瞬きをしてから、少女は息を詰めた。


「……っ……」

「安心して、わたしは君を取って喰ったりはしないから。なまえは? もといた郷に返してあげよう」


 龍神の贄として捧げられる少女は、よその郷からさらわれてくることが多い。

 きっとこの少女もおなじようなものだろうと思い、廻は尋ねた。

 少女はおびえきったふうに、俯きがちに肩をふるわせている。


「……あ、の……」

「なんだい?」


 少女の腕を縛っていた紐を短刀を使って切ると、少女は廻の袖端をつかんできた。


るいです。わたくしのなまえ……」


 少女は先ほどの廻の質問に律義に答えてくれたようだ。

 目を細めて、「そうか」と廻はうなずく。


「累というのか。きれいな響きの名だ」


 少女の肩がちいさく跳ね、廻を見上げる。

 はじめてしっかり目が合った。

 おびえてふるえていると思った累は、なぜか赤く頬を染め、泣き出しそうな顔をしている。さながら恋する乙女もかくや、というような。


「――き……っ」

「ん?」

「すきです! わたくしのつがいになってください!!」


 声の大きさに驚いた廻に少女が飛びついてくる。細い腕が廻の首に絡んだ。

 二頭の犬たちが阻む間もなかった。

 首筋に少女の唇が触れた――と思った直後、ぶつりと何かが切れる音がした。眩暈に襲われたみたいに身体の力が抜ける。廻の首に腕を回したまま、彼女は何かを啜っていた。痛みはなかったが、いったい何が起きているんだと頭がぐらぐらしてくる。


「あ、あるじ!?」

「あるじさま!?」


 右狛と左狛の声が遠くに聴こえる。

 きづけば、天と地が逆転し、廻の視界いっぱいに闇夜がひろがり、半分の月が輝いていた。


「ああ、わたくしときたら、こんな野蛮な……」


 累は廻の胸に手を置き、ゆるりと身を起こした。

 白い嫁入り装束が、点々と落ちた血で赤く染まっている。

 細い雨のような黒髪がさらりと肩から一房こぼれた。


「ごめんあそばせ、蛇の現人神さま。わたくし、累と申しまして――」


 半分の月を背に、赤く口元を濡らした少女は凄艶に微笑んだ。


「千年を生きる吸血種……《累鬼るいき》とも呼ばれております」



 ――いまはむかし。神々は力を失ったものから零落していき、鬼やあやかしが夜ごとにひとの世を跋扈した最後の時代。

 龍神から零落した《蛇神》もまた、人間の身に宿ってはその肉体の死とともに転生を繰り返す、神ともあやかしともつかぬものになり果てていた。

 輪廻転生の業を背負った《蛇神》。

 今の世において、蛇神の器となった人間の青年が廻である。

 あちら側のものたちを視る多少の《目》と《耳》のよさ、彼を守る神使の狛犬たちこそいるが、ほかにたいした力はなく、龍神だった頃のいにしえの記憶もない。このため、昔の伝承を真に受けた人間たちに贄を捧げられたところで、何をしてあげられるわけでもなかった。

 そういうわけで、廻は勝手に捧げられてしまった贄たちを救っては、もといた郷に返して回っている。右狛は「あるじのお人好し事業」と呼んでいる。廻のほうははるか昔の知らない自分の尻ぬぐいだと思っている。龍神のせいで罪のない娘たちに死なれても寝ざめがわるい。


「あるじさまー」

「んん……」

「いい加減起きろでございますよ」


 ちいさな足でてしてしと頬を叩かれ、廻は目をひらいた。

 夜の廃社にいたはずの廻は、なぜか自室の褥のうえに寝かされており、そばには黒い子犬――左狛がいた。


「ええーと……」


 ずきずきと痛む首筋を押さえつつ直前の記憶をたどっていると、おなじ部屋の片隅に白い山犬――右狛と、右狛の前脚で身体を押さえられている少女が見えた。右狛の脚は太い。少女は死んだように動かない。


「み、右狛!? いったい何をしているの?」


 廻が啞然とすると、すん、とした顔で右狛は少女――累に一瞥を向けた。


「踏んでる」

「それは見ればわかるけど」

「あるじに襲いかかったばけものだぞ。八つ裂きにしなかっただけ寛大だと思え」

「放しておあげよー。見た目は女の子だよ」

「襲われたくせにあるじは頭がお花畑だな」

「はいはい、お花畑の頭の君のあるじの命だよ。放しておあげ」

「……ふん」


 神使である右狛は、廻の頼みは無視できないたちなので、しぶしぶ前脚を外した。累と名乗った少女がわずかに身じろぎをする。


「あるじさま」


 左狛が廻のまえに盾になるように飛び出た。

 黒い髪をさらりと揺らして身を起こした累は、顔にすだれがかった髪越しにこちらに視線を向ける。

 赤い血痕が点々と落ちた嫁入り装束が生々しかったが、赤い眸にはさっきほどの覇気がない。廻と左狛、右狛を順々に見つめたあと、累は口をひらこうとして、こてん、と前に倒れた。そのまま糸が切れた人形のように動かない。


「あれ、だいじょうぶ……?」

「おれが踏みすぎたのか?」

「…………り、ました……」


 心配になって廻が抱き起こすと、累はかぼそい声で訴えた。


「なに?」

「おなかが、へりました……」


 そして、くたっと気を失ってしまった。


 

 千年を生きる吸血種の鬼は、腹が空きすぎてたいへん弱っていたという。


「わあ……」


 廻が山菜入りの粥の鍋を持っていくと、累は赤い眸をきらきらと輝かせた。

 廻の首に牙を突き立てて血を啜ったときとは異なり、十六、七の少女らしい素直な表情である。

 なお、廻が粥をつくっているあいだに、血痕のついた嫁入り装束は着替えてもらった。緩く波打つ黒髪を耳下で結び、月の意匠が描かれた梔子色の小袖を着ていると、ただの可憐な少女に見える。なお、廻は妻帯を持たず、この屋敷に神使の狛犬たちと暮らしているため、着物は前に世話を焼いたろくろ首が置いていったものである。


「とてもおいしそうです! 廻さまがつくられたのですか?」


 正直、彼女の主食が人間のごはんでいいのかわからず、おそるおそる出したのだが、累はなんということもないようすで、粥をよそった椀に息を吹きかけた。匙を口に運ぶと、ふわんと眉尻を下げる。おいしかったようだ。


「ええと、累さん」

「どうか累とお呼びくださいませ」

「……では累」

「はい!」


 累は花がほころぶように微笑んだ。

 元気でかわいいけれど、さっきこの子、わたしに襲いかかったんだよなあ、と廻は考え込む。左狛が警戒したようすで毛を逆立てている。右狛は累が妙な動きをすれば、また踏みつけるとばかりに爪を研いでいた。累がおびえるようすはない。


「まず状況を確認しよう。君は昨晩、贄として龍神に捧げられそうになっていた。そうだね?」

「はい」

「あそこにいた男たちは君の知り合い?」

「いいえ。わたくし、長らくひとりで諸国をめぐっておりまして……一晩の宿を借りようと郷を訪ねたところ、この赤目が災いして捕まってしまったのです。彼らは龍神さまへ捧げる贄を探していたようで――」

「君がそうなってしまったんだね」

「鬼が人間ごときに捕まるとはな」


 呆れたようすで右狛が鼻を鳴らす。


「千年を渡ってきたなら、それなりに力のある鬼だろう。なぜ人間どもを返り討ちにしなかったんだ?」

「わたくし、偏食なので」


 胸に手をあて、累はさらりと言った。


「生涯ただひとりと決めたひとだけを吸血します。たいへん身持ちが堅いのです。ただこれには困ったこともありまして」


 彼女は深刻そうに目を伏せる。


「常に飢えとの闘いなのです……」


 確かにそうだろうな、という顔を廻と神使たちはした。


「前回の吸血はじつに百五十年前でして」

「おい、生涯ただひとり設定はどこへいった」


 すかさず突っ込んだ右狛に、累は不満そうに顔をしかめる。


「神使さまとて、生活のために望まぬ仕事をすることはあるでしょう?」

「まああるじは選べないからな」


 辛辣なことを右狛は言った。

 その選べないあるじである廻は複雑である。


「それとおなじでございます。少々不満はあれど、まあよいかな、くらいの相手を吸血して難をしのぐことはあります。背に腹はかえられませんので」


 なるほど、と廻もようやく理解してきた。

 つまり累は百五十年間の絶食により飢えに飢えて、このままでは死んでしまうというところで廻を吸血して難をしのいだらしい。


(ん? でもそうすると、《つがい》とはいったい?)


「廻さま」


 背筋を正し、累は廻を向き直った。柘榴石の眸には真摯なひかりが宿っており、「は、はい」とつられて廻も座り直す。


「わたくしの事情は伝わったでしょうか?」

「つまり、おなかがとても空いていて、なんでもいいから食べたい気分だったんだね」

「ちがいます。ぜんぜん、ちがいます」


 累の形のいい眉がきりきりと寄せられる。

 あれ、ちがったのかな?と廻は首を傾げた。


「言ったでしょう? 生涯ただひとりだと。あなたに恋に落ちたのです。あなたの血だけがわたくしの胸を甘くふるわせるのです。どうかわたくしをあなたのお嫁さまにしてくださいませ」


 切々と訴える累に、「いやいや」と廻は心なしあとずさった。

 どうしてこの少女がこんなに切実そうに廻に迫ってくるのか謎である。よっぽど血の味がよかったのだろうか。恋というより食欲か。


「わたしたちは初対面だよね?」

「……ええ、あなたには昨晩はじめてお会いしました」

「なんでもいいから食べたい気分だったわけだよね?」

「はい、もともとの気分はそうだったかもしれません」

「じゃあどうして……」

「――《鬼》とは」


 累はきりりと姿勢を正した。


「ひと目見た瞬間、つがいとは何かがわかるのです」

「わたしはわからなかったけど……」

「出会ったとたんいやおうなく惹かれ、その者に深く執着し、溺れるような愛情を向けます」

「ただの距離感がおかしいひとでは!?」

「そうはいっても、それが性なのでございます」


 頬にかかった黒髪を耳にかけ直し、累は妖艶に微笑む。

 《あやかし》らしい微笑みである。


「心配することはありません。すぐにあなたもわたくしに絡め取られて、心ゆくまで愛される幸福を知ることになるから」

「自信家ですね……」

「どうかおそばにおいて? わたくしの愛に溺れて?」

「溺れません!」


 廻の胸に手を置いた累が、目を細めてちかづく。そのままくちづけてきそうだったので、身の危険を感じて、廻は累の額をていと指で弾いた。

 いたっ、と累が顔をしかめる。先ほどまでは妖艶な美少女だったのに、額をさすっているすがたは少々愛らしい。目が合うと、累はふわんと微笑んだ。だめだ。誘惑してきているのかもしれない。判別できない。鬼こわい。


「あるじどの」


 さすがに見かねたのか、右狛が口を挟んだ。


「大丈夫か? そいつ、つまみだすか?」


 威嚇するように牙を剥き出しにしたが、「牙はしまって、右狛」と廻は手を振った。昨晩のように致し方ないときもあるが、基本、荒事は苦手だ。

 さてどうしたものか……と息をつき、廻は累を眺める。

 強いあやかしであれば、炎のように身体を取り巻いている妖気が、累の場合、いまにも消え入りそうだ。


「君はいま、とても弱っているよね」


 それこそ、人間どもに簡単に捕まってしまうくらいに。

 鬼であれば、本来さまざまな異能が使えるはずだが、累はまったく人間に抵抗できていないようだった。おそらく累が口にしたとおり、百五十年間、吸血していなかったせいだろう。


「わたしは普段、あやかしや零落した神々専門の薬屋をやっている。だから、弱っている君をこのまま放り出すのは少々、良心が痛むというか……」

「とても仕事熱心ですてきです」


 そういう話じゃないんだけど、と思いつつ廻は顎を引いた。


「だから、つがいの話はお受けできないけど、君が元気になるまでなら、血の摂取だけは許可します……。他のひとを襲われても困るし、君にはそれが《薬》みたいだから」


 背後で右狛と左狛がやれやれと息をつく。またどうせお人好しだの、頭がお花畑だの思っているにちがいない。


「よいのですか?」

「君が元気になるまでだからね。そこ忘れないでね」

「はい、でも


 累は廻の首に手を滑らせ、愛らしく首を傾げた。己の首筋に目を落とし、そこに蔦に似た文様が浮かんでいることに廻はきづく。


「つがい契約、もう結んでしまいましたが?」

「えっ、いつ!?」

「はじめに吸血したときです」

「待ちなさい、合意してないから解除して!?」

「お断りです!」


 笑顔で言い放たれ、廻は絶句した。


「鬼の性とはそういうものでございますし?」

「性でなんでも片付けるのはやめよう? みんながんばって理性的に生きているからね?」

「えへへ」

「笑ってごまかさない」


 どうにか解除できないかと試しに蔦文様に触れたが、複雑怪奇な術式を何度も重ねているみたいな手ごたえが返った。解くには少々時間がかかりそうだ。というか、初対面の相手にこんな高度な術式を勝手に仕掛けてくる執着具合がこわい。自分よりよっぽど蛇っぽいし、もしかしたら巳年生まれかもしれない。


(解除方法はまた自分で研究しよう……)


 ひっそり胸に誓いつつ、廻は累に目を戻す。

 よく見ると、ほっそりした手首には縛られた痕が残っている。最初はきづかなかったが、少女の身体にはそこかしこに暴力の痕があった。


(人間たちにやられたのか……)


 抵抗できない少女に人間たちが乱暴したと想像すると胸が痛む。


(でも、抵抗できないわたしが襲われたことに関しても誰か胸を痛めてほしい……)


 と思ったが、さておきである。


「すこし待ってて」


 廻は立ち上がると、一度部屋を出て、薬の保管庫に向かった。いくつか調製済の薬を見繕い、包帯や傷口を清める水など、必要なものを用意する。

 部屋に戻ると、どうしたのだろうという顔をして累が見上げてきた。


「怪我をしているでしょう? 手当するよ」

「……薬屋さんだからですか?」

「ちがいます。ひととしての良心です」


「ほら」と手を差し出させ、擦り傷を水で洗う。

 血止めと消毒の効能がある薬草を傷のうえに置き、包帯を巻いた。

 累は静かにされるがままになっている。気になって少女の顔をうかがうと、なぜか眦に涙を溜めていた。


「えっ、どうしたの? 痛かった?」


 びっくりして尋ねると、「いえ……」と累は我に返ったようすで涙を拭う。


「廻さまがおやさしいから」

「怪我したひとがいたら、誰でもそうすると思うけれど」

「少なくともわたくしはしません!」


 断言され、「あ、そうですか……」と廻は遠い目をしてつぶやいた。


「うちのあるじはひとたらしならぬ、あやかしたらしだからな」

「あれで無自覚だからたちがわるい……」


 背後で二頭が言い合っている。


「――旦那さま」


 包帯を結んだ手を反対の手で大事そうに包み込み、累は廻をのぞきこんできた。少女の顔には可憐な花のような微笑が咲いている。一瞬、目のまえが華やぐかのようなそのうつくしさに見惚れかけた。


「どうぞ末永くよろしくお願いしますね」

「末永くはご勘弁ください……」


 視界に咲きかけた花を押しやり、すかさず廻は突っ込んだ。

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