大坂漫遊記

風馬

第1話

時は、江戸時代。 今、権威を誇るは徳川家。 そんな中、日本中を漫遊する風変わりな一向がいた。 町人風の男が、ある問屋へ入っていった。 「よう、旦那はいるかい?」 丁稚は、「ええ、奥にいらっしゃいますが」と答えると男は、聞くや否や 「邪魔するぜ」の一言を置いて、奥にずかずかと入っていった。 座敷で、思案をしている旦那は、頭を抱え込む。 「ん〜、どうしても、金子が必要だ。このままじゃ、店がつぶれてしまう」 頭を、いくら抱え込んでも妙案は浮かぶはずもなく、出てくるのはため息ばかり。 そんな時、障子が開き「邪魔するぜ」と、男が入ってきた。 「な、何者だ!」と、旦那は絶句する。 「まぁ、抑えなすって」両手を広げて、手を下げる素振りをする男。 「な、何しに来たんだ」相変わらず、旦那は狼狽したまま。 「へぇ、いい話をお持ちしたんでぇ。金になりますぜ」 ちょうど、金に困っていた旦那。渡りに舟とはこの事だとばかりに、すっかり心は乗り気。 「え?どんな、話だ。話だけは聞かせてもらおう」 旦那は、乗り気な素振りも見せずに応対する。 「へぇ、実はねぇ。ちょっと、金に困っている親子がいるんでさぁ。たった、3分を借りただけなのに、 1両返せっていう高利貸しがいやしてね。また、その親ってのが病気でねぇ。そんで、1両なんて金は 返せねぇって訳でさぁ」 「ふむ、それで?」 「いや、金になる話だと思ったんですけどねぇ」 「どこが?」 「まだ、わかんないんですかい?ちょっと手助けすりゃぁ、いい金になるとは思いやせんか?」 その一言を聞いて、必死で考え込む旦那。 何や、急に手を打ち、「なるほど」と、納得するや否や、懐から金子を取り出し、男に渡そうとする。 「わかりやしたか。それなら、礼には及びません。あっしも、先がある身なんで失礼しやす」 そういうと、部屋を出てから障子を閉めると、庭に出て塀を飛び越え問屋を後にした。 その男が、去った後旦那は急いで、その親子のことを調べさせた。 親子は、その町のはずれの長屋に住んでいた。 早速旦那は供の男供を従えて、その長屋に出向いた。 「ごめんください」 「はぁ、どなた様でしょうか?」と中から娘の美しい声がする。 旦那は、その声に聞きほれながらも、返答する。 「へぇ、縁もゆかりも無いものですが、なにやらお困りの様子と風の便りで聞き参上した次第です」 その答えに藁をも縋る思いで、娘は戸を開けた。 玄関先には、商人風の男に従者のような男が数人。 「娘さん、ちょっとばかり仕事を手伝ってもらえませんかねぇ」 と、猫なで声をあげる旦那。 「は、はぁ?」と、狐に包まれたような雰囲気の娘。 「なぁに、悪いようには致しません。手伝ってもらえば1両差し上げますから」 その「1両」という言葉に、体を硬直させた娘だったが、気丈に振舞った。 「いえ、父も病に臥せっておりますので、私が外に出るわけには行きませぬ」 「人が下手に出てりゃぁ好い気になりやがって。そうかい、じゃぁ力ずくでも連れてくかい。野郎どもしょっぴいてけ」 その言葉に、男供は娘を抱えあげた。 「じゃ、親父さん娘は頂いてくぜ。あ、これは謝礼の1両だ」と言うや、1両を娘の父親に投げると、旦那一同は帰っていった。 娘を連れて帰った旦那は、早速使いのものを代官所へ送る。 「今夜是非招待したい」と。 それを聞いた代官は、「ふふん、楽しみにして追ったぞ」と言うと、舌なめずりをする。 やがて、夕刻になり代官は供のものを引き連れて代官所を後にした。 それを塀の屋根から見ていた町人風の男は、代官が出て行くのを確認すると屋根伝いにとある部屋まで跳ねていった。 部屋の中には、白ひげを生やした男と、腕っ節の強そうな男が2人。 そして、たった今部屋に入ってきた町人風の男。 町人風の男は言う。 「首尾よくいきました。殿」 「そうか。じゃあ、いつもの手筈で行きましょうか」と白ひげを生やした男は言う。 というと、4人は問屋のある方向へ歩いていった。 問屋にいる旦那は、代官が着くと早速奥の客間へ誘導する。 腰を丸め、両手を擦りながら言う。「今晩は、ゆっくり御楽しみください」 顔はだらしない笑みを浮かべる。 その笑みは代官に伝染する。 「そうか、そうか。楽しみじゃて」 客間に着いた2人は互いに向き合って座り、そして旦那は代官に酌をする。 「次回の納入の件何卒よしなにお願いいたしまする。うちの看板の命運がかかっておりますので」 「わかっておるて」と代官は言い、酒をグイっと一呑みにする。 「これは、ほんのお礼の一部ですが・・・」 と、紙に包まれた小判を代官の懐にねじ込む。 「わしは、そろそろあっちのほう気になるのぅ・・・」 と、旦那に目配せをする。 意を察した旦那は、手をパンパンと鳴らす。 やがて、男二人に両脇を抱えられて娘が現れた。 「ほほう。上玉じゃな」 代官は、舌なめずりをする。 「ささ、ここにきて代官様のお酌をしなさい」 娘は代官と言う言葉を聞いて全てを察し、意を決して指されたところにそっと座る。 そして、震える手で徳利を持ち、代官に酌をする。 「震えておるではないか。可愛いやつじゃ」 そういうと、娘の手を握る。 反射的に娘は、手を引っ込めようとする。 「ま、そう硬くなるな」代官は左手で手を握り、そして右手で肩を抱き強引に娘を懐に呼び込もうとする。 頑なに無言で固辞する娘に、旦那はいやらしい声で言う。 「代官様に可愛がってもらいなさい。では、代官様私はお邪魔なようなのでそろそろ奥に戻ります」 その刹那、障子がバタッと開かれた。 びっくりしたのは、代官と旦那。 声を合わせて叫ぶ。 「何者だ!」 中庭に姿を現した4人衆。 白ひげを生やした男が穏やかな声で言う。 「頂けませんな、私利私欲のために悪事を働く悪党さん」 「悪党だと?」代官は声を荒らげる。 「き、貴様は・・・」と町人風の男を指差しながら呟く。 「もっと、ましな助け方はなかったんですかい?」と町人風の男は言う。 「大体、一体、貴様らは何者なんだ!」と、代官は怒りもあらわに叫ぶ。 「ま、大した者じゃないんですけど、こんなものです」と白ひげを生やした男は言うと、懐から黒漆で塗られた印籠を取り出し、代官のほうに見せた。 印籠の中央には金色の葵の紋章が入っていた。 「は、ははぁ」代官は声にならない叫び声をあげると平身低頭した。 一方の旦那はなにやら事態が飲み込めない様子。 只ならぬ状態であるとはわかっていても、体が動かぬと言ったのが本音か。 しかし、代官が頭を下げる相手。自分よりも地位が高いのは明らか。意を決して平身低頭する。 「わかっていただけましたか。ならば、あなたたちは代官の牢獄でゆっくりなさい。では、助さん角さん、この者を牢へ」と相変わらず柔らかい口調で白ひげの男は言う。 助さん、角さんと呼ばれた供の二人は代官と旦那を連れて行く。 キョトンとしているのは娘。 相変わらず事態が飲み込めない。 なにやら、自分の危機が救われたと言うのはわかるのだが、果たして何者だろうと首をかしげる。 町人風の男は、旦那の部屋に行き小判の包みを持ってくるとそっと、娘に持たせた。 「これで、親御さんに孝行しな」 そう言って、娘を立たせて娘の家に誘導する。 「やれやれ、ま、何とか終わりましたな」と白ひげの男は言うとそばの縁台に腰を下ろす。 しばらくして、供の二人と町人風の男が白ひげの男の元に返ってきた。 「じゃぁ、殿。いつものように手土産を戴いてきます」と町人風の男は言うと、居なくなった旦那の屋敷を物色し始めた。 やがて、目ぼしい物でも見つかったのか、町人風の男は帰ってきた。 よく見てみると、懐はなにやら重々しい雰囲気になっている。 そして、男は懐を指差し、「こいつで今日も一杯やりますか?殿」と言った。 「そうですね。皆さんもご苦労様でした。ちょっとした宿にでも行きましょうか?みなさん」 と白ひげの男が言った後、一向は町外れの旅籠まで歩いていった。 旅籠に着いた一行は、何が先と料理と酒を女中に頼む。 程なく、料理と酒が運ばれた。 「あとの、注文はないから、ゆっくりしときな」と町人風の男は女中に言うと、一握りの金を握らせた。 その行為に、意を察した女中は「ごゆっくり」というと、静かに奥に去っていった。 白ひげの男は、女中が去っていくのを確認するとそっとひげに手をやると、それをペリっとむしりとった。 「殿はやっぱり、ひげが無いほうが似合います」と、助さんが言う。 「じゃぁ、そろそろ乾杯でもしますか」と殿と呼ばれる男は言った。 やがて、酒盛りが始まり、町人風の男が殿に言った。 「殿、いつまでこんな旅を続けるつもりなんですか?ま、素性はばれてないようですが、いずれ足がつきますよ」 「佐助、既に城を出るときに決意していたんだよ。でも、もって出た金子には限りがある。こうでもしなければ、城に居たときのような生活は出来ないだろうと、城を出る前までに考えておいたんだよ。父上には感謝しているよ。徳川の印籠を取っておいてくれたことにね。物は使いようで何にでもなるものだしね。ま、印籠の力も徳川の威光によるものだろうけどね。私が大阪で指揮を取っていてもこんな時代にはならなかっただろう。きっと、戦がはじまってたんじゃないか?」というと、豪快に笑った。 「そんなこと言われると、亡くなった父上はどう思われるのか」と、角さんと言われる男は泣く。 「幸村、泣くな。大坂の夏に城を出るとき4人で決意したではないか。豊臣家を捨てると。もう私は、秀頼ではないのだよ。ただの名もない旅人なんだよ。家など無くてもいいのさ。こうやって人生が楽しめれば・・・。なぁ才蔵よ」 助さんと呼ばれていた男は、酒をグイっとあけるとうなずきながら口を開いた。 「そうですよ。諦めが肝心ですよ。それでも、他の金持ちどもから巻上げてるんです。少なくとも地道な世直しはやってるって思いますよ」 こんなやりとりで、元豊臣家の人々の酒宴は遅くまで続いた。 それから数日後、水戸の徳川家に一報が届いた。 「光圀様、何やら大坂のほうで奇怪な事件が発生した模様です。牢に居た代官と商人は徳川家の者に捕らえられたと言っておりますが、何かそのような動きを知っておりますか?」 こう言われて光圀は、少し驚いたが「後ほどおって知らせる」と言って、知らせのものを下げた。 そして、思案を巡らせ始めた。 こんなことをするのは徳川家に嫌悪を持っているものに違いないと言うのは容易に想像できた。 しかし、その者供を捕らえるのは困難であると考えた。 逆にずっと泳がせておくべきか? そうすれば、他家への脅しにもなる。 噂ほど怖いものはないしな。 どこの誰かは知らぬが、徳川家のためによく働いてくれる御臣よ。 まぁ、彼らがそこまでは、考えておらぬとは思うが・・・。 わしも、歳を取ったらそんな諸国漫遊でもしてみようかな。 今の御臣のように・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大坂漫遊記 風馬 @pervect0731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画